【五十肩の正体について】

・肩関節痛により来院される方が多くいます。

年齢的には50代後半から70代ぐらいがほとんどになります。

男女比は、当院ではやや女性が多いかと思います。

症状としては、腕を上げると痛みがでる。後ろに腕を回すと痛みがでる。または夜になると痛み出すというところです。以前に腰痛などで鍼灸治療を受けられている方は、痛みがでてから比較的早く来院されます。そうでない方は整形外科や整骨院に数か月間通っているが一向に良くならないという事で、意を決して来院される場合もあります。

このような症状は、昔は四十肩と言いましたが、現在では40歳でなるケースは少ないので、五十肩と呼ばれるようになりました。

人間は、仕事および日常生活で手・腕を使って多くの作業をします。肩関節が障害されると、腕を動作させるたびに痛みがでて、日常生活に支障がでて辛いものです。

では、何が原因で五十肩になるのでしょうか。

肩関節痛で来院される方の中には、ゴルフやテニスまたは、仕事上で重い荷物を持つ事が多いといった肩関節に負担をかける原因がおおよそ見当がつく人もいますが、特に何もなく、ある朝から違和感があり、段々痛くなって腕が上がらなくなってしまったという方も多くいらっしゃいます。 先にあげた肩に直接的な疲労・負担を強いているケースではなく、後者のこれといった原因が見当たらない場合について述べてみたいと思います。

まず、肩関節の構造ですが、骨だと、肩甲骨と鎖骨で囲いを作り、上腕骨がその中に納まるようになってます。上腕骨は、肩関節を支える筋肉(肩甲下筋・棘上筋・棘下筋・小円筋)の腱(回旋筋腱板またはローテーター・カフ)で支えられます。これらの筋肉がバランスよく作用することでスムーズに腕の運動ができます。 肩甲骨と鎖骨の接合部は、肩の外側に張り出した部分を作っていて、肩鎖関節と言います。この関節はあまり動かず、あえて言えば「しなる」程度でしょうか。さらに、鎖骨の根本は胸骨と接合していて胸鎖関節と言います。この関節は腕を上げたり回したりする時、思っている以上に動く関節です。また、肩の外側先端(肩峰)の下には滑液包という関節の摩擦を防ぐ役割をするものが存在します。この箇所も痛みがよく出るところです。肩関節も他の関節同様に、関節内部は軟骨があり、摩擦を防ぐ滑液で満たされています。

肩関節  肩挙上  関節筋腱

では、腕の運動についてですが、上腕骨は先ほどに述べた肩甲骨と鎖骨に囲われた関節の範囲内で自由に動かす事ができます。ですがこの運動範囲は意外と狭いものです。例えば肩関節を固定したとすれば、真横に腕を上げていって、水平位置から少し上までしか上がりません。ですが、実際はそれ以上の真上まで上がります。それは、肩甲骨が上方に傾いて、関節の囲いごと動いているからです。正確には背骨も少し横にまげて補助しています。

◆◆上記の事柄を踏まえて、五十肩の原因がいくつか考えられます。

@上腕骨が正常な位置に納まっていない。

  肩関節を構成する回旋筋鍵板の元となる筋肉の筋力(支える力)・長さ(固定する張力)のバランスが崩れているとそうまります。これは加齢に伴って筋力が部分的に衰えたり、一部の筋肉が硬化して縮んでいたりするからです。 ある朝から、違和感がでて次第に痛みが増してくるという話は良くあるのですが、これは、その人の寝る姿勢の癖によるものが多く、いつも右を下に横向きで寝ているというような場合、右肩を痛めます。普通は適当な時間で寝返りをうち、継続的な肩への負担はなくしているのですが、疲れなどから、寝返りをせず2時間以上同じ姿勢でいたため、肩周囲の筋肉の血液循環の悪い状態が続き、関節もズレた状態でいたため、関節痛が発症しているのです。

A肩甲骨の動きが悪く、腕の挙上・後回しを妨げている。

  腕を水平以上に挙げるには、肩甲骨の上方への傾きが必要なのに、肩甲骨の動きが悪く、上腕骨が肩関節の上部に当たってしまい、滑液包を潰して痛めてしまう事になります。 肩峰の骨のすぐ下の窪みを押して痛い場合は、滑液包が痛んでいる可能性が高いです。 また腕を後ろ回し(帯を腰で結ぶ動作)に動かすには肩甲骨が左右にスライドする動きが必要になります。スライドがなくなると後ろ回し動作で痛みがでます。

B関節内で、摩擦が強くなっている。

  これは、@で述べたように関節のズレから、動作時にある箇所のみに常に負荷がかかったりしているとなります。 また、関節内の潤滑液の状態が悪くなっている事も考えられ、これは、加齢により、質の良い滑液が供給されなくなっているからです。 滑液の最も悪い症状としては、「拘縮肩」という病態があるのですが、これは滑液が徐々にボンドのような粘液になり、最後は固まったゴムのようになって、完全に肩関節が動かなくなってしまう病気です。その経過中はかなり痛みが出るようですが、固まってしまえば痛まなくなるようです。

◆◆五十肩の予防、治療には以下の事が必要です。

@肩甲骨の動きを良くする。

  図にあるように腕を上げる場合、肩甲骨の挙上が必要になります。肩関節と肩甲骨に関わる筋肉として、かなり多くの筋肉が存在します。それらは、頸椎(首の骨)と肩甲骨をつなぐもの、脊椎(背骨)と肩甲骨をつなぐもの、頸椎と肩峰をつなぐものなどが、幾層にも重なり存在します。

それらの筋肉は、思っている以上に首から背中にかけて広範囲に及びます。ですから、柔軟性を保つために運動する場合も腕だけを振るような運動だけでなく、肩甲骨が良く動くように肩全体を大きく回転させるよう、また、上半身全体を前後左右に大きく動かすといった事が必要になります。

鍼治療では、首〜肩、背骨に沿った筋肉の広範囲に20箇所ぐらいは刺鍼して筋肉を柔らげます。 それにより肩甲骨の可動域を広げ、肩関節への負担を軽減させます。

A関節内の環境を良好に保つ。

  関節内の摩擦を防ぐ潤滑液が適した状態で必要な事は先に触れました。潤滑液は、ゆっくりとした新陳代謝により古いものを吸収し新しいものを供給しています。例えば、膝に水が溜まり、注射器で抜くという事がありますが、これは吸収力が低下して関節内に滑液が過剰に溜まっている状態です。ただ、肩関節で膝のように水が溜まるというのは、ほとんど聞いた事がありません。これは、足がむくむのと同じ理由で膝は重力的に下位に位置するので、吸収力が阻害されるので起きるのだと思われます。肩は上位に位置しますので、膝に比べて吸収力の阻害が少ないためと思われます。 日常的な予防としては、やはり適度な運動により血液循環を良くするよう注意する事が一番であると思います。

 関節周囲のリンパの流れ、血液循環良くするための鍼灸治療は肩周囲のツボに対して行います。 おおよそは肩のツボから関節中心部に向けて鍼を刺すようにします。 また、エネルギー代謝の流れを考えて、腕や背中などのツボにも補助的に刺鍼します。 但し即効性はあまり無いので、ある程度の期間の継続的治療が必要となります。

B関節痛を鍼灸治療により柔らげる。

 五十肩に限らず、関節痛すべてに言える事なのですが、夜になると痛みが酷くなり、眠れないという方も、かなりいらっしゃいます。 そもそも夜間痛が発生する事そのものが、五十肩という病気の判断材料のひとつでもあります。

なぜ夜に痛みが増すかというのは、医学的には根拠が既に説明されています。 人間には自律神経という本人の意志とは関係なく常に働いている機能があります。 例えば、呼吸・消化・睡眠・体温維持・排便排尿など多くの生命維持のための機能をコントロールしています。さらに自律神経は、主に昼間に活発に活動するたの交感神経と、夜に休息・成長・修理回復するための副交感神経に分かれます。

痛みという点からみると、副交感神経が活発に働く事が大きく係わってきます。身体は何らか傷害があれば、それを修復しようと働きます。 肩関節に傷害があったら、その悪くなった組織を除き、新しく組織を生成しますが、正に、その修復作用が痛みを作ります。 悪い細胞・組織(主にコラーゲン繊維などの蛋白質)を溶かし、新しい細胞・組織を生成する過程で痛みを神経に強く伝える物質(発痛物質)も発生させてしまいます。 なおかつ、副交感神経は脳の痛みの感受性も増させる働きがあり、痛みという視点からみると、実に厄介な状況を自ら作り出してしまっているのです。

 このような理由から夜になると痛みが激しくなりますが、修復作用の副産物だという事を理解して、「どんどん悪くなっている」と思って不安を増すのは避ける事が賢明です。 近年の脳科学の発達で、不安が増すと、痛みも増すという事が分かってきています。

 では、鍼灸での痛み軽減の意味ですが、先に述べた発痛物質が必要以上に痛む箇所に滞留している場合、リンパ吸収の働きを良くして、それを除去するのを目的とします。 発痛物質は関節内および皮膚に存在します。 関節内については、潤滑液の健全化と同様に鍼灸治療でも時間のかかるものになりますが、皮膚については、ある程度短時間で効果を出す事が出来ます。 皮膚には意外に多くの発痛物質が溜まり、痛みを増強させている要因になっています。 刺鍼により血液循環が良くなると、リンパ吸収も良くなり、過剰な発痛物質が吸収され、痛みの軽減が期待されるのです。 刺鍼方法としては、”横刺”といって筋肉に刺すのではなく、皮膚に対して、水平に刺鍼するようにして、より広範囲に効果を出すように行います。