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 上のピアノは、ヤマハの初期の頃のピアノです(製造番号34487)。危うく廃棄となるところ、買い取って音を磨きました。響きに浸る感じ、絶品のデザートのような甘い音色、箱鳴り、現代のピアノでは決して味わえない感覚です。製造された昭和の頃の世の中の感覚が走馬灯のように甦ってくる、不思議です。このようなピアノが今、次々に廃棄され、また海外に送られているような気がします。このような価値あるピアノを救いたいと今回このピアノに携わることで改めてその思いを強くしました。このようなピアノをお持ちのかた、また手放すことを考えておられるかた、是非ともご連絡下さい。上のピアノも最初は倉庫に置かれた状態で、調律も狂い音もこもった状態でしたが、調律と整音を施したことで生まれ変わりました。特に”正しい”整音は必須です。上のピアノは現在埼玉県の行田市のとあるカフェ(今は営業休止)に置かれていますが、弾きたいかたは是非ご連絡下さい。初めは売り物にするつもりでしたが、あまりの素晴らしさに手放しがたくなってしましました。いずれにしても、もう少しこの場所で音を熟成させて今後のこのピアノの行く末を決めていきたいと思います。




 このページでは、私が以前弾いてきたり触れてきたピアノの経験をもと、ピアノそのものに対する特徴や修理の傾向などを述べてみたいと思います。
 日本では相変わらずヤマハ、カワイ信仰が強く、ピアノと言えばヤマハと考える人も少なくないでしょう。学校や先生の家にあるピアノの大部分はヤマハで、ピアノの所有する人の半数以上はヤマハを使っていると思われますから、それも当然かもしれません。しかし、コンサートホールのピアノの9割以上がスタインウェイというドイツやアメリカのピアノだという事実をどれだけの人が知っているでしょう。それでも最近ではテレビや雑誌などから、竪琴のマークのついたこのピアノの存在を知る人もだいぶ増えてきたように思います。
 実際ヤマハ、カワイ以外のピアノも日本から数多く出ています。特に高度成長期の時代には、さまざまなメーカーがピアノを造り、最近では韓国や中国などから比較的安い値段でデザインの良いピアノも多く入って来るようになってきました。値段のわりにデザインの良いピアノや、とても響きが良いピアノもあり、弾いてみて気に入って買う方も多いのです。ただ、どうしても(特に初めてピアノを買う方は)ヤマハ、カワイのブランドの先入観でピアノを判断してしまう方も多く、残念に思います。技術者として今までいろいろなピアノをさわってきた私の立場から言わせて頂ければ、さまざまなピアノの違いとは特徴の違いでしかありません。ピアノを実際に弾いてみて、その音が気に入れば、その人にとってそのピアノが良いピアノなのです。と言うのも今は部品も統一されて殆ど同じ寸法で造られ、機械的にも粗悪品と呼ばれるものは殆どありません。ですからピアノを判断する材料は、その人が好む響きやタッチであるといえるのです。一般にヤマハのピアノはタッチも軽く弾き易いと思いますが、その分、音の深みが浅いように思います。また、ヤマハのピアノは硬めで明るい音がしますが、金属的な音が気になるという方もいます。その反面ヤマハカワイ以外の日本のピアノ、例えばトーヨーピアノ(日本ではヤマハ、カワイに次ぐ第3のピアノメーカーなのですが)や韓国や中国のピアノはタッチは多少重いのですが、音に深みがあり柔らかい音がする傾向があるようです。でもこれはヨーロッパのピアノの音の響きに近いものがあるのです。(もっとも、ヨーロッパのピアノはタッチも軽く、音の深みもあるのですが。)(特に最近は中国製のピアノも多く売られるようになってきました。響きは全体的に柔らかくて良く響き、高音部も非常に良く鳴っているのですが、機械的に多少粗雑さが目立ちます。この辺が改善されれば、もっとすばらしいピアノになると思います。韓国製のピアノは日本製に近く機械的にしっかりしています。)
 では、次にもっと世界的な見方からピアノをみてみましょう。ピアノの本場それはもちろんヨーロッパです。海外のピアノときいてスタインウェイしか知らない人も多いようですが、さまざまな名器とよばれるピアノが造られてきました。そして、それらのピアノを弾いてみると、その高い芸術性に驚かされます。ただ、この様なピアノに触れる機会はめったにないのが現状です。また、ピアノによっては値段がかなりするので驚かれることでしょう。しかし、これらのピアノを含めた立場からピアノをみる事が出来れば、もっと広い見方でピアノを選定出来るはずです。そして、ヤマハ、カワイにこだわることが、小さく思えるようになるでしょう。

  ヨーロッパのピアノ

  それでは、代表的なヨーロッパのピアノにはスタインウェイの他にどのようなピアノがあるのでしょう。主なものをあげてみます。
  • べーゼンドルファー(オーストリア)
  • べヒシュタイン(ドイツ)
  • ブリュートナー(ドイツ)
  • グロトリアン(ドイツ)
  • プレイエル(フランス)
  • エラール(フランス)
  • ジョン・ブロードウッド(イギリス)
  • ボールドウィン(アメリカ)
 この内上の3つは、音楽に3大Bがあるように、まさにピアノの3大Bでしょう。特にべーゼンドルファーはスタインウェイの次に世界のコンサートホールに多く普及しているピアノです。歴史はスタインウェイよりはるかに古く、またその音はスタインウェイとは明かに違い、スタインウェイがインターナショナル的でピアノのお手本のような音がするのに対し、べーゼンドルファーはドイツの歴史的な流れによって生まれたきわめてドイツ的な音だと思います。ですから、ドイツ音楽を演奏するにはスタインウェイよりべーゼンドルファーの方がその音楽の良さを引き出せると私は思うのですが。(特に高音部の天使のような響きや低音部の重厚な響きは、気品のような香りを感じます。それは音楽の都ウィーンという場所で造られた気候風土も大いに関係しているでしょう。去年、経営上の理由から単独で会社を存続出来なくなったのは非常に残念ですが、インペリアルという名にふさわしいピアノの王様ともいえるベーゼンドルファーのピアノの響きは、人類の宝として決して絶やしてはいけないと思います。)それから、ピアノのストラディバリと言われるほどの名器がべヒシュタインです。ドビュッシーも、ベヒシュタインのためにピアノ音楽は創られるべきだと言ったほどです。どうも、このピアノは今のものより古い方が素晴らしいように思います。以前浜松で修理前の古いべヒシュタインを弾いた事がありましたが、その音のなんともいえない麗しさは、今でも忘れられません。 
 この他にも素晴らしいピアノが数多くあります。そして、どれもが見ただけ、音を少し出しただけでヨーロッパのピアノだとわかる共通の何かがあるのです。また、国によっても音の特色の違いは鮮明です。以前「パリ左岸のピアノ工房」という本を読みましたが、正にこの本の中で、さまざまなヨーロッパのピアノが芸術的な香りを漂わせて登場するのです。そして、ヨーロッパのピアノの音の奥深さを実感せずにはいられません。

ピアノの外装 磨きについて

 ピアノの外観は、デザインの綺麗さとか表面的な事柄に思えますが、人間も外観にその人の内面の人柄が表れるように、ピアノもその外観にそのピアノの特徴が大いに表れているように思えます。私は仕事柄よく車を運転しているので、いろいろな車を見ますが、とくに目を引くのは欧州車のデザインの良さです。一目で欧州車とわかるデザインには、同じタイヤが4本付いた車でも、鮮烈な個性というよりも、車としてとても自然な形として見えます。運転してみると、本来の車の走りとはこういうものなのだなという、再発見がそこにはあります。それは、車の性能という機械的な事よりも奥にある、感性の領域の世界のような気がします。ピアノも一目で欧州のピアノとわかるデザインがあるのです。そして、実際音を出してみると、やはりそこには欧州の音という、いかにもピアノらしい自然な音があるのです。
 さらにピアノの表面の状態についても一見音とは全く無関係に思えますが、実は音に大きな影響があるように思えます。というのは、ピアノは表面も含めてボディー全体で共鳴して音が鳴っているからです。ですから、ピアノの表面をきれいにしておくことで表面が良く共鳴しやすくなるので、良い音が出ると思えます。また、ピアノの形が同じでも、ピアノの表面の塗装の種類によって音が変わってくるのも、ボディーの質が音に大きく影響を与えているといえるでしょう。 (飛行機も表面をきれいにすることで空気の摩擦が減って燃費が変わってくるそうです。)


ピアノの修理

 ピアノの修理には、弦を張り替えたり、饗板の修理、外装を塗り替えるなどの大掛かりなオーバーホールから、アクションの部品を交換するなど部分的な修理などいろいろあります。では、どの様な時に修理するのかというと、勿論その部分が悪くなり、明らかに音やタッチに影響が出たときですが、部品を良い物に交換して、よりクオリティーの高いものにするという修理もあります。調律に比べて、修理は顧客から比較的高額な修理代を請求出来るので、技術者にとってはやりがいのある仕事ですが、顧客のどうしたいかという気持ちを考えて、修理をするかしないか、またどこまで修理するかを決定する見極めが技術者にとっては大事でしょう。ピアノをインテリアとして考えている人にとっては、塗装などの修理は良いでしょうが、ピアノはあくまで楽器だから、まず音が第一と考える人にとっては、塗装や部品交換することによって、以前の響きとは変わる場合も多いので、注意が必要です。勿論、それにより良くなる場合もあるので、一概にどうしたら良いとはいえませんが、私はあまり色々な所をいじらないで、必要最低限の修理に留めた方が、そのピアノの良さを引き出せるように思えます。いずれにしても、技術者の勘やセンスも問われますので、十分にお客様と相談して、お互いに納得のいく状況で修理をするのがベストでしょう。


ピアノの調律師の仕事

 ピアノの調律師の仕事とは、ピアノの音を平均律音階の高さに合わせる事で、それが基本中の基本なのですが、その事がすべてではありません。逆に、平均律にきちんと合わせれば、それですべて完了という考えでは、あまりにも狭い考え方といわなければなりません。調律師が一番考えなければならない事は、いかにピアノを弾き易い状態にするか、という事だと思います。この事は、基準どおりきちんと正確に調整するという事では必ずしもありません。基準というのは、料理でいえばレシピのようなものであり、レシピどうり料理を作れば必ずおいしい料理が作れるとはかぎらないように、ピアノの調整も微妙なさじ加減で音のうまみが引き立ってくるものだと思います。もちろん、正確に調整する事は基本なのですが、逆に、その事にこだわりすぎると、ピアノのタッチを硬くし、弾き易さの障害になる場合もあるのです。この事は、いい加減に調整すれば良いという意味ではなく、要は、何が重要なのかという事を見極める事がポイントになる思います。特にピアノの調整において優先順位を決める事は非常に重要で、そのためには調整全体を見渡してイメージ出来る総合力のある目を持っていなければならないと思います。ある一部分にこだわっていては、全体は決して見えてきません。また、ピアノは弾く人によって、100人いたら100人の違う好みがあるといってもよいと思います。ヤマハの音が好きな人、カワイの音が好きなひと、硬い音が好きな人、柔らかい音が好きな人、軽いタッチが好きな人、重いタッチが好きな人、タッチや音色にこだわる人、平均律を好む人、古典調律を好む人、など千差万別です。このようなピアノを弾く人の好みや性格に合わせて、ピアノの音を作ったり、ピアノの選定する手助けをする事も、調律師の仕事の一つと言えるでしょう。しかし、100人の違う好みの話を聞くには、調律師も多くの経験を積まなければならないと思います。その意味では、一生勉強のつもりで、人間的な幅を広げて行く事が重要なのかもしれません。



ピアノの弦圧

 では最後に、おそらくこれが最も難しく、また重要だと思われる、ピアノの構造上の問題、ピアノの弦圧について、話してみたいと思います。ただ、私も正直言いまして、この点についてすべて把握しているわけではなく、まだまだわからない事はたくさんあり、勉強しなければならないのですが、現在の時点でわかっている事を書かせていただき、今後また新たな発見があるたびに、おいおい追加してゆきたいと思います。
 ピアノのミュージックワイヤーによる全張力は20トンともいわれており、非常に強大なものです。それを主に鉄のフレームで支えているのですが、同時に響板に対しても、大きな力がかかっているのです。このミュージックワイヤーが響板を押す力と、響板がミュージックワイヤーを押し上げる力のバランスがとれている時に、ピアノが非常に良い音を出します。しかし、かたや鋼鉄線のワイヤーが、木の板を押しているのですから、響板の状態が良くなかったり、ピアノが古くなってくると、ワイヤーの力に響板は負けてしまい、ピアノ線から十分に響板に音のエネルギーが伝わらなくなります。こうなると、芯のしっかりした音がでなくなってしまいます。理想的には、駒がほんの少し、ミュージックワイヤーを押し上げているのが良いとされ、それを計る工具も市販されています。そして、駒を押し上げる理想的な高さは、本当に微妙で、まるで針の穴を通すようなものです。というのは、駒の位置がほんの少し高くなりすぎても、今度はピアノ線が響板を押す力が強くなりすぎてしまい、その結果、響板が十分に響かなくなってしまうのです。この点、スタインウェイなどは、非常に理想的な弦圧を示すそうで、この点も十分に考えられて造られているのでしょう。(この弦圧を計る工具で、白川ピアノさんが出しておられる、弦圧計は、その圧を数値でわかるようになっているので、非常に解り易く知る事が出来ます。まるでターボ車のブースト計のようで、印ろうを差し出すかのように、きっぱりと、良い場合、悪い場合、数値で表示されます。最近スタインウェイのフルコンサートグランドを調律する機会がありましたが、弦圧を計ってみたところ、ほぼ理想的な弦圧がすべての音域において出ていました。)しかし、よくピアノ製造にかかわる方達は、響板という中々計算のつきにくい木を相手に、理想的な弦圧を出すものだと、関心させられます。
 それから、中古のピアノで弦圧のないピアノで弦圧を出す場合、オーバーホールでフレームを下げて、相対的に駒の位置を上げるという方法がとられますが、この場合、問題がないわけではありません。響板は大抵、中心部分が沈むのですが、これに合わせてフレームを下げると、今度は両端の部分、特にバス弦の部分の駒の位置が高くなりすぎてしまうのです。その、解決法として、駒が高くなりすぎた部分のピアノ線のヒッチピンの上の部分にアリコートのようなブリッジをいれて、弦の圧力を逃がすという方法もあると思いますが、見た目はあまり良くありません。高くなった駒の方を削る方法もあるようですが、私もまだ勉強不足で、そのやり方はまだした事がありません。
 一番確実に弦圧をとれる方法は、ヒッチピンと駒の間のフレーム上にブリッジのあるものは、このブリッジの山の部分を削って、弦の角度をつけることが出来ます。この方法ですと、フレームを下げたりせずに、確認しながら、確実に適正な弦圧を出すことができます。しかし、中には、フレームに、このブリッジがなく、ヒッチピンと駒が直線的につながっているものもあるので、その場合はオーバーホールでフレームを下げるしかないでしょう。(理屈としては、低い駒の上に木を貼って弦圧を出す方法もあるように思いますが、この方法で試してみたところ、確かに前よりはよくなるように思いますが、性能を出しきる事は出来ないので、薦められないでしょう。)
 あと、弦圧のないピアノは、ピアノ線が十分に響板を押さえていないため、本当に微妙ですが、音を出した後、残響音が残ります。ダンパーの止音不良とは、また別のもので、気になる方は、本当に気になるようです。
 また、オーバーホールをする場合は、必ず弦を緩める前、ピアノ線の張力がかかった状態で、弦圧の状態をみる事が必要です。というのは、弦の張力を緩めれば、響板の反る力で、駒の位置は高くなるからです。
 とにかく、たとえ修理をしても、ピアノ線の張力を高めれば、また状態が変わってくる事もあるので、多くの経験と根気強さが必要な修理といえるでしょう。そして、この弦圧を良い状態にする事は、すべて修理や調整の基本であり、これをおろそかにして調整や整音を進めれば、すべての努力が無駄になってしまうほど、ピアノの性能を引き出す上で、まず取り組まなければならない課題なのです。