Enhancement in the perfection of protein crystals grown in a magnetic field; 磁場中での結晶化によるタンパク質結晶の品質向上
強磁場中でタンパク質結晶を成長させると,結晶の「品質」が向上することが見いだされました(T. Sato, et al., Acta Cryst. D56 (2000) 1079; S.-X. Lin, et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 275 (2000) 274-278.).タンパク質結晶の品質向上は,実用的な観点から重要な意義を持ちます.本ページでは,まずその具体的な事例について紹介した後,磁場がタンパク質結晶の品質を向上させるメカニズムについて解説します.
1)均一磁場下での結晶品質の向上(リゾチーム斜方晶系結晶),
2)不均一磁場下での結晶品質の向上(ヘビ筋肉フルクトース 1, 6 ビスフォスファターゼ結晶),
3)品質向上の原因I:磁場配向効果,4)品質向上の原因II:対流抑制効果
1)均一磁場下での結晶品質の向上(リゾチーム斜方晶系結晶)
結晶化に及ぼす磁場効果は,磁場が均一であるか不均一であるかで異なります.前者の場合には磁場配向効果が,そして後者では磁場配向効果に加えて磁気力が重要な役割を果たします.簡単のために,まず均一磁場の場合から説明します.
磁場下でタンパク質結晶を成長させると,結晶の磁気的な異方性に応じて結晶が磁場配向することは既に紹介しました.10T の均一磁場下(不均一度は 0.5% 以下)で鶏卵白リゾチームの斜方晶系結晶を成長させますと,結晶のc軸が磁場方向と平行になるように「霜柱」状に磁場配向します.佐藤らは,このように 10T の均一磁場下で配向して成長したリゾチーム斜方晶系結晶を7個,そして無磁場下で育成した結晶を7個,合計 14 個の結晶について,放射光光源を用いてロッキングカーブ測定を行いました(T. Sato, et al., Acta Cryst. D56 (2000) 1079).ロッキングカーブの半値幅からX線の発散値( 0.0023 °)を差し引いて見積もった結晶のモザイク性を右図に示します .図より,測定した全ての回折ピークについて,均一磁場下で育成した結晶のモザイク性は無磁場下のものに比べて顕著に小さいことがわかります(平均で 31% 減少).このことより,均一磁場下では無磁場下に比べてモザイク性が小さく高品質な結晶が得られることがおわかりいただけることと思います.磁場による結晶品質向上の信頼度を確認するために,スチューデント t テストを行ったところ,信頼性は 99.99% 以上でした.このことから,磁場によるモザイク性の減少は,統計的にも十分に有意な現象であると言えます.
次に佐藤らは,放射光光源および実験室光源(回転対陰極)を用いて,リゾチーム斜方晶系結晶の回折強度データを収集しました.収集した回折強度データの統計結果を下表に示します.なお, 10T 下および無磁場下で得られた結晶の体積は,それぞれ 0.45 〜 0.75mm 3 および 0.2 〜 0.5mm 3 とほぼ同じでした.下表より,観測される回折点の数が,磁場を引加することにより約 1.7 倍に増加することがわかります.これは,磁場によって結晶のモザイク性が低下し,結晶品質が向上したことに対応します.それにともない,最大分解能(ここでは回折強度とバックグラウンド・ノイズとの比( S/N 比)が3の時の面間隔)も大きく向上しました. S/N 比および 1/ d 2 の関係を下図に示します( d は結晶の面間隔で,横軸は分解能に相当します).放射光光源および実験室光源での結果の両方とも,無磁場下での結晶に比べて 10T 下で得られる結晶の方が,回折強度が格段に増大していることがわかります.回折強度の増大は,特に高次(高分解能)の反射において顕著でした.また,下表に示しましたように,最大分解能が向上したにもかかわらず,コンプリートネス(実際に観察された反射数/最大分解能の範囲内で理論上観察されるべき反射数)の値も向上しました.このことは,磁場の引加にともない結晶のモザイク性が減少し,回折ピークが鋭くなったため,より高次の反射においても回折点が観測にかかるようになったことを意味します.磁場により R merge (結晶学的に等価な回折点の回折強度のばらつき:結晶の完全性が高いほどこの値は小さくなる)の値も磁場によって向上しました.以上の結果に加えて,結晶からの回折強度が初期の 80% に減少するまでの X 線照射時間を比較したところ,強磁場下での結晶の方が無磁場下でのものに比べて 20% 以上長いという結果が得られました.このことより, X 線に対する結晶の損傷も,強磁場下での結晶の方が小さいと考えられます.
2)不均一磁場下での結晶品質の向上(ヘビ筋肉フルクトース 1, 6 ビスフォスファターゼ結晶)
次に,不均一磁場下でタンパク質結晶を成長させた場合について説明します.強磁性体金属を含まないタンパク質や水は反磁性を示します.そのため,磁場強度に勾配が存在すると,反磁性体は磁場強度が弱くなる方向に磁気力を受けます(強・常磁性体の場合は,逆に磁場強度が大きくなる方向に磁気力を受けます).若山らは,この磁気力を利用して重力レベルを制御できるのではないかと発想しました (N.I.
Wakayama, et al., J. Crystal Growth 178 (1997) 653-656) .右図に,その概略を示します.縦型磁石の中央部分では磁場強度がほぼ均一であるため,試料は磁気力を受けませんが,磁石中心よりも上方および下方では,反磁性体はそれぞれ上向きおよび下向きの磁気力Fを受けます.磁石の上方では磁気力と重力が互いに逆方向であるため擬似的に重力が減少し,磁石の下方では磁気力と重力がともにした方向であるため擬似的に重力が増加します.重力mgおよび磁気力Fともにその大きさが物体の体積に比例することが重要な点です.
Lin らは,中心強度が 8T および 10T の縦型磁石の中心および上方,下方で,ヘビ筋肉フルクトース 1, 6 ビスフォスファターゼの結晶化を行い,X 線回折強度データを収集し最大分解能より結晶の品質を評価しました (S.-X. Lin, et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 275 (2000) 274-278).著作権の関係上,残念ながらそのデータは本ぺージでご紹介できませんが,結晶の品質は(上方 : 0.7g 0 )>(磁場中心 : 1.0g 0 )>(下方 : 1.3g 0 )という順番になることを報告しています.このことは,先に述べた均一磁場の効果に加えて,不均一磁場下で働く磁気力による擬似微小重力効果も結晶品質に有用な効果をもたらすことを示します.
それでは,どのようなメカニズムで磁場によってタンパク質結晶の品質が向上するのでしょうか.現在のところ,「磁場効果」および磁場による「対流抑制効果」の二つが主な原因であると考えられます.次節以降でこれらについて説明します.
3)品質向上の原因 I :磁場配向効果
磁場配向効果のページで述べましたように,多くのタンパク質結晶が磁場配向することがこれまでに報告されています.磁場配向メカニズムについてはこちらのページをご覧ください.
磁場配向効果がタンパク質結晶の品質を向上させるメカニズムとしては,結晶化溶液中の微結晶の磁場配向 (M. Ataka, N.I. Wakayama, Acta Cryst. D58 (2002) 1708) と,配向のトルクによるモザイク性の低減の2つが考えられます.結晶化溶液中には目的の結晶以外にも多くの微結晶が発生し,これらの微結晶がしばしば目的の結晶上に沈降・付着し,成長に伴い目的結晶中に取り込まれることが,原子間力顕微鏡を用いた観察から明らかになってきました.磁場下で結晶を成長させると,これらの目的結晶上に沈降し付着してくる微結晶も目的結晶と同じ向きに磁場配向しているため,目的結晶のモザイク性を大きく増大させることがないと考えられます.タンパク質結晶が沈降しはじめる μm オーダー・サイズでは,結晶の磁場配向が顕著に起こることが重要な点です.また,タンパク質結晶では1分子あたりの分子間結合力が低分子化合物結晶と比べて大変弱いため,結晶格子が歪みやすくモザイク性が大きくなります.そのため,タンパク質結晶に磁場配向のトルクが作用し,右図に示すようにモザイク構造を磁場方向にそろえる効果によっても,モザイク性が低減するものと予想されます.
以上のことから,できる限りタンパク質結晶が磁場配向する割合を増大させるように結晶を成長させることが,結晶品質の向上につながることがおわかりいただけることと思います.それではどのような結晶化操作をすれば結晶の磁場配向率を上げることができるでしょうか.磁場配向のページで説明しましたように,(1)結晶化の過飽和度を増大させることで結晶の成長速度が増大するため,沈降して容器底に付着する直前の結晶サイズがより大きくなり,磁場配向率が増大します.また,(2)結晶化容器の深さを増大させることによっても,結晶が容器底にまで沈降する時間を増大させることができるため,結晶の配向率は増大させることができます. また,膜タンパク質の場合には,磁場下での結晶化が結晶品質の向上に特に有効であると予想されます.詳細は文献 (高橋藤雄,(1989) 磁気と生物,学会出版センター,東京) をご覧いただきたいのですが,磁場は,αへリックス構造やβシート構造が磁場と平行になるよう,これらの2次構造を磁場配向させます.そのため,αへリックス構造が特定の方向に配列した膜タンパク質では,右図a に示すように,ユニットセル中の分子配列が分子の高い磁気的異方性を打ち消さない場合には,結晶は特に顕著に磁場配向すると予想されます.しかし,右図b のように,ユニットセル中で分子の磁気的異方性を打ち消しあう対称性で分子がパッキングされている場合には,磁場配向効果は期待できません.これらの事情は,膜タンパク質以外のタンパク質の結晶でも同様です.
「磁場による対流抑制」のページで詳しく説明したように,溶液中に発生する浮力対流を強磁場を用いることで十分に抑制できることがわかってきました.そのため,「微小重力効果」のページで説明しましたような様々な効果を,磁場を用いることで得ることができます.対流の抑制がタンパク質結晶の「品質」を向上させるメカニズムにつきましては,「微小重力効果」のページをご覧ください.微小重力環境を実際に模擬しうる超伝導磁石はまだ日本に数台しかありませんが,宇宙での結晶化実験よりははるかにコストも安いため,今後発展が期待される分野です.
To the top page; トップページへ,
To the top page of magnetic field effects;
磁場効果のトップページへ