古典調律 本文へジャンプ


古典調律とはどのような調律をイメージされますか?現代の音楽やピアノには合わない古い調律、バッハ以前の音楽に合う調律、限られた調性にしか使えない実用性のない調律、殆どのかたがこのようにイメージするのではないでしょうか。しかし、現代のピアノ以外の楽器や音楽には殆ど古典調律の音律が使われている、ショパンからドビュッシーにいたるまで古典調律は使われていた、24すべての調性に対応できる、このように言ったらどう思われるでしょう?かなり驚かれるでしょう。でも実際はオーケストラや歌は紛れもなく古典調律の音律で響いているのであり、ドビュッシーにいたるまで古典調律が使われていたと思われる根拠もあります。そして24の調性すべてに対応出来る古典調律もあるのです。これらの根拠をこれから説明していきましょう。
まず初めに、純正律の響きと平均律の響きを聴き比べてみて下さい。

純正の和音のサンプル 平均律の和音のサンプル

 どうですか、あまりにも違い過ぎますよね。純正律とは合唱や管弦楽などで鳴っている響き、平均律はピアノで鳴っている響きです。なぜここまで響きがかけ離れているのか、その理由はこれから説明していきますが、今の平均律で調律されたピアノがいかに純正の響きから遠いところにあるかはすぐにわかっていただけたと思います。


では、調性とは何でしょうか?なぜ作曲家はいろいろな調性で曲をかいたのでしょうか?なぜバッハやショパンは.(平均律)クラビィーア曲集や24のプレリュードのような24の調性全部を使った曲集をかいたのでしょうか?果たして黒鍵などの配置が曲に合って弾きやすいためだけの理由で作曲家はその調性を選んだのでしょうか?それだけではあまりにも根拠が乏しすぎますね。さらに、調性によって表情が違うので、その調のカラーに合った調性を使って曲を書いたという意見もあります。確かにごもっともらしい意見ですが、平均律は全ての音は均等に配置されているのでトーンカラーは理論的にすべての調で同じです。ならば、ハ長調とト長調では音の高さが違うので、その音の高さにあった調性を選んで曲を書いたというのももっともらしい意見ですが、ならハ長調と嬰ハ長調とロ長調など音の高さが殆ど同じ調の違いは作曲家はどのように判断したのでしょう?そんな細かい音の高さの違いまで考慮して作曲家は調を決めたのでしょうか?
実は、ここで古典調律の概念を考慮すると、この謎はすべて埋まるのです。それは、古典調律で調律すると調性によって表情に変化が出ることが理論的に裏付けられます。例えばハ長調と嬰ハ長調は全く違った表情になります。実際にそれを聞き分けるのはかなりそれはかなり難しいのですが、偉大な作曲家はそれを聞き分けて曲を書いていたと思われるとともに、彼らの感覚の素晴らしさは凄いと思います。よくよく考えるとなぜ作曲家が特定の調を選んで曲を書いたか、不思議ですよね。単なる思いつきだったのか?そんなことは絶対にないことをこれから説明していきたいと思います。.
それでは、その調性の違いとは、どのようなものでしょうか?まず、作曲家のかいたある程度有名な曲を調性ごとに分類してみましょう。



シャープやフラットの少ない長調の曲:ハ長調やヘ長調

  バッハ  (平均律)クラビィーア曲集より第1番プレリュード     
  ショパン 練習曲Op10,No1       
        練習曲Op10.No8
        ノクターンOp15.No1
        バラードOp38
  リスト  超絶技巧練習曲No1
  ドビュッシー ベルガマスク組曲より「プレリュード」
          前奏曲第1集より「沈める寺」


シャープやフラットの多い長調の曲:変イ長調 変ニ長調 変ト長調

  ショパ ン 練習曲Op25.No1
        練習曲Op.25.No9
        前奏曲「雨だれ」
        ノクターンOp.15.No2
        ノクターンOp27.No2
  リスト  愛の夢 第3番
       コンソレーション第3番
       ため息
  ドビュッシー ベルガマスク組曲より「月の光」
          前奏曲第1集より「亜麻色の髪の乙女」

シャープやフラットの多い短調の曲:ハ短調 ヘ短調 変ロ短調 変ホ短調

  ベートーベン ソナタ「悲愴」
           ソナタ「熱情」
  ショパン  練習曲「革命」
         ノクターンOp48.No1
         スケルツオOp.31
         ソナタ第2番「葬送」 


 このように見てみると、調性が似た調には、同じような感じの曲が集まっていることに気がつかないでしょうか。つまり、調号の少ない長調の曲には、比較的落ち着いた和声的な曲が多く、調号の多い長調の曲には、メリハリのある旋律的な曲が多いのです。また、調号が増えるにしたがい、短調の曲は暗くなります。
 では、なぜこのようになるのでしようか。まず先に説明しておかなければならないのは、和音が綺麗に響く調律と旋律が綺麗に響く調律は全く違うということです。歌や他の楽器は瞬時にをの微妙な音程を変えることができるので、あらゆる音楽に対応できるのです。しかしピアノ場合、一度調律によって音程を決めてしまうと曲の途中で変えることができません。ではピアノではどのように対応すればいいか、一つはどちらにも対応できる平均的な調律にすることです。現在ほとんどのピアノで行なわれている調律法、平均律がそれです。もう一つの方法、それは調ごとに和音が綺麗に響く調と旋律が綺麗に響く調をつくることです。これにより、旋律的な曲と和声的な曲でそれぞれ調を選ぶこととなり、作曲家がなぜ調性を選んだか、その大きな根拠になります。そしてもう少し説明しますと、和声的に綺麗に響かすためには全体の音程を低めに、旋律を綺麗に響かすためには全体の音程を高めにする必要があるのです。おそらく歌やオケではそれを無意識のうちに行なっていると思います。そこで、調号の少ない長調の曲の音程は比較的低く、調号の多い長調の曲の音程は高めになるように調律する調律法が考案されたのです。これは、平均ではなく、高いものと低いものとうまく合わせて辻褄をあわせる、そのような調律法とも言えるでしょう。
 実際、ピアノを古典調律にして演奏してみると、改めてその曲のもつよさを再発見したりします。そして何よりも驚くのはピアノの音色が変わる事です。よりピアノらしい音色になります。ただ、平均律でひくことになれた場合、古典調律でひくと多少違和感を感じることもありますが、調性を気にすることで、音楽に対する興味がまた新たに増えるのではないでしょうか。

  

では古典調律は具体的にどのようなものか、これから説明していきましょう。まず、平均的な調律である平均律以外の調律法はすべて古典調律と言えることです。平均律はすべての平均をとっているということですから1種類しかありません。しかし、古典調律はすべて平均からずれるということですから、その数は無限にあります。となるとそんなたくさんの調律を理解するのは極めて大変なのではないか、と思われるかたも多いでしょう。でもご安心下さい。古典調律には大きくわけて純正律とピタゴラス音律だけであり、その多くがそれをいかに振り分けているかだけなのです。ですから、この二つの調律をきちんと理解すれさせすれば、すべての古典調律を比較的簡単に理解できます。ちなみに、純正律は和声的な調律法であり、ピタゴラス音律は旋律的な調律法であります。この二つをいかにピアノの中で合体させるか、それによってさまざまな調律法が考案されたのです。

 
では次に、その純正律がどのようなものか、ピタゴラス音律がどのようなものか、理論的に説明したいと思います。ただ、かなり理解が困難かもしれません。その場合は、純正律は和声的な低めの音程、ピタゴラス音律は旋律的な高めの音程ということを意識して先を読んでいただければと思います。


 

 理論

 

     平均律

 ドの音から上にソ、レ・・・と順々に上へ5度ずつとっていってみてください。[ドーソーレーラーミーシーファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード]最後にドの音に戻ります。(これを5度圏といいます) ここで、それぞれの5度の音程を純正にすると、最後のドの音が最初のドの音より高くなってしまい一致しません。そこで、それぞれの5度の音程を均等に少しずつせまくして最初と最後の音を一致させたものが平均律です。そのために、12の音がきちんと等分化されることになります。また、平均律の長3度は純正長3度よりもかなり高い(短3度は低い)ために、多くのビートをともないます。5度圏の図



     ピタゴラス音律

 それでは、平均律のそれぞれの5度を純正にした場合はどうでしょう。この場合、最初と最後のドを一致させるためにどこか一つの5度を犠牲にしなければなりません。ただ、この犠牲になった5度は極端にせまくなり、かなり多くのビートを発生させるので、聞くに耐えられない音程になってしまいます。(これをウルフといいます) そのために実用的な調が限られてしまいます。 一方、長3度は[ドーソーレーラーミ]の4つの5度の積み重ねでつくられますが、それぞれの5度音程が純正なので平均律のミの音より高い音になります。また、それぞれの音階上の音も純正5度を積み重ねたものですから平均律より高めの音になります。この全体的に高めの音程が旋律を非常にきれいに響かすのです。また、短調の短3度の場合は逆に[ドーファーシ、フラットーミ、フラット]と下に純正5度をとっていきます。その結果、平均律と比べてミ、フラットの音が低くなり非常にせまい短3度ができるのです。このため、たいへん暗い曲想になります。これがピタゴラス音律です。5度圏の図 
 ピタゴラス音律の周波数値とそれぞれの音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ピタゴラス セント値 周波数値 この表をみていただければ、いかにウルフの5度のうなりの数が多いことがわかると思います。純正5度を連続してとったしわ寄せがこのウルフの5度にいっきにくるのです。そして、純正に近い長3度が4つ出来ていることもおもしろいところです。この説明は次の純正律でします。
 (ちなみに、ピタゴラスのウルフを白鍵の例えばレーラにもってくれば、ショパンの多くの曲はピタゴラス音律で演奏出来ます。ショパンの曲は、フラットやシャープのつく黒鍵を使う曲が多いためです。しかも、純正律とも違う、ピタゴラス音律の透き通るような響きは、調号の多いショパンやリストの曲を、本当にきれいに響かせます。このことからも、明らかにショパンやリストはピタゴラス音律の特徴を生かして曲を書いたと思われます。)



     純正律

 ちなみに、さきほどのピタゴラス音律でウルフをはさんだ長3度はどのようになるでしょう。(たとえば、ドーソーレーラーミのレーラをウルフにする) レーラの音程がせまいので当然ミの音は低くなりますが、おもしろいことに、ほぼ純正な長3度ができあがるのです。ですから、レーラをウルフにすれば(正確にはピタゴラスのウルフよりほんの少しひろい)ハ長調において主要3和音の3度と5度がすべてが純正になり、きわめて和声的な音律ができるのです。これが純正律です。ただ音階上にウルフが入ってきますから、あまり実用的な音律とはいえません
 (5度圏という統一的な立場から純正律を説明しましたが、本来は主要3和音のドミソ、ファラド、ソシレをすべて純正にしたときにできる音律という言いかたの方わかりやすいと思います。その結果レーラがウルフになりますが、この純正律のウルフとピタゴラス音律のウルフがほぼ同じ音程というところに古典調律のキーポイントがあるのです。) 5度圏の図
 純正律のセント値と周波数値 長3度と5度の毎秒のうなり数


   ミーントーン音律

 それでは、長3度を純正にした実用的な音律をつくりたい場合はどうすればよいでしょう。長3度は[ドーソーレーラーミ]と5度の積み重ねですから、それぞれの5度をせまくすれば純正長3度ができるのです。つまり、先ほどもかいたように純正長3度は[ドーソーレーラーミ]の中の1つの5度を純正律のウルフにすればつくれますから、このウルフをそれぞれの5度に分散させれば音階上のウルフも気にならなくなり、純正3度をつくることができるのです。このせまい5度はビートを生じますが、3度をつつみこむように響くので和音が非常にきれい響くのです。つまり、5度圏において、それぞれの5度をせまくすれば純正長3度をたくさんつくることができ、ミーントーン音律ができるのです。(実際この5度が人間の絶えうるぎりぎりのせまさと言えるでしょう。)しかし、この場合も5度圏のどこか一つの5度を犠牲にしなければなりません5度圏の図 
 ミーントーンで調律した時のそれぞれの音のセント値、周波数値と各音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ミーントーン セント値 周波数値 この表を見ていただければ特にGis−Esのウルフの5度と、それをはさんだ長3度のうなりの数の多さが目立ちます。
 ミーントーンの大きな特徴として、純正長3度がたくさん出来ることですが、その一方で純正5度よりかなり音程が高いウルフが大きな問題になります。特にこのウルフの5度を挟んだ長3度はピタゴラス長3度よりもさらに高い耐えられない長3度になってしまいます。この点ピタゴラスの場合はウルフを挟んだ長3度はほぼ純正になり長3度に関しては5度圏すべて使えるので、このウルフの5度さえ出てこなければなんとかなりますが、ミーントーンの場合はそうはいきません。このウルフの5度を挟んだ部分の和音はすべて使い物にならないのです。その解決策として多くのミーントーンを変形した調律が考案されました。その多くは白鍵部分はできるだけミーントーンのかたちを残し、黒鍵部分を改良したものが多くみうけられます。黒鍵にあるミーントーンのウルフは、ピタゴラス音律や純正律の「純正5度より狭い音程のウルフ」とは違い、「純正5度よりかなり広い音程のウルフ」になります。このミーントーンのウルフのため、それを含んだ長3度はかなり高い聴くに耐えられない長3度にるのです。このウルフや長3度を緩和するために、黒鍵のウルフを他のいくつかの黒鍵区間に分散させる方法がとられたのです。そのため純正5度より高い音程の5度が黒鍵区間に存在する場合もあるのですが、白鍵区間と黒鍵区間の長3度の大きな音程の差が、調性に大きなメリハリのある変化をつけることにもなるでしょう。5度圏の図 

 
 さて、これまで純正律、ピタゴラス音律、ミーントーン音律について述べましたが、いずれも問題になるのがウルフというしわ寄せの音程です。このウルフを回避するためにバッハや過去の音楽家はウェルテンペラメントという巧妙にこのウルフを回避する調律法を考案したのです。いきなり平均律になったのではありません。そして、このウェルテンペラメントの音律は、純正律やピタゴラス音律の特徴を残しつつ、12の調すべてを自由に使うという理想を実現したのです。


     キルンベルガー音律

 それでは、その5度圏をできるだけ純正度をたもちながら、ウルフをださずに閉じる方法はないでしょうか。ここで一つ有効な方法として、純正5度とせまい5度をくみあわせて5度圏をとじる方法です。[ド=ソ=レ=ラ=ミーシーファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード](=;せまい5度,ー;純正5度)(正確には純正5度のどれか1つをほんの少しせまくしなければならない) これでほぼ5度圏をとじることができます。つまり、先ほどのピタゴラス音律のウルフを4つの5度に分散させ純正3度を一つつくれば5度圏をほぼとじることができるのです。この分散させた狭い5度は、ミーントーン5度になります。つまり、キルンベルガー音律は、ピタゴラス音律とミーントーン音律を複合させた音律といえるでしょう。これで24の調性すべてが使えるようになります。そして、調性によって曲想が変化するという効果が得られます。これが、キルンベルガー音律です。この音律の特徴はド〜ミの長3度が純正になるなることです。そして、黒鍵がピタゴラス音律になります。5度圏の図 それぞれの音のセント値、周波数値、それぞれの音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。キルンベルガー セント値 周波数値 この表ででポイントになる点は、Ges−Desの5度が平均律とほぼ同じ音程になることです。
 (今、説明した調律法は正確にはキルンベルガー第3番調律法ですが、第1番調律法、第2番調律法も一般に知られています。これらの調律法はウルフの5度を含んでいるために、あまり一般的とは言えませんが、純正長3度にこだわっていたキルンベルガーの理念がうかがい知れます。)
                                                      

     ヴェルクマイスター音律 

 ただ、ピアノで和音だけをひくことはほとんどなく必ず旋律がつきます。旋律的には純正長3度はあまりおもしろくありません。そこで次のような5度圏はどうでしょう。[ド=ソ=レ=ラーミーシ=ファ#ード#ーソ#ーレ#ーラ#ーファード]  これでド〜ミの3度が多少高くなり、ビートも少し出ますが旋律的に対応できるようになります。また、シ=ファ#をせまい5度にすることで、さらに多彩な色彩感を出す事が出来ます。これがヴェルクマイスター音律で実用度の高い音律です。実際多くの作曲家がこの音律で曲をかいたのではないでしょうか。特にバッハやショパンのプレリュードにおいて、シ=ファ#に狭い5度をおいた変ト長調やロ長調の曲想を考えると、その思いを強くせざるをえません。この5度圏にはいろいろな表情があります。まず、純正5度とせまい5度の組み合わせで、いろいろな3度ができます。つまり、長3度は4つの5度(短調は3つ)によって構成されますから、その中に純正5度をいくつ含むかによって3度音程の高さが変わってくるのです。さらに、その3度と純正5度とせまい5度のくみあわせで、いろいろな和音、音律ができます。5度圏の図
(今、説明した調律法は正確にはヴィルクマイスター第3番調律法ですが、他にも第4番調律法が一般に知られています。この4番は、純正5度とミーントーン5度が交互に現れるという形のため、あまり実用的とはいえませんが、平均的にこれらの5度を配置したのは、明らかに現代の平均律を意識しているように思えます。5度圏の図
 
 ヴェルクマイスター調律の方法 ヘルベルト・アントン・ケルナー著 郡司すみ訳 チェンバロの調律より

 ここで、このヴェルクマイスター調律法についてもう少し詳しく述べてみたいと思います。ヴィルクマイスター調律法の特徴をいくつかあげてみます。

  1. 形が非常にシンプル
  2. 24の調性すべてが実用的である
  3. 24の調性すべてに、自由に滑らかに転調出来る
  4. 純正5度と狭い5度が、最もそれぞれの調性に変化が出るように合理的に配置されている。そのため、色彩感が豊かである。
  5. 純正長3度は一つもないが、高めの長3度が旋律と和声を両立している。
 ヴェルクマイスター調律法はキルンベルガー調律法と比べられますが、両者の最大の違いは、キルンベルガー調律法は純正長3度が必ずあるのに対し、ヴェルクマイスター調律法には純正長3度は一つもない点だと思います。私は、ピアノをキルンベルガーに調律して曲を弾いてみましたが、純正長3度は和音を単独で弾くと、とても安定感があり美しいのですが、旋律や分散和音を弾くと、どうも物足りなさを感じます。この点には、後で紹介する平島達司先生も指摘しております。純正長3度を少し高くするだけで、音楽はスムーズに流れるようになります。また、最近「古楽の音律」という東川清一氏が編集された大変参考になる本を読ませていただきましたが、この中に非常に興味深い事が書かれています。バッハもすべての長3度は高めに調整されなければならない、と弟子のキルンベルガーに言っていたそうです。この事が事実だとすると、キルンベルガー調律法には必ず純正長3度が含まれますから、話が矛盾してしまいます。また、すべての長3度を高くする事イコール平均律にする事にはならないとも書かれています。しかし、このすべての長3度を高くするという考えが、バッハが平均律を採用したという話を生むきっかけの一つになったのも事実でしょう。(ヴェルクマイスター自信もオクターブ12音すべての半音の音程比を等しくする平均律への理想はあったようです。)もっともバッハは音律に関して文献を残していないので、他のさまざまな文献などを元にして推測するしかないのが現状です。しかし、バッハの24のプレリュードにおいても、ハ長調と変二長調の曲想が、半音主音が変わるだけであれだけ曲想が変わるのは、明かに音律による曲想の変化を考えてつくられたのではないでしょうか。当時不純だと思われていたピタゴラス長3度も、変ニ長調のプレリュードの曲想から考えて、この長3度の緊張感と明るさの特徴を意識してつくられた思われます。(そして、ヴィルクマイスター音律の短調のピタゴラス音律、ハ短調、変ホ短調、ヘ短調、変ロ短調の曲を聴いた時、これらの曲に共通する独特な暗さが、バッハが平均律曲集をヴェルクマイスター音律で曲を書いたと思われることが、ほぼ決定的になります。)また、ロマン派以降、このピタゴラス長3度は別の観点から見直されます。それは、ピアノの登場です。バッハの時代はチェンバロが主流だったのに対し、古典派の時代にピアノが登場し、さらにロマン派の時代には、ピアノが格段に進化して旋律を歌える楽器になったのです。この旋律を高らかに歌う音律として、ピタゴラス音律が選ばれたのです。ピタゴラス音律の特徴をを十二分に生かした曲としてショパンのOp27−2の変ニ長調のノクターンやリストのコンソレーション第3番があげられるでしょう。分散和音の伴奏の上を息の長いゆったりとした単旋律が永延と歌われます。また伴奏部分を分散和音にすることで、ピタゴラス和音のきつい響きを目立たなくさせることにもなるでしょう。さらに、ヴェルクマイスター調律法をバッハやショパンが採用したと思われる根拠の一つに、変ト長調(嬰へ長調)の際立った特徴があげられます。この調性はヴェルクマイスター調律法においてはピタゴラス音律で、さらに下属和音の5度が狭い5度のために、全体の音程が高くなり、独特の色彩感があります。(ただし、下属和音の5度が狭くなるため、音階上のミとファの導音の音程は多少広くなり、そのため完全な純正5度で構成されたピタゴラス音律よりは若干旋律性は薄まります。)使われる事は少ないのですが、この調の曲には、大変美しい曲が多いと思います。なかでも、有名な曲がリストの作曲した「エステ荘の噴水」でしょう。噴水の溢れ出すような水の柔らかい表情が、この高めの変ト長調の音程と、下属和音の狭い5度によって作り出される柔らかい表情にぴったりと合っていると思います。他にも、リストの「孤独の中の神の祝福」もこの調でかかれています。宗教的な高みに向かって行くこの曲想も、この変ト長調の音律でなければ、その良さは出しきれないと思います。また、ショパンのノクターンop15-2、即興曲2番、舟歌が嬰へ長調で書かれていて、同じ様な幻想的な響きをかもし出しているのも、この調の特徴を意識してつくられていると思われます。 その他、ショパンの作曲したエチュードop25-9「蝶々」もおもしろいと思います。何にもしばられない蝶々の自由な飛翔が、この音律の特徴ととても良く合ってきこえます。さらに、クラシックではありませんが、ポピュラーのマライアキャリーの歌った曲でバタフライ(蝶々)というバラードの曲も、この音律でピアノで演奏すれば、まさにぴったりの表情になるでしょう。確か、蝶の様に自由になって彼のもとに帰っていく、という詩の内容だったと思います。


ヴェルクマイスターで調律したときのそれぞれの音のセント値と周波数値、そして各音の長3度と5度の毎秒のうなりの数を表示します。ヴェルクマイスター セント値 周波数値 特に長3度のうなりの数を平均律と比較していただければ平均律との違いがはっきりわかると思います。ヴェルクマイスターにおいて純正に近いハ長調とヘ長調、そしてピタゴラス音律の変ニ長調、変ト長調、変イ長調の長3度と、平均律の長3度のうなりの数の大きな違いです。

 調律というのは基本的に、オクターブ12の音をいかにオクターブの中に収めるかという事です。しかし、全部を純正にすると必ずどこかにしわ寄せがきて、12の音をオクターブの中に収めることが出来ません。そこで、うまく収める一番妥協できる方法は、オクターブ12個の音の音程の平均値をとって収める方法です。これが、平均律です。一方、古典調律を使って収める方法もあります。つまり、高めの音程のピタゴラス音律と、低めの音程の純正律やミーントーン音律をオクターブの中で組み合わせて、収める方法です。これが、キルンベルガー音律やヴェルクマイスター音律です。
 本来、非常にバラエティーに富んでそれぞれ強い個性を持った古典調律は立派な音律なのですが、古典という言い方をされる事で、どうも古くて実用性がない音律と思われてしまいがちです。その意味では、この古典という表現が適切かどうかとも思ってしまいます。また、これらの音律でピアノを弾くと、その背景には、全く違う世界が展開するのです。
 (ただし、ピアノで音律を選ぶ場合、その実用性ということも考慮しなければなりません。キルンベルガーやヴェルクマイスター音律の場合、確かに純正的な音律もその中に含まれますが、それは、主和音に限った場合が多いので、純粋な純正律やミーントーン音律と比べると、その特徴は少なくなります。しかし、ウルフがないために、転調が自由に出来るという実用性があります。また、キルンベルガー音律には純正3度があるので、響きはヴェルクマスター音律より豊かになると思いますが、ピアノで旋律を響かすろいう実用性を考えるとヴェルクマイスター音律の高めの長3度は必要になります。
そして、音律を選ぶのは音楽を表現する手段であり、目的ではないということも考えなければなりません。)

最近、自分のピアノを調律しました。いつもヴェルクマイスターで調律したましたが、今回に限りどうもいつもと感じが違う、響きは澄んでいてきれいなのですが、どうも物足りなさを感じる、タッチが重い、しっくりこない。で、確認したところ、ハ長調の長3度がほぼ純正3度に近かったようです。その後、その3度を少し高めにするだけで本来の生き生きとした響きを復活しました。3度が純正になるだけでこれほど弾いた感じが変わるものなのか、恐れ多くもバッハが純正3度はよくないと言った意味の重みを噛みしめれた瞬間でした。キルンベルガーを推奨するかたもいると思いますが、実際のピアノ音楽ではほとんどこの音律は使いものになりません。と考えると、使える音律は平均律、ヴェルクマイスター、ヤング、この3つだけでしょう。


ではバッハやショパンやリストまで古典調律で曲を書いたと考える根拠は何か、それは24の調性(リストは12の調性)すべてを使って曲集を書いていること、そしてそれぞれの曲が古典調律を使用していたと推測するとまさにその調性ごのとトーンカラーとマッチすることです。しかし、時としてその違いというのは理論的には説明できるのですが、感覚的には中々難しいですね。でも、もしかすると昔の偉大な音楽家は絵を見るようにその違いを感じていたのかもしれません。これからそれぞれの曲集の調性ごとの違いを私なりに説明させていただきますが、中にはちょっと説明が難しいものもあります。でも、大体の流れを感じ取っていただけたらと思います。


 バッハの平均律クラヴィア曲集


 それでは、古典調律(ヴェルクマイスター調律法)で調律した場合、バッハの平均律クラヴィア曲集のそれぞれの曲はどのような特徴になるか解説してみたいと思います。 バッハが24の調性全部が使える平均律を発明したというのは誤訳のようです。(前述のバッハの(平均律)クラビィーア曲集に( )をつけた理由もこのためです。) 正確にはバッハが24の調性全部が使えるようヴィルクマイスター調律法を採用して曲をかいた、というべきです。

 (特に、ハ長調の3つの音律のサンプルを聴いていただければ、その違いははっきり感じていただけると思います。そして普段平均律のにぎやかな響きに慣れているということは、純正の静粛な響きを体験することが極めて少ないことを実感していただけると思います。そして、すぐ下の変二長調のピタゴラスの和音は、かなり唸りを出しているので、にぎやかな感じに聞こえると思います。)
 
  • ハ長調  主和音サンプル  主和音のサンプル、ミーントーン 主和音のサンプル、純正律
      ミーントーン音律に近い音律が天使のようなこの音楽の響きを引き立てています。
  • ハ短調  
      恐れが迫ってくるような感じを思わせる曲想ですが、まさに暗さの際立つハ短調のピタゴラス音律のためにかかれた曲でしょう。
  • 変ニ長調  主和音のサンプル   
      ハ長調とは一変して一気に緊張感のある明るい調になります。この曲の細かいパッセージもピタゴラス長調の緊張感のある長3度の特徴を生かしたものでしょう。
  • 変ニ短調  主和音のサンプル
      ピタゴラス短3度ほどではないが低めの短3度によってつくり出される表情は哀愁のような情感を感じさせます。
  • ニ長調  主和音のサンプル
      祭典的な調と言われますが、少し高めの調3度がこの曲のようなにぎやかな表情をつくっているのでしょう。
  • ニ短調  主和音のサンプル
      主和音の狭い5度が包み込むような柔らかさを表現しています。
  • 変ホ長調  主和音のサンプル 
      ピタゴラス音律ほどではないが高め長3度と純正5度によってつくりだされる明るい表情はハ長調とはまた違う天使の響きを感じさせます。   
  • 変ホ短調  主和音のサンプル
      短調のピタゴラス音律です。曲想も非常にクールで暗く、明らかにピタゴラス短調の低めの短3度の響きの効果を生かした曲だと思われます。
  • ホ長調  主和音のサンプル
      高めの音程で軽やかな旋律の中にも、属和音のせまい5度のために響きが柔らかくなり、どっぷり響きに浸かっている心地よさを感じさせます
  • ホ短調  主和音のサンプル
      音程はニ短調と似ていますが、主和音の5度が純正のため、透き通るようなクールな響きになっています。また純正に近い和音で構成されている調なので、響きも柔らかくなっています。
  • ヘ長調   主和音のサンプル  
      純正に近い響きの調で、淡々とさっぱりとした曲想になっています。
  • ヘ短調  主和音のサンプル
      ピタゴラス短調ですが、属和音がCという落ち着いた和音になるため、非常にクールな響きの中にもどっしりとした安定感を感じさせます。
  • 嬰へ長調   主和音のサンプル
      ピタゴラス長調ですが同じピタゴラス長調の変ニ長調よりも音程が高めで下属和音の5度も狭いので、響きも柔らかく天上にいるような雰囲気をかもし出しています。
  • 嬰へ短調 
      変ニ短調と似ている調性ですので、曲想も似たような感じになっています。
  • ト長調  主和音のサンプル
      少し高めの長3度と狭い5度で構成されているため、にぎやかな響きになっています。
  • ト短調
      下属和音のピタゴラス短調の和音がさらに一層の物悲しさを感じさせます
  • 変イ長調  主和音のサンプル   
      長調のピタゴラス音律ですが、ピタゴラス長3度の和音の緊張感ある響きが生かされています。
  • 変イ短調
  • イ長調  
      高めの音程で、緊張感ある響きの中にも狭い5度の柔らかい響きが含まれています。
  • イ短調
      純正に近い短調で、響きにもどっしりとした安定感があります。特にフーガにおいて、安定した重い響きの中を延々と旋律が突き進む力強さを感じさせます。
  • 変ロ長調  
      少し高めの長3度と純正5度を多く含む調性のため、どっしりと安定した響きになっています。よく使われる調性ですが、平均律との違いをはっきり感じ取り易い調性だと思います。
  • 変ロ短調
      短調のピタゴラス音律です。同じ短調のピタゴラス音律の変ホ短調と曲想がにているのもバッハがヴェルクマイスターの音律を使ってこの曲を書いている事を証明していると思います。
  • ロ長調  
      全体として高めの音程の中でも、主和音の5度が狭い5度なので、響きが柔らかくなり、優しい響きになっています。
  • ロ短調
      主和音の狭い5度が低めのロ短調の調にさらにまた独特のチェロのような色彩感をかもし出しています。   



 ショパンの24のプレリュード

この曲は、ショパンが24の調性全部をつかってかいた曲集です。この曲集は、ロマン派以降の調性音楽の指針となる曲集だと思います。後にドビュッシーもこの曲集に影響を受けたと言われています。実に24の調性の特徴がそれぞれの曲に出ていると思います。とくにピタゴラス音律での曲は、大変美しい曲ではないでしょうか。

  それでは、ヴェルクマイスター調律法で調律した場合、それぞれの調性ごとの特徴を 「ショパンの24のプレリュード」で説明してみましょう。このショパンの24のプレリュードは、同じく24の調性すべてを使用したバッハの平均律クラビィーア曲集と比較して、曲の配置の仕方が違っています。バッハはそれぞれの曲を半音階ずつ上げていったのに対し、ショパンは5度ずつ上げていきました。そのため、ショパンのプレリュードの方が長調、短調それぞれ曲集が進むにしたがいシャープやフラットが一つずつ増える、または減っていくので、曲想が少しずつ変化していくという自然な流れといえるでしょう

  • 第1番ハ長調
     ミーントーン音律に近い音律です。和音が一番きれいにやわらかく響きます。この曲の全体に霞みのかかったような柔らかい表情は、まさにこの音律の特徴を出したものでしょう。
  • 第2番イ短調   
     短調の中では一番純正度の高い音律です。主和音の5度は純正で3度もほぼ純正なので、それほど暗さもなく和声的にも安定しています。
  • 第3番ト長調   
     主和音の3度が少し高いのでハ長調より少し明るい表情になります。また主要3和音の5度がすべてせまい5度なので和声的な安定感よりも平均律的な発散する広がりのある響きになります。この曲の流れるような曲想もこの調の特徴でしょう。
  • 第4番ホ短調   
     主和音の短3度がイ短調より少し低くなるので、少し暗い表情になります。また、絶えず左手が和音をたんたんと刻んでいるのも、比較的音程が高めの調のため、ピタゴラス3度のようなきつい響きではなく、純正に近い柔らかい響きの3度が曲想に生かされていると思われます。
  • 第5番ニ長調
     ト長調より音程が少し高く主要3和音の中に純正5度が含まれるので、明るく安定感の少しある曲になります。
  • 第6番ロ短調  
     短3度がホ短調よりさらに低くなり主和音の5度もせまい5度なので、かなり暗い曲想になります。
    また、主和音におけるせまい5度が、バッハのロ短調のプレリュードの曲想のようなチェロのような響きをかもし出しています。
  • 第7番イ長調
     シャープ系の長調の中では一番音程が高めです。また、主要3和音の中にせまい5度が含まれるので、和声的な落ち着きの中に旋律がうかびあがるような曲想になります。(この曲は大変短い曲で、他にもショパンはシャープ系の調で、あまり曲を書いていませんが、シューベルトはこのイ長調で、ソナタの長い名曲を書いています。この調は主和音の長3度が高く、また主要3和音のなかに狭い5度が含まれるので、明るくて暖かい性格の響きになっています。シューベルトの春を思わせるようなソナタは、まさにこの調の性格にあっています。)
  • 第8番嬰ヘ短調
     主和音の短3度はかなり低いのですが、5度が純正のため緊張感のあるショパンらしい哀愁を感じさせる響きになっています。   
  • 第9番ホ長調
     イ長調に似ていますが,音程が少し低いので緊張感のある和声的な響きの濃い曲想になっています。また、途中、純正に近いハ長調、ピタゴラス音律の変イ長調に転調するのもおもしろいところです。
  • 第10番嬰ハ短調
     嬰ヘ短調と似ていますが、主要3和音の5度がすべて純正なのでさらに緊張感が増します。  
  • 第11番ロ長調
     全体的に音程は高めですが、主和音の5度がせまい5度なので、旋律的でありながら柔らかい曲想になります。 
  • 第12番嬰ト短調
     嬰ハ短調より音程が少し低くなり、ピタゴラス短調を暗示するかのような暗い曲です。
  • 第13番嬰へ長調
     長調の中で最も音程の高いピタゴラス音律です。この曲の天上にいるような美しい曲想は、まさにこの高揚する音律の特徴を生かしたものだと思います。
  • 第14番変ホ短調
     これは短調のピタゴラス音律です。短調のピタゴラス音律は主和音の短3度が非常に低くなるので大変暗い曲想になります。この曲も前の短調とくらべてさらに暗くなっています。
  • 第15番変ニ長調
     有名な「雨だれのプレリュード」ですが、ピタゴラス音律で弾くと、旋律がうかびあがるようにきれいに響きます。
  • 第16番変ロ短調
     まさに短調のピタゴラス音律です。この曲の絶望的な表情もこの音律の特徴です。
  • 第17番変イ長調
     ピタゴラス音律ですが、主要3和音の中にEフラットの落ち着いた和音が入るのでピタゴラス音律の中でも比較的落ち着いた表情になります。この曲も安定した和音進行の上に高揚した旋律がのる曲想になっています。 
  • 第18番へ短調
     短調のピタゴラス音律ですが,主要3和音の中にCの和音が入るので落ち着いた表情になります。 
  • 第19番変ホ長調
     非常に明るい曲ですが、主和音の長3度が低くなりピタゴラス長3度の緊張感から開放されたため響きが柔らかくなっています。
  • 第20番ハ短調
     ピタゴラス音律の短調の中でも主和音の5度がせまいのでさらに暗い表情になります。また、このせまい5度が和声的な力強い響きをもたらします。
    この調はすべての調の中で、一番音程が低めです。それゆえ、変ト長調が天上の響きだとすれば、ハ短調は地の底からの響きだとも言えると思います。
  • 第21番変ロ長調
     変ホ長調よりさらに主和音の長3度が低くなるので非常に落ち着いた曲想になります。   
  • 第22番ト短調 
     主和音の5度がすべてせまい5度なので、ずっしりとした重い響きの曲想になります。
  • 第23番ヘ長調 
     ビートの一番少ない純正度の高い調なので、その曲想も非常にのどかで牧歌的です。  
  • 第24番ニ短調 
     短調の中では音程は高めで、3度は純正に近い柔らかい響きですが、主和音のせまい5度が力強い表情をかもし出します。左手で弾かれる柔らかくて重い和音の響きの中を右手の旋律がぐいぐい推し進むような力強さのある曲です。  
 このショパンの24のプレリュードを古典調律で24曲弾く事は、さまざまな音律を背景に、さまざまな音響世界を巡る旅であり、そこからはふところの深い立体的な音空間を感じ取る事が出来るはずです。それは、まさに閉じた宇宙観を感じさせるもので、ショパンの音律を背景にしたピアノ音楽の深い理解を再認識させるものであり、しいてはピアノ音楽の基盤に位置するといってもいいくらいに、音楽史の歴史において、この曲集の占める意義は大きいものだと思います。


 リストの超絶技巧練習曲

 リストもフラット系12の長短調をすべて使った曲をかいています。(なぜか#系の曲はかかれませんでした。)超絶技巧練習曲といわれる曲でリストが自分の演奏テクニックの粋を集めてつくった曲集といわれていますが、リストの調性感がはっきり出ている曲集でもあると思います。


 では次にリストの超絶技巧練習曲を調性的な立場から分析したいと思います。ショパンが24のプレリュードをハ長調から5度圏を右回りに進んだのに対し、リストは左回りに進みました。そしてフラット系の曲12曲で終わりましたが、それぞれの曲はショパンのプレリュードより壮大です。


  • 第1番ハ長調
     バッハのプレリュード、ショパンのエチュードの1番と同じように分散和音で構成されています。
  • 第2番イ短調
     純正に近い和音で構成された音律の上にかかれているため、その曲想もしっかりとした安定感があります。
  • 第3番ヘ長調
     純正に近い和音で構成された長調の音律の上にかかれた曲です。その曲想も非常に落ち着いて、透明感があります。
  • 第4番ニ短調
     主和音の5度は狭い5度ですが、全体的に高めの音律のため、暗さの中から旋律が力強く浮かび上がるような曲です。
  • 第5番変ロ長調
     へ長調に比べ3度が少し高くなったため、透明感のある表情に軽やかさが加わった曲想になっています。
  • 第6番ト短調
     純正の短調とピタゴラスの短調の中間にある調で、純正の安定感とピタゴラスのクールな感じを併せ持った曲です。
  • 第7番変ホ長調
     英雄という名前がつけられています。純正な長調とピタゴラスの長調の中間にある調で、しかも純正5度で構成されているため、中立的でしっかりとした安定感を感じます。
  • 第8番ハ短調
     短調のピタゴラス音律です。主和音の5度も狭いため、暗さと、どっしりとした安定感のある曲想になっています。
  • 第9番変イ長調
     長調のピタゴラス音律です。旋律をきれいに響かす音律です。同じ変イ長調の「愛の夢」に曲想が似ているのも、この音律の特徴を生かしたためでしょう。
  • 第10番ヘ短調
     短調のピタゴラス音律ですが、主和音の5度が純正のため、曲想もハ短調よりクールな透明感のようなものを感じます。
  • 第11番変ニ長調
     長調のピタゴラス音律ですが、9番とは違い和声的です。曲の前半はピタゴラス和音を背景に、大変明るく緊張感のある和音進行が続きます。そして後半、天にも昇って行くような堂々とした曲想は、まさにピタゴラス和音の特徴を最大限に生かした和声的なピタゴラス音律の曲の傑作と呼べるのではないでしょうか。(コンソレーションの第4番も変ニ長調で書かれていて和声的です。超絶技巧練習曲11番は「夕べの調べ」というタイトルがつけられていますが、コンソレーション第4番も同じ様に夕日を感じさせる曲想です。リストはこの調の持つ独特な調性感を生かして曲を書いたと思われます。)
  • 第12番変ロ短調
     短調のピタゴラス音律で、しかも主要3和音の5度がすべて純正5度のため、「雪かき」というタイトルがつけられている非常にクールで、寒々としたこの曲の曲想を盛り上げています。


 ピアノといえばショパンとリストといえるくらい偉大な人物で、私のような者がどうこう言うのはあまりにも恐れ多い事なのですが、調性感のすばらしさについては殆ど語られないのは残念な事です。ピアノの詩人、ピアノの魔術師など称える言葉は数多く存在しますが、調性感のすばらしさは調律師の私もまだまだ学ばなければならない事が多くあると思えるほど、調律に関しても深い音空間、宇宙観を感じるのです。当時の調律の状況は今ひとつ不明な事が多いとも言われて、調律師という仕事もあったかどうかということすら定かではないとも聞いたことがあります。今、クラシック音楽は不毛の時代とも言われ、中々先が見えない状況のような気もしますが、未来を見据えるには、過去の見過ごした部分も再認識する必要があるように思えます。それは、調律で、さらに言うと、調律の核になる部分、割り振りの理解です。勿論ピアノを弾くテクニックは一番重要で、一番難しく、一番時間がかかる事ですが、ショパンやリストはすばらしい調性感があったからこそ多くのすばらしい曲が生まれたような気もします。バッハによって構築された調性感は、ショパンやリストで花開き、さらにドビュッシーで洗練されます。私のテクニックでは、ドビュッシーの難曲はあまり弾けませんが、へたなりにも「月の光」などの曲を古典調律で弾くと、あまりの響きの美しさに息も呑むほどです。


    モーツァルトのピアノソナタ

 モーツァルトのピアノ曲にフラットの多いピタゴラス長調が出て来る曲は殆どありません。しかし、それぞれの曲には調性による表情の違いがあり、特にヘ長調の牧歌的な響きやイ短調の安定した響き、また変ホ長調の透明感のある響きなどを考えると、モーツァルトもヴェルクマイスター調律法で曲をかいたと思われます。また、多くが調号の少ない純正に近い調でかかれているため、おそらくモーツァルトのピアノ曲が、平均律との違いが1番はっきりでると思います。
 モーツァルトはミーントーンを音律を使ったと書かれた文献も多いのですが、確かに柔らかい響きを必要とするモーツァルトのピアノ曲は、ミーントーンの柔らかい響きの音律が合うかもしれません。しかし、モーツァルトの曲の調性はシャープやフラットの少ない白鍵を多く使う曲が多いとはいえ、転調も含めれば、ほぼ5度圏すべてのエリアを使っています。となると、この5度圏のなかにウルフの5度が入る余地はないのです。さもないとハ長調や変ホ長調のソナタを弾いた後にトルコ行進曲を調律を変えなければ弾けないという事態にもなってしまうのです。おそらくモーツァルトはピタゴラス長3度をきらったのでしょう。その根拠としてピアノ曲に、ヴェルクマイスター音律においてピタゴラス音律の変イ長調、変ニ長調、変ト長調の曲が一つもないことです。(ただ一時的にソナタの展開部において変イ長調に転調する部分はあります。)またロ長調のピアノ曲も、ソナタにおいては提示部の第2主題が属調のピタゴラス音律の嬰へ長調に転調するためにありません。このことは、モーツァルトがヴェルクマイスターかそれに近い音律を使用していた根拠になるのではないでしょうか。
 モーツァルトが純正的な音律を好んだのは明らかでしょう。それゆえにモーツアルトのピアノ曲の多くが調号の少ない調で書かれていることもヴェルクマイスターのようなウエルテンペラメントで曲を書いた根拠になるでしょう。ヴェルクマイスターにおいて調号の少ない調はミーントーンや純正律に近付くからです。しかし、その中でもハ長調とヘ長調の特徴の違いははっきり曲に現れていますし、変ホ長調のような比較的調号の多い調の特徴も十分に生かして曲を書いていると思われます。これがミーントーンならばこれらの調の特徴の違いはヴェルクマイスターのようにははっきり出ません。(特にピアノ曲において、シャープ系、フラット系の曲想の変化ははっきり感じられます。ニ長調は祭典的なにぎやかな曲想、ト長調は春のようにうきうきするような曲想など、シャープ系は躍動感のある雰囲気のある曲が多いのに対し、変ホ長調や変ロ長調は丸みのある柔らかい響きで、フラット系は透明感のある落ち着いた雰囲気のある曲が多いのも、ウェルテンペラメントの調律を考えて曲を書いていると思われます。)




    音律の歴史


 それでは、音律はどのように発展してきたのでしょう。おおざっぱに言うと次の3つの時期に分類することができると思います。
1.バッハより以前の純正な音律を追求した時期
2.バッハからドビュッシーまでいろいろな音律を合理的に複合させ、調性による変化を追求した時期。
3.現代のさまざまな音楽や、その環境に対応できるよう利便性を追求した時期。

 紀元前、ピタゴラスがピタゴラス音律を発明してからずっとこの音律がもちいられてきました。ところが15世紀頃ルネッサンスの時代、教会音楽などで和音の響きが重視され出すと、ピタゴラス音律では3度がにごってしまい、きれいに響かなくなります。そのため、3度を純正に響かす実用的な音律が求められました。そこでミーントーン音律が生まれました。(この時代は他にもいろいろな音律が考えられたようです。出来るだけビートを出さずに実用的で純正な音律をつくろうと試行錯誤した時代ともいえるでしょう。)ただ、これらの音律はウルフをつくってしまい、つかえる調性が限られてしまいます。そこでバッハはこれらの音律をうまく複合してウルフを解消させ24の調性全部をつかえるようにしました.。それから、それまでの考案されたいろいろな音律はミーントーンの変形したものが多く、純正長3度を意識していましたが、バッハは高めの長3度の重要性を指摘したのです。(しかし、この事がバッハ=平均律という誤解を生む事になったのも事実でしょう。)以後、調性音楽はバッハをもとに発展していったといえるでしょう。ところが、20世紀になると、さまざまな複雑な和声が使われ出し調性もあいまいになってきます。また、ピアノも爆発的に普及し、ポピュラー音楽など、さまざまな音楽が通信機器などの発達によって広まっていきます。このため、平均律を使って、このような多面性にすばやく対応できることが求められるようになってきたのです。
 ただ、決してオーケストラや歌は平均律で響いているわけではなく、和音は純正律で、旋律はピタゴラス音律で響いているのです。ある意味で20世紀は利便性を追求した時代でした。これは人々の生活を物質的に豊かにしましたが、心の豊かさをどこかで犠牲にしたところもあったのではないでしょうか。ここで、もう一度音律についてじっくり総合的に見直し、物事の本質について見つめ直す時がきているのではないでしょうか。           
             

 

    古典調律で弾くピアニスト

 古典調律でピアノを弾くと思われるピアニストを何人かあげてみたいと思います。
  内田 光子  
   モーツァルトを古典調律で弾く事で話題になりました。あえて、ピアノを古典調律にした事  を公表した数少ないピアニストの一人でしょう。
ルービンシュタイン
   ローマで録音された曲は古典調律でしょう。ルービンシュタインの柔和な音楽性と、とても  良くあってきこえます。
バックハウス
  ベートーベンなどの古典を多く弾くピアニストですが、ピアノはベーゼンドルファーを使用して、調律は古典調律なので、その良さが一層引き立ってきこえます。
サンソン フランソワ
   ショパンなどのロマン派からラベルなどの近代までの多くのピアノ曲を古典調律で演奏している数少ないピアニストの一人でしょう。調性音楽を古典調律で弾く事が本当に自然な事なのだと、改めて実感させられます。特にラベルの曲において、高音の濁りのない麗しい響きは、古典調律でなければ出せない響きだと思います。(すべての曲を古典調律で調律したピアノで弾いているわけではありません。例えばショパンにおいてはポロネーズ、エチュード、幻想曲などは古典調律で弾いていますが、バラード、ソナタ、プレリュードなどは平均律で弾いています。古典調律で弾いている曲は、響きが落ち着きまとまっていていて、みずみずしい柔らかい響きなのに対し、平均律で弾いている曲の響きは、にぎやかで発散していて硬い感じがします。そして、これこそが古典調律で調律したピアノと平均律で調律したピアノの響きの決定的な違いなのです。)
エフゲニー キーシン
  非常に以外かと思われるかもしれませんが、現代を代表する世界的ピアニストも古典調律で弾いているのです。(古典調律で調律させていただいている、お客様のご指摘でわかりました。)これだけ有名なピアニストの演奏も、音律に関して違和感なく聴けるのも、古典調律で演奏する事が自然な事なのだと証明していると思います。
マレイ ペライヤ
 古典から近代にいたるすべての曲(私の聴くかぎり)を古典調律で演奏していると思います。幅広いジャンルのピアノ曲を古典調律で聴く事が出来るピアニストだと思います。

 では、これらのピアニストの演奏の中で特に古典調律の特徴が出ていると思われる演奏を上げてみたいと思います。(特にお薦めはルービンシュタインの演奏です。ただ、ニューヨークで録音したショパンのプレリュード、マズルカなどは平均律です。でも、これらの演奏を聴き比べる事で古典調律と平均律の響きの違いをはっきり感じ取る事が出来ると思います。)

ルービンシュタイン   ショパン ノクターン
              ショパン ワルツ
              ショパン ポロネーズ
              リスト ピアノソナタ
内田 光子    ショパン ピアノソナタ
            シューベルト 即興曲
エフゲニー キーシン    ショパン  バラード
                 ショパン  プレリュード(古典調律のために書かれたとも思われるこの曲集をキーシンは見事に演奏していると思います。キーシンのピアノの音は硬めですが、この曲集において、調号の少ない曲はまるい柔らかめの響きで、調号が増えるにしたがって線的な響きが強くなって、より旋律的になっていくのがわかります。また、曲を順番に聴くのではなく、調号の少ない曲と多い曲を比べて聴いた方が、調性感をより解り易く聴けると思います。例えば、ハ長調と変イ長調を聴き比べた場合、どちらも同じ和声的な曲ですが、明らかに響きには違いがみられます。純正に近いハ長調は、柔らかい包み込まれるような響きなのに対し、ピタゴラスの変イ長調は硬めの透明感のある響きになっています。また、短調ですが、こちらも変ロ短調とニ短調を比べた場合、どちらも激しい曲想ですが、ピタゴラスの変ロ短調は倍音が強調されているような鋭い響きですが、純正に近いニ短調は、鈍い感じで角がない重い響きになっています。ただ、どうも前奏曲のニ短調の曲はピタゴラスの鋭い響きの方が合うような気がします。最後に激しい曲で曲集を締めくくる効果をショパンはねらったのかもしれませんが、ショパンは殆どニ短調で曲を書かなかった事からしても、ピタゴラスの鋭い響きで曲を盛り上げる事の方をショパンは好んでいたのではないでしょうか。)
サンソン フランソワ   ショパン  エチュード  
                ショパン  幻想曲

 特にショパンの曲において古典調律の良さが際立つのには驚かされます。まさにピアノのために人生を送ったショパンのピアノ曲の素晴らしさが古典調律によって一際強調されるのではないでしょうか。ショパンのピアノ曲は本来調号の多い曲が多く、そのためビートが多いので力強さが強調されるのですが、平均律のピアノではどうしてもビートの汚さが目立ってしまいます。しかし、実際古典調律のピアノの演奏を聴いてみると、きちんとビートが響きに吸収されてビートの汚さを感じさせません。そのため、本当のショパンらしい力強く柔らかい響きを聴く事が出来るはずです。



  楽曲の分析


 それでは最後に私が実際にひいたことがある曲、またはCDなどできいたことがある曲を自分なりに主に調性的な立場から説明したいと思います。
ショパンのノクターンOp15 No1

 この曲はヘ長調です。へ長調はうなりの一番すくない調なのでこの曲もたいへん透明感のある落ち着いた曲想になっています。ところが中間部は同主調のへ短調になります。へ短調は短調のピタゴラス音律なのでたいへん暗い曲想になります。穏やかな情景が一瞬に嵐に変わるのです。このように同じ曲の中で純正な音律とピタゴラスを使うことで曲想の変化を強調して出そうとした曲は結構多いのです。
ショパンのノクターンOp48 No1

 この曲はハ短調です。ハ短調は短調のピタゴラス音律の中でも特に暗い曲想になので、この曲も前半はずっしりと重く暗い曲想です。ところが、中間部は同主調のハ長調になります。ハ長調はうなりの少ない和声的な落ち着いた調ですから、この中間部もまさにそのような曲想になっています。
ショパンのノクターンOp9 No3

 この曲はロ長調です。ロ長調はピタゴラス音律に近い音律です。そのため旋律的でありながら、主和音の5度が狭い5度のため、柔らかい響きになります。主和音はピタゴラス和音ではないのですが、属和音がピタゴラス和音になります。この属和音のピタゴラス和音が、この曲のメロディーにおいて重要な意味を持ちます。14小節目のAisの音はメロディーの流れの中でポイントになる音ですが、ここにピタゴラス和音をもってくることでこのAisの音をより強調して響かすことが出来るのです。中間部、ロ短調になります。ロ短調は短調の中でも比較的暗い調です。そしてハ長調に転調するなどいろいろな調に転調を繰り返します。この転調がなんともリズミカルで心地よいものです。その中でも途中、突然ピタゴラス長調に変わる部分があります。ピタゴラス長調は非常に明るい調ですから、この対比が特に新鮮にきこえます。このように曲の途中で突然ピタゴラス音律を使い曲想をがらっと変える曲はベートーベンのソナタなどにも多くみられます。
リストの「愛の夢 第3番」

 この曲は変イ長調です。変イ長調は長調のピタゴラス音律で、旋律的な音律です。そのため、この旋律が大変きれいに響くのです。また、この旋律上のポイントとなる音階上のミの音を強調して響かすことができます。 途中、ロ長調に転調し、少し和声的な響きになります。さらにハ長調に転調し一気に和声的な落ち着いた響きになります。そして、ホ長調に転調し、緊張感が高まっていき、再び変イ長調に戻り曲が盛り上がっていくのです。この曲はリストの曲の中でも大変有名な曲ですが、改めてリストの調性感の素晴らしさに驚かされます。古典調律の調性の変化に伴い曲想が変化していくその状況は、まさにつぼにはまったという表現が適当かもしれません。
リスト「ため息」 
 この曲は変ニ長調です。まさに、旋律をきれに響かすためのピタゴラス音律で、ため息の息の長い朗々と歌う旋律を響かせています。(特に、メロディーの5番目のファの音ですが、この音はピタゴラス音階上のミの音にあたり、ピタゴラス音律においては高めなので強烈に響きます。この音を強調して響かすことは、この旋律においてもポイントになります。しかし、平均律で弾くと、ピタゴラス音律ほど高くなりきっていないので、比べた場合にどことなく間の抜けたような物足りない響きになってしまいます。)楽譜をよく見ると、愛の夢の中の転調と似ている事に気が付きます。まず、両方の曲ともピタゴラス音律でスタートしていること、そして、途中、旋律的な響きと和声的な響きの両方を持っている、ホ長調の周辺の調に転調する事、そして、中間部は和声的なハ長調やへ長調に転調する事です。ため息は中間部30小節目でへ長調に転調しますが、ここでは変ニ長調の時の流れるような曲想ではなく、一つ一つ音を踏みしめる様などっしりとした曲想で、まさに純正に近いへ長調の安定感のある響きがぴったりでしょう。次に紹介するウェイバーの曲にも似たような効果が現れています。 ウエィバー「舞踏への勧誘」

 この曲もたいへん有名な曲ですが、調性の変化を巧みに利用した曲でもあると思います。最初は、たいへんゆっくりとのびのある旋律ではじまります。調性は変ニ長調のピタゴラス音律ですが、この音律で弾くことで旋律を非常にきれいに響かすことができます。伴奏部分を極力おさえて弾くことも大切です。この静かな序奏部が終わると次にあの大変有名な旋律がはじまります。ここも変ニ長調のピタゴラス音律です。どうもワルツの曲にはピタゴラス音律があうようです。ワルツ独特の華麗な響きを出せるのでしょう。ショパンも多くのワルツの曲をピタゴラス音律でかいていますし、ブラームスの有名なワルツもピタゴラス音律です。長い弾むようなワルツが終わると次にヘ短調になります。ヘ短調は短調のピタゴラス音律ですから、ここで曲は一気に暗くなります。この大変暗いへ短調の部分が終わると、次にハ長調になります。この部分は変ニ長調の時のような流れるような旋律ではなく、和音を一つ一つ響かすような落ち着いた旋律です。そして、曲は一気に変ニ長調に上りつめ、有名な旋律が再び現れます。最後に序奏部の旋律がきれいに響き、曲は静かに消えるように終わるのです.。