Effects of a magnetic field on the growth and dissolution kinetics of protein crystals ;
タンパク質結晶の成長・溶解カイネティクスに及ぼす磁場効果

 このページでは,タンパク質結晶が「成長・溶解する速度」に磁場がどのような影響を及ぼすのかについて,まとめてみました.これまでに我々のグループ(S. Yanagiya, et al., J. Crystal Growth, 208 (2000) 645-650 )やYinらの研究(D. Yin, et al., J. Crystal Growth 226 , 534 (2001) )によって,「磁場中では結晶の成長速度および溶解速度が確かに遅くなる」ことがわかってきました.ただ,その原因についてはまだ良くわかっていません.皆様もその原因について考えてみてください.

      1)強磁場中でのその場観察装置について2)成長速度の減少について3)溶解速度の減少について
      4)成長・溶解速度が減少するメカニズムについて(いくつかのスペキュレーション)

1)強磁場中でのその場観察装置(磁場中顕微鏡)について
 結晶の成長メカニズムを研究するには,結晶が成長している過程を「その場観察」する事が必要不可欠です.そのため,まず,強磁場下で使用が可能な「強磁場下用光学顕微鏡」を作製し,それを用いてニワトリ卵白リゾチームの正方晶系結晶の成長過程をその場観察することにより,磁場がタンパク質結晶の「成長・溶解速度」に及ぼす影響について研究を始めました.

 タンパク質結晶の成長速度を測定するために作製した透過型光学顕微鏡を右図に示します.白色光源から出て,光ファイバーを通った光は,サンプルホルダー中に静置した観察用セルを照明します.下部の X, Y, Z ステージによって像の視野および焦点を調節し,得られた像は対物レンズ( NIKON 製,超長焦点型レンズ, 50 倍および 100 倍)により拡大され, CCD カメラおよび,ビデオに記録さる仕組みになっています.試料温度はペルチエ素子を用いて± 0.1 ℃でコントロールすることができます.これらの装置は全て非磁性の材質で作製されており,ペルチエ素子や CCD カメラの動作に磁場による影響は認められませんでした.特に強磁場中でもCCDがちゃんと動作することがいろんな観察を可能にしているポイントです.

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2)成長速度の減少について
 成長速度測定は以下の手順で行いました.まず,種結晶を観察用セルの中に正方晶結晶の c 軸が磁場および重力方向と垂直になるように入れました.観察用セル中の溶液を所定濃度のリゾチーム溶液で置換した後,すぐに,磁場中心にサンプルがくるように光学顕微鏡をセットしました.得られた像はビデオに記録し,所定時間毎に <110> , <001> 方向について定点から結晶面までの長さを測定しました.

 11T の均一磁場( < ± 0.1% )中で,リゾチーム正方晶結晶の成長過程をその場観察した一例を左下図に示します.本顕微鏡の解像度は,対物レンズの解像度ではなく, CCD の画素数によって決められています. 50 および 100 倍の対物レンズを用いた際の実効解像度は,それぞれ約 1 mm ,および 0.5 mm でした.コンプレッサーの振動による像の乱れや磁気力によるステージの移動は,測定する過程ではほぼ問題となりませんでした.左下図において,磁場は紙面手前向きにかけられています.成長速度測定では磁場と垂直な <110> および <001> 方向の結晶端の移動量を測定しました.そして,結晶端の移動量から, {110} および {101} 面の移動量を算出し,成長速度を求めました.

 この様にして求めた成長速度と溶液濃度の関係を右下図に示します.それぞれの実験では,全て違う種結晶を使用したためデータはばらついていますが,図より, 80mg/ml , {101} 面での一例を除き全ての実験条件で, 11T 下での成長速度が 0T 下での値を 5 〜 60% 下回っていることが分かります.したがって,磁場による成長速度の減少は,十分に有意な現象であると考えられます.また,本研究で見出された磁場中での結晶の成長速度の減少は,その後 Yin らによっても光干渉法を用いて実験的に確認されています( D Yin, et al., J. Cryst. Growth 226 (2001) 534 ).

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3)溶解速度の減少について
 磁場が結晶の成長速度を減少させた理由として,まず,磁場中で「対流が抑制された」可能性が考えられます.そこで,「成長過程」に比べて結晶表面での速度がより速く,そのため対流の影響がより顕著に観察されると予想される「溶解過程」に及ぼす磁場の影響について検討しました.以下の手順で,強磁場中でリゾチーム結晶の溶解実験を行いました.まず,多量のリゾチーム正方晶結晶をサンプル管の中に作成しました(右図).次にサンプル管中の溶液を 2.5wt%NaCl , 50mM の緩衝液で置換し,すぐに磁石中にサンプル管を静置しました.そして, 3 〜 6 時間毎に溶液を分取し,吸光光度計によってサンプル中のリゾチーム濃度を測定することで, 0 , 5 , 10 T 下で正方晶結晶が溶解する過程を追跡しました.マシンタイムの都合上,溶解過程の追跡は 70 時間で打ちきっています.

 右図に示されるように時間の増加とともに溶液中のリゾチーム濃度は増加し, 40 時間以後ほぼ一定値に落ち着いたように見えます.ただし,一般にタンパク質の溶解速度は非常に遅いため,溶液濃度が真の平衡値に達するには一週間程度を要します.実際に,右図での 0T ,約 50 時間での到達濃度も,同条件下での溶解度 14.1 mg/ml ( G. Sazaki, et al., J. Crystal Growth , 169 (1996) 355 )より約 15 %小さい値をとっています.またその後,Yinらにより, 4T までの磁場中では,リゾチーム正方晶結晶の溶解度が全く変化しないことが明らかになっています(D. Yin, Y. Inatomi, K. Kuribayashi, J. Crystal Growth 226 , 534 (2001)).したがって,右図に示した結果は,結晶の溶解速度が磁場によって著しく減少したことを示しています.

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4)成長・溶解速度が減少するメカニズムについて(いくつかのスペキュレーション)
 それではなぜ磁場によってタンパク質結晶の成長・溶解速度が減少するのでしょうか? 実は,明確な原因はまだ分っていません.そこで,ここでは考えられるいくつかの原因を列挙し,それらの可能性について述べたいと思います.

(1)磁場による対流の抑制:次のページで説明しますように,水溶液の場合にも電気伝導度が非常に大きな場合には,均一磁場によって溶液中の対流が抑制されることが分りました(25wt% NaCl水溶液: G. Sazaki, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 38, L842 (1999)).対流が抑制されれば,成長している結晶周囲の溶質濃度枯渇帯が大きく発達しますので,結晶表面での溶質タンパク質濃度が低下し,結晶の成長速度は減少することになります.しかしながら,その後,タンパク質の結晶化溶液程度の電気伝導度では,均一磁場は十分な対流の抑制効果を持たないことがYinらによって示されました( D. Yin, et al., J. Crystal Growth 226 , 534 (2001)).そのため,本効果では上述の成長・溶解速度の低下を説明することができません

(2)磁場によるタンパク質溶液の粘度の増加:Zhongと若山によって,タンパク質溶液に磁場を引加すると溶液の粘度が増加すること(C. Zhong, N.I. Wakayama, J. Crystal Growth 226, 327 (2001)),および粘度の増加にはメモリー効果がみられること(C. Zhong, L. Wang, N.I. Wakayama, J. Crystal Growth 233, 561 (2001))が報告されています.本現象のメカニズムはまだ全く分っていませんが,大変ミラクルな現象だと私は思います.タンパク質溶液の粘度が磁場によって増加すると,溶液中の溶質タンパク質分子の拡散が遅くなりますので,結晶の成長・溶解速度の低下を説明することができます.この効果の寄与の程度を明らかにするためには,さらに磁場中で結晶周囲の溶質濃度枯渇帯を詳細に調べ,磁場中で成長(溶解)している結晶への(からの)溶質タンパク質のフラックスおよび拡散係数を詳しく調べる必要があります.この実験の詳細については, 次の論文(K. Kurihara, et al., J. Crystal Growth , 166 , 904-908 (1996))にその原理が詳細に示されています.

(3)マイクロ-MHD効果:磁場が結晶成長に及ぼす要素のページで説明しましたように,溶液中のイオンなどの「電荷を持った化学種」が一定の方向に運動すると,これらの化学種に「ローレンツ力」が働くため,化学種の運動は変化します.次の論文では(I. Mogi, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 60 , 3200 (1991); 茂木 巌,固体物理 34, 193 (1999)など),銀が無電解電析する際の樹枝状(DLA)パターンが劇的に変化する様子が示されています.タンパク質も溶液中では電荷を持っているため例外ではなく,マイクロMHD効果を受けると予想されます.タンパク質分子が結晶表面で取り込まれる際にローレンツ力によりその拡散運動が変化すると,結晶の成長速度が低下しても不思議ではありません.タンパク質分子は完全に異方的な形状を持つことが原因です.溶解速度の現象は本効果で説明できるでしょうか? よくわかりません.ともかく,本現象の寄与を明らかにするには,まず,強磁場下で結晶表面近傍の個々の分子運動を追跡できるような新たな観察手法を開発する必要があります.私にもう少し財力があればそのような実験も可能なのですが,今のところはできません.将来の楽しみにとっておきます.

以上が現在私が考えていますスペキュレーションです.ほかにも何かありそうでしょうか? 教えてください.

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