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『秒速5センチメートル』['25]
監督 奥山由之

 十八年前に観た原作アニメーションは、'80年度から選出を続けているマイベストテンで第1位に選出した4つしかない邦画アニメーション作品のなかでパーフェクトブルー['97]に続いて二度目となった映画だ。

 '92年の十三歳の一夜から'09年の三十歳での再訪までの十七年に匹敵する時を隔てて、'07年のアニメ版63分から今度は倍の長さの実写版121分になって綴られた物語は、アニメ版の日誌実写だと映像処理をいかに加えても、このような透明感は出せないと思われる美しさとアニメーションならではの畳み掛け流れゆく画面展開と記したことを図らずも証明してくれたかのような、終始ソフトフォーカスでノスタルジックに映し出される画面が気になったが、透明感では及ばないと判断しての意図的なものだったのではなかろうか。その割り切りと覚悟が奏功したのか、全編観終えると存外悪くない後味が残った。

 中学一年生の貴樹が明里、もう帰っていてくれ…とアニメ版の汽車のなかで呟いた場面は、実写版にはなかった代わりに、十七年後に紀伊國屋書店新宿本店に勤めていた篠原明里(高畑充希)が天文館の館長(吉岡秀隆)に告げていた、再会を約した2009年3月26日19:00の桜の木の下に貴樹が来ないことを願っているとの思いが、図らずも遠野貴樹(松村北斗)に伝えられていた。中学一年のときに桜の木の下であなたはきっと大丈夫と明里(白山乃愛)から直に告げられていた貴樹(上田悠斗)が、大丈夫どころか、まさに♪ One more chance 記憶に足を取られて One more chance 次の場所を選べない♪駄目な引き摺り方をしている一方で、その言葉が明里のものだとは知らぬままに、澄田花苗(森七菜)の姉で、弓道部顧問と思しき先生(宮崎あおい)から得ていた、本当に大事なものは思い出なんかじゃなく日常になっているという明里の言葉も手伝って“過去への囚われ”という蟠りから抜け出す姿が、アニメ版よりも明確に提示されていたように思う。

 気になっていた少年時代の列車での場面は、アニメ版に比してぐっと抑えられていて、自分の力ではどうしようもない運命に左右される形で見舞われた不安と孤独、明里への気遣いに耐えきれなくなって、車席で両膝に手を当て突っ張るようにして上体を支えながら、フードキャップに包んだ頭を垂れて涙する場面はなく、代わりに種子島で花苗が涙する場面に、自分の力ではどうしようもないままならなさが悔しくて悲しくて辛くて恨めしい心情が込められていた気がする。二十代半ばにありながら女子高生の快活で健気な瑞々しさを演じて違和感のない森七菜に大いに感心させられた。劇中歌として使われていた山﨑まさよしによるアニメ版の主題歌が、とてもよく利いていたように思う。

 劇中で貴樹が声の良さを褒められる場面があったが、松村北斗が青年医師富岡を演じていたディア・ファミリー['24]を観て僕も感じていたことが、本作の台詞になって出てきたことに驚いた。
by ヤマ

'25.10.17. TOHOシネマズ2




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