『春画先生』['23]
監督・脚本 塩田明彦

 先ごろ観た春の画 SHUNGA['23]のエンドロールに「謝辞 塩田明彦」とクレジットされていた塩田作品を観るのは久しぶりのように感じたが、確認してみると二年前に『風に濡れた女』['16]を観ていた。本作は、脚本のみならず原作ともクレジットされていたから、完全オリジナルなのだろう。覗き見るようにして現れたタイトルに笑い、二十年前に観た傑作カナリアの再来を楽しみにしたのだが、春画を笑い絵として大っぴらに楽しんでいた時代を説きながら、それとは逆の方向に展開していった感のある本作には少々落胆した。

 春画の魅力を「繊細にして大胆、猥褻にして風雅」と記していたことにも似た関係として、春画先生こと芳賀一郎(内野聖陽)と春野弓子(北香那)の出会いと接近が描かれていたあたりまではなかなか好かったのだが、妙に中途半端な倒錯色に彩られた恋愛譚になっていったことが残念だった。とりわけ島崎樋口ならぬ藤村一葉(安達祐実)に一晩買われることを承諾し、アイマスクを施されて黒塗りに乗り込み始める『O嬢の物語』もどきの展開から高林監督の『痴人の愛より ナオミ』を思わせる倒錯劇になっていったことに失笑した。芳賀一郎の芳賀は、芳賀書店から来ているのだろうか。ともかくこれでは、春画の魅力としての笑い絵を模した「笑い映画」とは言えない気がした。童女二人が出て来てシャンシャンと鳴らしたことに対して、これで手打ちにするなどという話ではないだろうとも思った。

 劇中で引用されていた『有罪者』は、エンドロールによれば、ジョルジュ・バタイユの著作のようだが、未読だ。また、僕が子どもの時分によくさせられた削り節器と鰹節を懐かしく観た。まだあるんだなと感心した。高校時分の映画部長から、前半と後半がしっくり来なかったとのコメントをもらったが、彼が指摘していた安達祐実の役の必要性は、言われてみると確かにそうだなと思った。演者としての彼女はよかったと思うのだが、一葉の役は本作での必要性というより『O嬢の物語』のステファン卿から来たもののような気がする。春画の妖しくも奥深い魅力を明るく愉しむうえでは『春の画 SHUNGA』や五年前に観た春画と日本人['19]のほうが楽しく刺激的だったように思う。
by ヤマ

'25. 7.18. DVD観賞



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