『股旅』['73]
『関の彌太ッぺ』['63]
監督 市川崑
監督 山下耕作

 今回の合評会のお題は、ちょうど十年の開きで撮られた無宿者映画が並んだ。ともに世に名高い天保水滸伝の外伝とも言うべきものながら尽く対照的な作品で、オーソドックスな美学を視覚的にも筋立てにも描き出していた関の彌太ッぺ['63]と、観るからにATG作品らしい貧相でもって既成の美学を壊し廃した『股旅』['73]だったように思う。

 本来なら、先に撮られた映画から観るのだが、両作とも既見なので、より昔に観た『股旅』から観ることにしたのだが、奇しくも先ごろ卒寿も越して天寿を全うしたばかりの谷川俊太郎が市川監督と共同脚本を担っている作品だ。

 高知シネマフェスティバル2000“青春を憎め!怒涛の二日間★ATG映画特集を四半世紀前に実施した際にもラインナップに挙がった作品ながら、居並ぶ傑作のなかにあっては日誌に綴るまでには至らなかったものだ。他の作品に例を見ないほどに念の入ったオープニングの仁義の場面が印象深く、形式や能書きを教条的に押しつける世界にありがちな内実との相違が露わになる、仁義なき“ろくでなしの世界”が、名を挙げるために“男を磨く”はずの旅を破れ笠とぼろ装束の威勢だけで続ける若者三人を通して描かれる。

 源太(小倉一郎)が半稼師の父親(大宮敏充)に斬りかかる後押しをしたのが黙太郎(萩原健一)の発した渡世の義理だぁ~の囃し立てであったり、仁義の場面から始める本作のオープニングが追い立て煽るような太鼓の響きだったのが、興味深いところだ。番亀(二見忠男)が切り出す「渡世の掟」なるものの欺瞞こそが、破傷風や転落事故で野垂れ死にする若者のまさに垂れた野糞のような死にざまをもたらしていたような気がする。

 当時、学生運動の内ゲバで死んでいった若者たちへの鎮魂歌をそこに受け取った人々によって思いのほか高い支持を得ていると思われる本作だが、好みからすれば、お汲(井上れい子)の人物造形やATG作品らしからぬ描き方を含めて、僕の余り支持するところではない作品だ。それでも、革命を標榜した彼らにおける理想を「渡世の道」の仁義に見立てた構成には大いに納得感があったが、当時を知らない者にはあまりピンと来ないヘンな破調映画に映りそうな気がしてならなかった。


 翌日に再見した『関の彌太ッぺ』は、長ドスよりもゲバ棒のほうが似合いそうな小汚い三人組の『股旅』とは対照的に、絵柄も渡世人の心根も花も、何もかもが綺麗な彌太郎(中村錦之助)の世界だ。十年前は彌太郎に劣らず気っ風が良くて、自分のカネではないと知るや五十両にはびた一文、手を付けていなかった箱田の森介(木村功)も、渡世人稼業を十年も続けていると、騙りを厭わぬ恥知らずに成り下がっているわけだ。

 彌太郎もまた人相が変わるほどの影を負ってはいたが、腐っても彌太郎、亡き妹お糸を思い起こさせる小夜(十朱幸代)への真心に変わりはなかったという話で、森介の配置が効いている。当時、三十歳とは思えない清廉を放っていた中村錦之助の十年前の彌太郎の姿が印象深い。惜しむらくは、刀傷と黒墨で汚しただけで人相が変わるほどのメイクまではできずにいたことだ。錦之助映画なのだから仕方がなかったのだろうと了解しながらも、誰も彌太郎だと気づけない進展には少々苦しいところがあった気がする。件の台詞によって初めて小夜が気づくところが山場見せ場の作品だから、尚のことだと思った。

 十二年ぶりの再見となったが、本作出演当時、二十歳過ぎの十朱幸代が、記憶にあるよりも野暮ったく見えて驚いた。


 合評会では、大学時代に学館で観てニューシネマぽい感覚に拍手を送りましたが、時を経て再見すると…明日、話しましょう。と寄せていた女性メンバーは、きっとお汲の描き方に憤慨して『股旅』支持はないだろうと予測していたのだが、見事に外され、今回も大いに楽しませてもらった。彼女と、ニューシネマとしてイージーライダー以上の作品だと思っているとの主宰者による二票が『股旅』に入り、かなり無理のある話の総てにおいて造形に徹した『関の彌太ッぺ』の美のほうを支持した二票とに分かれた。外見が激変していても内面に変わりのない彌太郎と、外見は変わらぬようでも内面がすっかり荒んでいる森介の対照がもっと視覚的にも鮮やかだったら、同票にはならなかったのではないかとチラリと思ったが、己が青春期に刻み込まれた想いの反映を考えると必ずしもそうはならない気もした。

 尽く対照的な股旅もの映画のカップリングの妙味については、異口同音に全員が一致。このところ時代劇づいている感のある僕の映画生活からも、時宜に適っていたように思う。また、十朱幸代の思わぬ不人気というか小夜を演じさせて不適格との意見がけっこうあって、適役とした者が一人もいなかったのが妙に可笑しかった。
by ヤマ

'24.11.25. DVD観賞
'24.11.26. DVD観賞



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