Magnetic damping of the convection in an aqueous solution;
磁場による水溶液中の対流の抑制

 磁場が対流を抑制する効果には,
(1)「均一磁場」の下でも働く「ローレンツ力」による効果と(もちろん,このローレンツ力は均一磁場・不均一磁場の両方で働きます),
(2)「不均一磁場下」で磁場勾配により発生する「磁気力(磁気対流)」による効果,
(3)「不均一磁場下」で磁場勾配により発生する「擬似微少重力効果」による効果,
の3つに大別されます.本ページでは,これら3つの効果についてご説明します.

      1)均一磁場中での「ローレンツ力」による浮力対流の抑制2)不均一磁場中での「磁気力(磁気対流)」による浮力対流の抑制
      3)不均一磁場中での「磁気力(擬似微少重力効果)」による浮力対流の抑制4)これからの課題

1)均一磁場中での「ローレンツ力」による浮力対流の抑制
 ローレンツ力の効果については,半導体融液のような「液体金属」中の対流を均一磁場を用いて抑制できることが1960 年代から良く知られており( H.A. Chedzey and D.T.J. Hurle, Nature 210 (1966) 933 )これまでに多くの研究が報告されています.このページでは,たとえ「水溶液」の場合でも強磁場を用いると溶液中の浮力対流を十分に抑制できることをご説明します.本ページで紹介します内容は,下記の論文に基づいています(G. Sazaki, et al., Jpn. J. Appl. Phys. , 38 (1999) L842 ).

1ー1)強磁場中での浮力対流の観察系
 前の結晶の成長・溶解速度に及ぼす磁場効果のページでご紹介した強磁場中その場観察用光学顕微鏡に対流発生用の温度制御ユニットおよび観察用セル(右図)を取り付けました.ファイバー光学系を用いて試料を照明し,超長焦点型対物レンズ( 10 倍,ニコン製)を用いて観察用セル中をその場観察しました.観察用ガラスセルは,高さ 10mm ,内径 18mm の円筒形で,セルの上下はペルチエ素子で温度制御するブロックに接触しています.セルには, 25wt% NaCl 水溶液を満たしました(電気伝導度: 2.1×10^1 Ohm^-1 m^-1 , 25 ℃).上方のコールド・ブロック及び下方のホット・ブロックを所定の温度( T C , T H )に設定し,上下の温度差ΔT = T H - T C に基づいた対流を定常的にセル内に発生させました.発生する密度対流の程度は,流体力学で良く用いられる無次元数グラスホッフ数によって判断できます.本実験で用いたセルの場合,ΔT =10 ℃の時のグラスホッフ数は Gr=2×10^4 で,密度対流が十分に発生する条件を満たしています.セル中の対流を可視化するために,粒径5μmのポリスチレンラテックス粒子(密度 1.05 g/cm^3 )を溶液中に加えました.

1ー2)強磁場中での対流のその場観察
 
観察用セル中でポリスチレンラテックス粒子が運動している様子をその場観察しました.その一例として,ΔT =20 ℃( T C =10 ℃, T H =30 ℃)の時の顕微鏡写真を右図 に示す.左下図は, 0.5 秒おきに取った3枚のスナップショット( No.1-3 )を重ねてあります.無磁場下では A, B 二つの粒子が,そして 10T の磁場下では C, D 二つの粒子が 0.5 秒毎に,視野の左上から右下方向に流れて行く様子が示されています.ポリスチレンラテックス粒子を用いることで,図に示しましたように,セル内の溶液の流れがうまく可視化されています.0Tおよび10Tを比べると,明らかに 10T の磁場下のほうが,粒子が 0.5 秒間に動く距離が小さい,つまり対流の流速が遅いことがわかります.
 左下図に示したように,セル中を流れるポリスチレンラテックス粒子の流れの軌跡をトレースすることにより,流速を算出しました.種々の温度差ΔT において解析した流速を右下図 にまとめました.ここでは,セル内の平均温度が常に 25 ℃になるように((T H - T C)/2=25 ℃),コールド・ブロックとホット・ブロックの温度は設定されています.右下図に示したように,温度差の増加と共に対流の流速は増加することがわかります.しかし,それに加えて, 10T の均一・定常磁場によって,対流が約2分の1程度に抑制されており,完全に有意な差が見られることがわかります.

1ー3)ローレンツ力による対流抑制メカニズム
 対流が抑制されるメカニズムを右図に示します.メカニズムは簡単で,「電導性の大きな液体が対流により磁場中を移動するとフレミングの右手の法則により液体中に誘導電流が流れ,誘導電流が流れるとフレミングの左手の法則により対流を打ち消す向きにローレンツ力が働く」,というものです.液体金属に磁場を印可すると誘起電流が発生し,これに磁場が作用することで対流抑制効果が生まれます.本研究で実験に用いた 25wt% NaCl水溶液の電気伝導度は,半導体の融液のそれに比べて4-5桁小さなものです.そのため,液体金属の場合のように,液体中に実際に誘起電流が流れるというイメージからは程遠い状況にあります.しかしながら,これまで半導体融液に加えられていたよりも3桁程度強い磁場を用いることで,上図に示したような顕著な影響を観察することができたものと考えられます.これまでに,磁場中で電解質溶液に電流を流した際に発生するMagneto Hydro Dynamic流については多くの研究がなされています.しかしながら,定常・均一磁場が水溶液中の対流に顕著な影響を及ぼすことを実験的に証明したのは,我々が知る限り本研究が初めてです.
 しかしながらその後の研究により,「実際のタンパク質の結晶化溶液程度の電気伝導度」では,ローレンツ力は浮力対流の抑制には有効でないことも明らかにされました. Yin らは,リゾチームの過飽和溶液(電気伝導度: 2.1×10^1 Ohm^-1 m^-1 , 25 ℃)を温度差のついた観察用セルに入れ, 4T までの均一磁場中でトレーサー粒子を用いて浮力対流の流速を測定しました ( Yin, D.C, et al. (2001) J. Crystal Growth 226: 534-542 ) .その結果,リゾチームの結晶化溶液中の対流にはローレンツ力による抑制効果は認められませんでした.電気伝導度の小さな液体中の浮力対流を抑制するには,次に紹介する不均一磁場による磁気力を用いた手法の方が効果的であると考えられます.

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2)不均一磁場中での「磁気力(磁気対流)」による浮力対流の抑制
 磁気力の効果については,水のように「電気伝導率が低い液体」中の対流を抑制するのに効果的であることが,産総研の若山さんらのグループによって近年示されました(Qi, J., et al. (1999) J. Crystal Growth 204: 408-412; Qi, J., et al. (2001) J. Crystal Growth 232: 132-137).ここではその原理を簡単にご紹介します.詳しくは,Qiらの論文をご覧ください.
 例えば右図に示したような状況について考えてみましょう.容器の底部中央が加熱されていますと,温められた水は軽くなり,上方に向かう浮力対流が発生します.一方,水の入った容器は容器底部がちょうど磁石の中心に来るようにセットされています.そのため容器の中央部分では,上方にゆけばゆくほど磁場の強さが弱くなります.また,一般に磁石は銅などの金属の筒にコイルが巻き付けられた構造をしていますので,コイルに近い部分(筒の内壁近傍)ほどが磁場が強く,筒の中央へ向かうにつれて磁場は弱くなります.つまり,筒の内部では垂直方向よりも大きな「磁場勾配」が筒の半径方向に存在します.そうしますと,最初のページで説明しましたように,筒の半径方向に「磁気力」が発生します.水は「反磁性体」ですので,磁場勾配(dH/dr: rは半径)にそって磁場が小さくなる方向に力を受けます.すなわち,筒の内壁近傍から筒の中央に向かう流れができます.これが右図で「磁気体流」と示された流れです.もうおわかりだと思いますが,右図の配置では浮力対流と磁気対流は互いにちょうど反対方向の流れですので,お互いが打ち消しあうことで浮力対流が抑制されることになります.

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3)不均一磁場中での「磁気力(擬似微少重力効果)」による浮力対流の抑制
 上記2)の磁気対流による効果は,磁場中心近傍でのわずかな「磁気力」によって生じる「磁気対流」によるものでしたが,「もっと大きな磁気力」を発生させて「磁気力と重力を釣り合わせよう」とするのがここで述べる「擬似微少重力効果」です.このアイデアは,産総研の若山さんによって提唱されました(Wakayama, N.I., Ataka, M., Abe, H. (1997) J. Crystal Growth 178: 653-656; Wakayama, N.I. (1998) J. Crystal Growth 191: 199-205).
 最初のページで説明しましたように,縦型磁石の中心よりも上部に反磁性体を置くと上向きの磁気力が得られます.逆に,中心よりも下部に反磁性体を置くと下向きの磁気力が得られ,ちょうど磁場中心に反磁性体を置くと磁場勾配がないため磁気力は発生しません.試料に実際に働く力は,常に下向きに働く「重力」と場所によって向きと大きさが異なる「磁気力」の「和」になります.そのため縦型磁石の中心よりも上部では,重力と磁気力の向きが異なるために互いに打ち消しあい,あたかも重力が見た目に小さくなった「擬似微少重力」の状態が達成されます.また,中心よりも下部では,重力と磁気力の向きが同じために,あたかも重力が見た目に大きくなった「擬似過大重力(すいません,私の造語です)」の状態が達成されます.ちょうど中心では,磁気力は働きませんため,試料が感じる力は重力のみで1Gの状態となります.このような効果は,通常の縦型磁石ではボア内のある特定の小さな部分でしか得られませんが,最近,擬似微少重力がなるべきボア内の大きな領域で得られるように特殊なコイルの巻き方をした磁石が開発されました.「擬似微少重力」の状態では,試料には力が働かないため「浮力」が発生せず,従って「浮力対流」も発生しないことになります.そのため,あたかも宇宙実験のごとく,浮力対流のない状況が達成されます.
 このような擬似微少重力効果は,まだ日本でも数台の超電導磁石でしか達成されませんが,宇宙実験を行うためには膨大な費用が必要であることを考えると,ずっと安上がりで同じ効果が得られることになります. 宇宙でタンパク質の結晶化実験を行う前に,どのようなタンパク質であればその結晶化に微少重力環境がプラスに作用するかを,地上で事前に調べるためには大変有用な方法であると期待されています.

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4)これからの課題
 最近,擬似微小重力環境下でも,系内の磁化率に不均一が生じると,対流は完全にはなくならないことが報告されています( I. Mogi, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 42 (2003) L715).茂木らは,水中にわずかな温度差を与えると0Gに相当する環境下でも,温度による磁化率の変化により,わずかな対流が消滅せずに残ることを実験的に示しています.タンパク質結晶の場合にも,結晶の成長に伴い結晶周囲には濃度分布が必然的に生じますため,磁化率が溶液と大きく異なるタンパク質の場合には注意が必要であるかもしれません.反磁性体の磁化率は大変小さいため,磁化率の不均一性の問題はこれまで無視されてきましたが,今後検討が必要な課題であると思います.

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