【腰痛の正体について】

・腰痛は、鍼灸院や整骨院への来院理由で、最も多いといってもよい症状です。

五十肩や膝関節痛に比較して、年齢、男女の差はあまりないようです。 さすがに10代の方はかなり少ないですが、20代以降はそれなりの数の患者さんがいらっしゃいます。

当院に来院する前に整形外科の治療を受けたという方が割合としては多く、その診断名としては、ヘルニア、脊柱管狭窄症、坐骨神経痛、腰椎骨折(当院来院はその後遺症の方)、腰椎湾曲、腰椎変形、腰椎すべり症、ぎっくり腰などになるでしょうか。

重度のヘルニアなどで、既に病院から手術を進められている方がいらっしゃる場合もあります。 手術を受けるのはやはり怖さもあるし、入院もしたくないという事で、鍼灸を試してみるという事で来院されるようです。

ヘルニアで常に歩行困難があり、日常生活に支障をきたすレベルあれば、手術が必要です。 残念ながら鍼灸治療で痛みの緩和は可能かもしれませんが、完治は難しいと思われます。 腰痛手術に熟練した専門医に診てもらえる事を願います。

脊柱管狭窄、腰椎変形症は、老化による発症がほとんどで、それまでの生活様式、労務の内容によるものが大きく影響しています。 肉体労働(農業、工業、サービス業etc)で同じような姿勢で長時間働いたり、重い荷物を抱える事が多いような仕事をされていた場合に、60歳ぐらいを境に発症するケースが多くみられます。 この場合、整形外科ではよほど症状が重くない限り、手術までは行わず、保存療法となるようです。 湿布、温湿布、低周波パルス、ホットパック、痛み止めの飲み薬や坐薬といった治療・処方が多いでしょう。

・診断上では特にこれといった異常が見られないのに腰痛が酷いという方も多くいらっしゃいます。

病院では、CTスキャン、MRI、レントゲン撮影のいずれかで診断されますが、靭帯、筋膜、筋肉が断裂のような状態ではなく、痛めているぐらいの状態であれば、なかなかはっきりとした所見は認識できないと思われます。

「ぎっくり腰」もおそらく、病院で検査しても明確な損傷個所は特定できないでしょう。

・「ぎっくり腰」とは以下のような症状となります。

いわゆる「ぎっくり腰」という突然の激痛で起き上がれなくなったという方は多くいらっしゃいますが、これは基本的には「肉離れ」に近い状態と見て良いかと思われます。 肉離れはスポーツ中に太腿、ふくらはぎに起こる事が良く知られています。 酷くなると広い範囲で筋肉断裂し、触診でも断裂によるへこみが解るぐらいのものもあるでしょう。 ぎっくり腰でそこまで酷いものは無いですが、発症して数時間経過すると腰に熱をもって(傷による炎症)くる事からも筋膜または筋肉に何らかの傷害が発生している事は明確です。 正直に申しますと、発症初期の熱をもっている炎症状態で鍼灸治療を行っても、ほとんど効果は得られません。 必要なことは、安静にして、冷やす事です。 ある側面からみると、炎症も治癒への重要な過程であるから無理に抑える必要がないという考え方もありますが、炎症に伴い痛みが酷くなりますので、冷やす事で炎症を抑制し、痛みを緩和する事も大事な事です。

ぎっくり腰の鍼灸治療は、発症から2〜3日過ぎてから行うと効果的でしょう。

そもそも、ぎっくり腰がなぜ起こるかと言いますと、多くの場合、日頃の生活様式および身体変化(老化や肥満)が原因で、ぎっくり腰になる要因が日々蓄積されてきて、ちょうど膨らみきった風船が少しの刺激で破裂するのと同じような状況で発症します。

きっかけは、子供を抱いた時、くしゃみをした時、車が窪みで少しはずんだ時、落とした物を拾おうとしてかがんだ時など、何でもない事で起きます。 つまり遅かれ早かれ、ぎっくり腰になるべくしてなったという事になります。

・「筋筋膜性疼痛症候群」(myofascial pain syndrome:MPS)という症状があります。

これは腰痛ばかりでなく、首・肩から背中全体に及ぶものもあるのですが、「ぎっくり腰」のように、あの時、発症したといった記憶が無く、特に原因らしいものも思い当たる事がなく、長い期間痛みが続き、かつ段々と痛いところが広がっているというような症状です。

これは、触診すれば筋、筋膜、腱のいずれかに、「しこり」を見つける事ができます。 この「しこり」は筋であれば硬いボール(5mm〜30mm程度の大きさ)状であり、筋膜ならば10mm〜30mmぐらいの紐状のスジを触診できます。 これらは、治療家から「トリガーポイント」と言われています。 このトリガーポイントの1つひとつが痛みを生み出しています。

トリガーポイントが存在する神経の流れに沿って、関連痛といって、離れた箇所にも痛みは派生してゆきます。 このため、MPSの重症者は、全身が痛いという症状を訴えるようになってしまいます。

・では、鍼灸治療がどのようにぎっくり腰・慢性腰痛に対して治療し、効果を上げるかという話をさせて頂きます。

あくまで私の考えでありますが(鍼灸治療は様々な方法論があり、多くの流派が独自の理論で治療展開しています)、ぎっくり腰で痛みが最も強い箇所が実際何らかの障害(微細な亀裂や断裂)があるのは確かだと思われます。 しかし、その障害箇所に鍼を刺しても傷が無くなるわけではありません。 あくまでも自己治癒力を高めるという効果が主となります。

ぎっくり腰に限らず腰痛全般にも言えるのですが、筋肉については、痛い=硬い という式が当てはまる事がほとんどで、人間は痛みを感じると、無意識にそこに力が入ってしまい、筋肉は収縮傾向になります。 収縮し続けている筋肉は血液循環が悪くなります。この事は、非常に重視すべき点で、血液循環が悪い ⇒ 再生力の低下、老廃物処理の低下を引き起こします。 細胞の再生には血液栄養が重要ですし、老廃物のなかには発痛物質も含みますので、痛みが引かないという事になります。

少し視点を変えた話になりますが、筋肉や腱を痛めるという事は、腰に限らず、腕や足でも当然起こります。 しかし腰痛は他の箇所に比べて、特に辛いのは何故なのでしょうか。

姿勢筋という言葉があるのですが、これは何かの動作をする時に働く筋肉ではなく、姿勢を保つために働く筋肉という意味です。 つまり、立つ、座るという一見、静止状態であってもその姿勢を保つため、力が入っている筋肉で、腰の筋肉の重要な役割になります。 脳卒中で、半身不随になってしまった方などは、最初は座っている事もできなくなります。 つまり、姿勢筋を痛めると、座っているだけなのに痛いという事になります。 腕や腿などを痛めた時は、座っている時は、本当に力を抜く事が出来るのですが、姿勢筋の場合は、立ったり、座ったりしているだけで力を入れているので、本当に休める事ができなのです。 尚且つ、人は痛いと力が無意識にはいってしまうので、姿勢を保つ力以上に筋肉収縮を持続させてしまい、血流がどんどん悪くなって鬱血状態となります。 このような理由で、腰痛は他の部位の傷害に比べて、症状が重くなる傾向があります。

治療としては、凝り固まった筋や筋膜を柔軟にする事が第一となります。 柔軟にするという事は血流を良くするというのと、ほぼ同じ意味になります。 マッサージにより筋肉、筋膜を揉みほぐすのも効果はあります。あるいは、低周波パルスのパットを腰に張って弱電流によりほぐすのも効果はあると思います。 鍼治療は、これら施術のどちらもピンポイントで患部に直接働きかける事を得意とします。

当院での治療方法としては具体的には以下となります。

1.刺鍼による治療

 硬くなった箇所に刺鍼し、5分〜10分程度、刺したままにします。 これは置鍼という手法になりますが、鍼の刺激を持続させ、血流の改善を目的とします。 また、雀啄という鍼の手法ですが、細かく上下に動かし「しこり」を刺激します。 主に筋膜に対して行い、硬くなった筋膜をリリースするのを目的とします。

2.低周波鍼通電

 鍼を硬くなった箇所と別の箇所の2か所に刺し、低周波パルス器の電流コードのクリップで鍼を挟み、通電させます。 筋肉の血流で、筋肉ポンプという言葉があるのですが、収縮・伸展により、筋肉がポンプの役割になり、血液の入替えが起きます。 通電により筋肉は強制的に収縮と伸展を繰返し(1hz〜2hz : 1秒間に1回〜2回でセット)血流を促し、鬱血状態から改善します。

 また、痛みの強い場合にも行います。 痛みは痛感神経からの脳への電流伝達により発生します。 中国での話になりますが、鍼麻酔という技術があります。 これは、鍼刺激(主に低周波パルスで行い、比較的強い刺激で15〜30分程度、足三里ツボなどに行う)により意識を保ったまま、麻酔薬と同様の効果を得て、開腹手術や開頭手術を行うものです。 確かな仕組みは解明されていませんが、痛感神経の働きを抑制し、かつ痛覚抑制機能(脳の機能に、過剰な痛感を抑制する働きが存在します)を促すのではないかと思われています。 この効果を狙って10〜15分間、通電し、痛みを緩和します。

3.温灸療法

 温灸とは、ある程度の熱さ・温めのみで、直接、皮膚にやけどを負わす事はしません。 慢性的な腰痛には、冷やす事は、その場での痛みのごまかしにはなりますが、基本的には治癒力を阻害します。 先にも述べた通り、熱を持っているような炎症状態では冷やす事は有効ですが、そうでなければ、温める方が治癒に貢献します。

▲温点灸 : よく知られたものでは千年灸などになりますが、硬結箇所やツボに置き温めます。ツボを狙いやすいので、ツボ療法による効果を出す事ができます。

▲棒灸 : もぐさを棒状にしたものを用います。 火の着いた先端を患部に近づけて、広い範囲で温めます。 患部周囲まで広く温める事で、皮膚代謝まで含め、血流・リンパの流れを良くして、治癒力をアップさせます。

▲灸頭鍼 : 刺した鍼の上部にもぐさの塊を置き、点火します。 刺鍼そのものの効果と、熱が鍼から患部に伝わる事と、周囲への輻射熱による温めを同時に行います。 鍼に熱は伝わりますが、決して熱くはありません。 寒い時などは、心地良いと感じるでしょう。 多少の腰のコリであれば、ほとんど消失する事が多いです。 心地良さが脳へのリラックスを生み、痛みも和らぐものと思われます。

完 (2015.9.19)