【針灸治療はなぜ効果があるか】

・これまで接した患者さんから、なぜ「はり・きゅう」は効くの?という事をしばしば

 聞かれます。

これには科学的に認められたもの、先輩方から教示されたもの、私個人の解釈など色々あります。 また、各々に古典(中国の古い文献)からのもの、現代医療科学からのものもあります。
 最初に結論から申しますと、事実として治る実績は多いのですが、その機序・理由は科学的に立証されているものは少ない状況です。


@科学的に認められたもの

刺鍼による刺激で皮膚および筋肉の血管が拡張し、血流を促し、停滞した老廃物が排除され細胞が活性化する。 灸(皮膚に直接もぐさを置いて焼くもの)に関しては、微細な火傷により、その修復としての治癒機能が働き、修復と伴に免疫能力まで活性化するという事です。


A古典的(中医学)なもの

人体の働きを、気(エネルギー)/血(血液)/津液(体液)の運行に重要性を求め、それらの充実を目的とする治療を行います。
 「気」の理解は非常に難しいものがあり、中国古来の思想である、易学、陰陽論、五行論、三才論などの自然哲学を人体に当てはめて鍼灸治療に反映させています。
 治療にあたっての人体の捉え方として最も特徴的なものは、経絡・経穴という考え方です。
人体には経絡(生体エネルギーの流れ)で、基本として12(正経十二経)、その他で8(奇経八脈)あり、各々が臓腑(心臓、肝臓、胃etc)の役割を担っていたり、連絡したりとして考えます。
 経絡は体表の決まったラインを循環しています。そのライン上に経穴(ツボ)があります。色々な病状に対してどの経絡ラインに異常が出ているか、脈状、舌状、顔色などから判断し、相応する経絡、経穴に鍼灸を行い治療します。
 病証の決定から経穴の選択に至るには相応の熟練が必要になります。


B私の考える、身体と鍼灸治療について

   あくまで現時点での私見ですが、以下に記述します。

[刺針、灸の物理的効果について]

 例えば、肩コリは筋肉の血液循環不全から起こっていると考えてます。
血液循環は身体で最も重要な生命維持機能です。血液による酸素供給がなくなると、1〜2時間で筋肉は壊死します。脳では30分ぐらいでしょうか。
その血液が例え若干でも、うまく廻っていないとしたら、何らかの症状、苦痛がでるのは当然です。
 やはり刺針の刺激による血管拡張→血流増加という現象は重要な治療効果であると思います。刺針刺激により何故、血管拡張するかというと、あくまで私見ですが、身体の異物への排除・攻撃の作用からではないかと考えています。
 灸に関しては、@の通りであると思います。

[痛みについて]

 人間には色々な感覚器官があり、痛覚・温度覚・触(圧)覚など役割分担しています。 それらから発した感覚は電気信号として神経線維を走ります。
神経繊維は末端から脳まで1本ではなく、途切れていますが、特殊な物質を介して次の神経に伝達し、脳に感覚を伝えます。
 痛覚器官や痛覚神経線維を直接傷害すれば痛みを感じるのは当たり前ですが、それらを傷付けていないのに、痛い(肩コリの不快は痛みの一種、また靱帯損傷、半月板損傷しても、それらには痛覚器官は無い)というのは、痛みを自分自身で作っているという事です。
 体内には発痛物質というものが作られます。障害された部位自身や、脳からの指令でわざわざ痛く感じるように痛み成分を出しています。 これは、自己保存本能によるもので、傷害がある場合に強制的に安静にさせるためのものだと思われます。
 一つやっかいな事に脳指令によるものは、痛みを感じてさらに痛み物質を増加させるような悪循環まで起きます。 なぜ悪循環を起こすのかは良く分かってませんが、人間というものの、感情、情動というものが影響しているようです。
不安や恐怖、あせりが痛みを増強させる作用がありそうです。 おそらく現在の人間というものが、進化の過程で完全ではないので、このような過剰な作用が起きてしまうのではと思います。
 ゆえにストレス気質だと、痛みが通常より強いという事になります。
さらに言うと、痛み物質およびそれを感じる器官の多くは皮膚(真皮)に存在するという事実です。慢性化した膝痛、腰痛などは、ほとんど皮膚が発しているようです。

[痛みに対する鍼灸治療について]

 コリ硬まった筋肉に刺鍼する、さらには電気パルスを流すといった施術で、血流アップし、痛み物質などが古い血液と伴に吸収されれば、その疾患箇所が良くなるのはもちろん、痛みの緩和・軽減が期待できます。
ペインコントロールという言葉がありますが、痛みを取り除くだけで、脳からの痛みの悪循環が無くなり、治癒力が一気に向上し、快復するという事があります。
 痛み物質を散らす目的で、より広範囲に作用させるため、皮膚に対して、針を横に刺入もします。五十肩の痛みに、筋肉に刺すよりも皮膚に横に刺鍼したほうが効果がある場合もあります。
 話は別になりますが、疾患患部への施術以外に私が重要視している点があります。
 人間は痛みがあると、身体全体が大きくバランスを崩すという点です。
 単純には、例えば右膝を痛めると、それを庇った歩き方になるので、左足に負担をかけるようになり、暫くすると、左膝が痛んできます。 また慢性化した関節痛などは夜間に酷く痛みだし、知らず知らず、痛みで背中が緊張して酷い肩コリになったり、また睡眠不足になり、憔悴してしまう事もあるでしょう。 こうなると自然治癒力は低下の一途を辿るようになります。
 例えば、膝痛で訪れる患者さんは、「右膝が痛くて..」と言います。 しかし体を見ると、全身の筋肉緊張が酷く、腰痛が出ていてもおかしくないような腰の状態だったりしていますが、膝痛の強さから他の箇所は感じていないケースがあります。 時間を経れば結局、体のいたるところが痛いという状況になってきます。
 傷害された箇所というのは、鍼灸治療でもそう簡単には治癒しませんが、少なくともそれ以外は健康を保つという事は重要です。 整形外科ではなかなか見てくれないところです。
 自己治癒力を働かせるためにも、全体の健康比率を下げてはいけません。 しばしば悪い箇所とは反対側に針をしていると、患者さんが怪訝な表情をする時がありますが、必要な事なのです。

[経絡、経穴(ツボ)を使った効果について]

 例えば、胃痛に効くツボがいくつかあります。 これらに針や灸をすると胃痛が軽減するのは何故か。 皆さんは、足ツボや耳ツボというのご存知かと思います。 また、テレビなどでも何々に効くツボ..というのを日本人であればご覧になっていると思います。
ひとつには、少し難しい言葉を使えば、反射・投影作用という科学的解釈が最も適してます。
 では反射、投影とは何かというと、身体の一部分は、別の箇所と脳を介して連動しているという事です。 連動させているものは、色々な神経です。迷走神経が最も代表的なものでしょう。
ツボは、凡そ皮膚表面にあります。もちろん、深いところまで、刺入する必要があるものもあります。 いずれにしろ、ツボ⇔脳⇔疾患箇所というトライアングルを刺激します。
もちろん、疾患箇所そのものに最も近いツボを使い、脳とのトライアングルとは関係なく効果を出すものもあります。
 近年、皮膚に関する科学が発展しつつあります。それによると、皮膚と脳は密接な関係があるようです。 生物は進化の過程で皮膚から神経と脳を作り出したようです。 皮膚刺激の及ぼす身体への影響は今後、解明されてゆくと思われます。
 近代以前は、外科手術はほとんど行えない状況でしたので、古来より医師は薬と体表上への施術で何とか治療するため、様々な臨床経験と試行錯誤から現在の経絡・経穴を発見したのでしょう。
もうひとつは、ツボをある体の部分の投影と見做すのとは別に、経絡そのものを生命活動の機能として捉えるものです。 例えば、肺の調子が悪い場合、肺が悪いから肺のツボに反応(押すと痛いなど)があるというのは、前述の反射・投影の考え方ですが、そうではなく、肺の機能を司る経絡の流れが悪くなっているから肺が弱ったという考え方です。
一見、結果的に同じ治療になるような感じがしますが、身体の調和を行うという観点からの治療が可能になります。 これといった痛いところは無いのだが、調子が悪いといった西洋医学上の検査では異常なしとなってしまうものなど対応できます。 例えば、全身症状である、自己免疫系の疾患なども対処できるようになります。
この考え方による治療は科学的証明は全くありません。 ですが、2千年以上にわたり東洋医学では理論を構築しています。 別ページにあるWHOの鍼灸適応疾患には、単純に反射・投影の理屈だけで治療できるのでは、なさそうなものもあります。
よく、東洋医学として使われる、「未病の治」「体質改善」を求める場合に有効な治療方法となります。