MANABU OHISHI
ジャズに対する深い愛情が形となって表れた作品
いずれの曲も1テイクの一発録りで、暖かさと優しさの中に緊密感と緊迫感が溢れている
"WISH"
大石 学(p), JEAN-PHILIPPE VIRET(b), SIMON GOUBERT(ds)
2010年5月 スタジオ録音 (ATELIER SAWANO : AS 100)
澤野工房、100作目のアルバムだという。その記念すべきアルバムに日本人ピアニストをセレクトしたのは憎いところだ。
プロデューサーでもある澤野氏はライナー・ノーツの中でこんなコメントを残しているので、それをそのまま引用しよう。「コンサート当日のリハーサル、ピアノに向かう大石さんの生音を聴いた瞬間に『僕の探している音や!』とビビッときた。彼の今までの作品の音は透明感があって魅力的なのだけれど、まだまだ再現できていない部分の音を見つけたのだ」とある。レーベルのオーナーの特権を使ってレコーディングされたのがこのアルバムだ。ピアノのセレクト、共演者のセレクトも自分で行ない、無理やりパリまで引っ張って行き、このアルバムが制作されたという。
結論から先に言えば、そうしたジャズに対する深い愛情が形となって表れた作品と言っていいだろう。演奏だけに限らず、音楽制作に携わる方々の強い愛情を感じさせるアルバム。文句なしの5つ星でしょう。
7曲中5曲が大石のオリジナル。いずれも1テイクの一発録りで、暖かさと優しさの中に緊密感と緊迫感が溢れている。この辺が、前掲のアルバム"I
WILL WAIT FOR YOU"(JAZZ批評 642.)とはまるで違う。
@"I'M YOURS" まず、ピアノの音色がいいね。優しくてふくよかな音色だ。それでいて芯がある。プロデューサーの情熱が形となって表れている。最初の数小節を聴けば、このアルバムの素性の良さが分かるというものだ。ベースが合流するその瞬間がスリリングだ。VIRETの選択は大正解でしょう。ピアノとの緊密感が素晴らしい。
A"WISH" 大石の書いた曲。このオリジナルもテーマがいいね。分かりやすくて口ずさめるもの。4ビートで躍動していく。気品がありながら情熱的な演奏に吸い込まれて行く。続く、VIRETのベース・ソロはよく歌いながらも逞しい。ピアノとの絡みが素敵だ。ドラムスとの4小節交換を経てテーマに戻る。
B"MY FOOLISH HEART" しっとりと歌うテーマに続くアドリブでは徐々に高揚感を増して行く。ベース・ソロをフォローする大石のバッキングが素晴らしい。心通わせる演奏だ。
C"NEBULA" 今度はVIRETのアルコとピアノがからみ合う日本的情緒の楽曲。ここでは激しく高揚したプレイへと突き進む。
D"CONTINUOUS RAIN" 「良いテーマに、いいアドリブ」の典型。ピアノとベースとドラムス、3者の心通う対話が素晴らしい。
E"HIKARI" この曲もまた、大石のオリジナル。どこかで聞いたことのあるようなテーマ。とても切なくて、とても優しい。イン・テンポになるとミディアム・テンポの4ビートを刻んでいくが、これもとても清々しくて心地良い。
F"WHAT A WONDERFUL WORLD" 最後を締める、大石のピアノ・ソロ。心に染みる。「なんてジャズの世界は素晴らしいのだろう!」
このアルバムの成功はベースのVIRETに負うところも大きい。ベースを通したピアノとの会話が見事。3者のバランスも良くて、録音も素晴らしい。澤野工房100枚目の記念すべきアルバムに相応しい。
澤野工房100作のうち、僕が聴いたアルバムの中で(調べたら、このアルバムを含めて25枚だった)特に強い印象を残したアルバムといえば、GIOVANNI
MIRABASSI,"AVANTI !"(JAZZ批評 60.)、JOERG REITER,"SIMPLE MOOD"(JAZZ批評 66.)、北川潔,"I'M STILL HERE"(JAZZ批評 448.)の3枚だ。そして、このアルバムを4枚目として追加したいと思う。これからも素晴らしいアルバムを出し続けてと祈りながら、「manaの厳選"PIANO & α"」に追加した。 (2010.08.13)
試聴サイト : http://www.jazz-sawano.com/products_243-0-1.html