Magnetic orientation of protein crystals ;
タンパク質結晶の磁場配向メカニズム

 1.で磁場配向効果の原理については説明しました.ここでは,それでは「タンパク質結晶の磁場による配向が具体的にどのようなパラメータで制御できるのか」について説明します.本ページで紹介します内容は,主に以下の2つの論文に基づいています( N.I. Wakayama, J. Crystal Growth 191 , 199 (1998); S. Yanagiya, et al., J. Crystal Growth 196 , 319 (1999)).

      1)背景2)タンパク質結晶が磁場配向する様子3)タンパク質結晶が磁場配向するのに必要な磁気エネルギー
      4)結晶の沈降を取り入れたモデル5)これまでに磁場配向することが確認されているタンパク質結晶(2004.11.27)

1)背景
  タンパク質など生体高分子の磁場配向については,古くから多くの研究がなされています.例えば,ポリアミノ酸(*1-3)や紫膜中のロドプシン (*4) の溶液中での磁場配向については, 1960-1970 年代に多くの報告があります.また,繊維状のタンパク質であるフィブリン (*5-7) や DNA (*8) ,ウイルス (*9) についても溶液中での磁場配向が近年報告されています .ですのでタンパク質が磁場配向すること自体は不思議でも何でもありません.しかし,上に挙げた例はいずれも1分子の持つ磁気的異方性が極めて大きな例についてであり,通常の「球状タンパク質」のような磁気的な異方性が極めて小さな分子については十分な磁場配向は起こらないため,磁場の効果は長らく忘れられていました.
1) Y. Go, et al., Biochim Biophys. Acta 175 , 454 (1969). 2 ) E.T. Samulski and H.J.C. Berendsen, J. Chem. Phys. 56 , 3920 (1972). 3) E.G. Finer and A. Darke, J. Chem. Soc. Faraday Trans. Sect. 1 71 , 984 (1975). 4) M. Chabre, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75 , 5471 (1978). 5) A. Yamagishi, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 58 , 2280 (1989). 6) A. Yamagishi, et al., Physica B 164 , 222 (1990). 7) T. Takeuchi, et al., Physica B 201 , 601 (1994). 8) M. Suzuki and H. Nakamura, Proc. Jpn. Acad. B, Phys. Biol. Sci, 71 , 36 (1995). 9) M. Hirai, et al., Phys. Rev. E 51 , 1263 (1995).

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2)タンパク質結晶が磁場配向する様子
 鶏卵白リゾチームの単斜晶系結晶が10Tの均一磁場により配向する過程のムービーを示します(なお,ムービーの著作権は,立命館大学の本同宏成氏に帰属します).反磁性体といえども驚くほど磁場に反応することがおわかりいただけることと思います.

ムービーを見る(372kB or 144kB)

 それでは以降の節で,このようなタンパク質結晶の磁場配向がどのようなメカニズムで起こっているのか,について定量的に説明します.

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3)タンパク質結晶が磁場配向するのに必要な磁気エネルギー
 まず, 強磁場中でのタンパク質結晶の磁場配向を決定する因子を見つけるため, 10T の均一磁場下で,ニワトリ卵白リゾチームの正方晶系結晶を種々の過飽和度下で結晶化しました.そして,析出した結晶のうちの磁場配向している割合Rexp(磁場配向率)を求めました.

(磁場配向率Rexp)=(磁場配向している結晶の数)/(析出した結晶の総個数)

磁場強度と配向率の関係を右に示します.図の縦軸は 磁場配向率Rexpです.図より,実験で求めた磁場配向率Rexpは 磁場強度の増加に伴い増加しますが,それのみならず結晶化の際のリゾチーム初濃度の増加にともなって配向率が増加することがわかります.なぜリゾチーム濃度によっても配向率が変化するのでしょうか? そこで,磁場配向率がどの様なパラメータにより決定されているのかを定量的に理解するために , 以下の考察を行いました.

 リゾチーム分子はその Z 軸方向に , 約 -1.2×10^(-28) [emu/molecule]程度の磁化率異方性を示します.そのため,ここでは結晶構造については詳しく説明しませんが,リゾチーム正方晶結晶のユニットセルは , 結晶の c 軸方向に , 約-9.6×10^(-28) [emu]程度の磁気異方性を示します.この結果は , リゾチーム正方晶結晶の c 軸が磁場と平行な方向に配向するという実験結果と一致します.しかし , この磁気異方性の値は非常に小さく , ユニットセルが 10T の磁場より受ける磁気エネルギーは , 熱エネルギー kT と比べて4桁程度小さい値でしかありません.このことは,結晶化溶液中でリゾチーム1分子が磁場配向をすると言ったことは起こりえないと言うことを示しています.リゾチーム結晶が 熱エネルギーと同程度の磁気エネルギーを得るためには , 10^(4) 個程度のリゾチーム分子からなる微結晶である必要があります( 10T の場合).

 それでは,実際の結晶の配向は,結晶がどの程度の大きさの時に決定されているのでしょうか.配向に必要な結晶の大きさを見積もるために , 以下の計算を行いました.磁場 H の方向とθだけ傾いた位置にあるリゾチーム正方晶結晶が受ける磁気エネルギー E H ( N,H, θ ) は,左下図のように表せることが知られています(高橋藤雄,(1989) 磁気と生物,学会出版センター,東京).ここで , N は結晶中のリゾチーム分子の数を , そしてχ a およびχ c はそれぞれ a,c 軸方向の磁化率を示しています.θがゼロに近いほど結晶はエネルギー的に安定であるため , その存在確立はθ =0 で最大となり , θ = π /2 で最小となります.右上図 に示した実験で得られた配向率は , 結晶の c 軸が磁場と3゜以内である時に配向していると判断した結果です.そのため, c 軸が磁場と3゜以内で配向している確率 R cal( N,H ) は,左下図のように表せます.N の値を様々に変えてR cal( N,H ) を計算した結果を右下図に示しました.実験で求めたRexpの多くが , N =10^7 -10^8 の時のR cal( N,H ) 曲線の間に入っていることがわかります.このことより , 本結晶化条件では , 結晶中のリゾチーム分子数が 10^7 -10^8 の時(直径 1-2 μ m ) , 結晶の配向が起こっているものと考えられます.

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4)結晶の沈降を取り入れたモデル
 
 なぜ , 10^7 -10^8 の時に結晶の配向が決定されたのかについては , 溶液内での結晶の沈降を取り入れたモデルで説明することが出来ます.溶液中で生成した結晶核は成長し , その大きさに応じて磁場に対して配向しながら容器の底に沈降して行きます.いったん容器底に接地した結晶は固定され , それ以降の再配向は起こらないものと仮定しましょう(左下図)(実際にこの仮定は正しく,タンパク質結晶はガラス容器の壁によくくっつきます).この様な場合には , 同じ結晶化条件においても , 結晶が沈降する距離が長いほど底に達するまでに結晶は大きくなり , 配向率も増加すると予想されます.中下図に , 溶液相の厚みを変化させた際の結晶の配向率の変化を示します(最初に示した配向率Rexpは , 全て溶液相の厚さが 1.8mm の時の結果です).予想されたように,沈降距離が長いほど配向率は増加することがわかります.この結果は , 容器底に接地する直前の結晶の大きさによって配向率が決まる , という本モデルが正しいことを示しています.沈降を取り入れた本モデルを用いると , 最初の図に示した , タンパク質濃度が濃いほど配向率が増加する , という結果も説明できます.タンパク質濃度が濃いほど結晶の成長速度が大きいため , 沈降する距離が同じでもその間に結晶がより大きくなり , 配向率が増加したものと考えられます(右下図).
  なお,このページで説明しました「結晶の磁場配向メカニズムを磁気エネルギーと結晶の沈降で理解しようとする描像」は,安宅氏ら( J. Crystal Growth , 173 (1997) 592. )および若山氏( J. Crystal Growth , 191 (1998) 199 )が示されているものと同じです.

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5)これまでに磁場配向することが確認されているタンパク質結晶(2004.11.27)
 最後に,これまで磁場配向することが確認されているタンパク質結晶を以下に列挙します.タンパク質結晶の磁場配向が,極めて一般的な現象であることがおわかりいただけると思います.
鶏卵白リゾチーム
斜方晶系結晶(T. Sato, et al., Acta Cryst. D56 (2000) 1079)
正方晶系結晶 (Sazaki et al., J. Cryst. Growth 173 (1997) 231; M. Ataka et al., J. Cryst. Growth 173 (1997) 592; N.I. Wakayama, J. Crystal Growth 191 (1998)199)
単斜晶系結晶 (S. Sakurazawa et al., J. Crystal Growth 196 (1999) 325)
リボヌクレアーゼ A (S. Sakurazawa et al., J. Crystal Growth 196 (1999) 325)
Met- ミオグロビン (S. Sakurazawa et al., J. Crystal Growth 196 (1999) 325)
牛脾臓トリプシンインヒビター (BPTI) (J.P. Astier et al.,Acta. Cryst. D 54 (1998) 703)
豚膵臓α - アミラーゼ (J.P. Astier et al.,Acta. Cryst. D 54 (1998) 703)
BphC (N. Sato, et al., J. Mol. Biol. 321 (2002) 621)
DyP (T. Sato, et al., Acta Cryst. D60 (2004) 149)

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