『ジャイアンツ』(Giant)['56]
『夕陽に向って走れ』(Tell Them Willie Boy Is Here)['69]
監督 ジョージ・スティーヴンス
監督・脚本 エイブラハム・ポロンスキー

 名のみぞ知るばかりだった『ジャイアンツ』は、確かにジョーダン・“ビック”・ベネディクト(ロック・ハドソン)が巨漢で、父親から継承した牧場も59万5,000エーカー【24万ha】だと言っていたから、途轍もなく広大であることに違いない。ベネディクトの名が駅名にまでなっていた。今回初めて観てみたが、そのような巨人ビックに見初められ、メリーランドからテキサスへと嫁いでいったレズリー(エリザベス・テイラー)を軸にした、マッチョで保守的な西部男とタフでリベラルな東部女の三十余年にわたる夫婦善哉話だったとは思い掛けなかった。三時間半近い長尺なのに、出会いのときからハネムーン寝台車までの運びの速さに呆気に取られたが、なるほど時間的にも景観的にもスケールの大きな物語だと感心した。

 そして、合評会課題作としてカップリングされた作品が二年前に観た夕陽に向って走れで、同作の日誌に人が備えるべき誇りの在り様について、いろいろ触発力に富んだ作品だった気がする。四人が四人とも己が矜持と現実との折り合いのつけ難さに葛藤を抱えていたように思う。と綴っていたことが作用した部分もあってか、些か幼稚で誤った誇りと沽券に囚われていたビックが、レズリーとの関わりのなかで真の誇りに目覚めていく物語であるように感じた。思えば『夕陽に向って走れ』も、いい気になってぞんざいに扱っていたエリザベスの流した涙が、クーパーを目覚めさせ、誇りを以て職務に就くようになる話だった気がする。

 クレジット・トップのエリザベス・テイラーが抜群に良くて、風と共に去りぬ['39]の南部女性スカーレット(ヴィヴィアン・リー)ばりの気丈で我の強い二十代半ばの若妻時代から、年甲斐もなく殴り合いの喧嘩をして俺は負けたと自嘲していた夫にあなたは立派だわと称賛を送り、俺は90歳になっても君を理解できないだろうと言わせる賢夫人にして親に出来るのは子供を育てるだけ。先のことは判らないと悟っている孫持ち賢母に至るまでを見事に演じていたように思う。

 そして、ハネムーン寝台車であれ、朝の早い牧場生活に慣れない遅い寝起きであれ、当時、二十代半ばのリズは、大きなベッドの実に似合う女優だと改めて思った。子牛の脳ミソに気絶してしまった失態に対して二度と気絶はしないと誓い、荒々しい西部での生活に負けずに馴染んでいきつつも、不当なメキシコ人差別を自明の理としている土地柄に対する異議申し立てについては、揺るがせることのない生きざまによって、決して愚者ではない夫を感化していく姿に、スカーレットとはまた異なる感銘を覚えた。

 幼稚なテキサス魂に囚われたマッチョな男たちに向かって政治の話、仕事の話、男だけのものとは思えないけどと抗弁する気概に溢れ、幼い息子ジョーディーの育て方において考え方が違い、口論が絶えなくなって別居を申し出て東部の実家に戻った後も、かつての婚約者デヴィッド(ロッド・テイラー)ではなくジョーダンを選んだことに迷いはないと断言するレズリーの胸中にあったのは決して負け惜しみではなく、ジョーダン本来の人の好さと愚者ではない人柄を慕う思いがあってのことなのだろう。デヴィッドと妹レイシーの婚礼に立ち会い眺めながら、過ぎし日の自分たちを想起してと思しき憂いと寂しさを漂わせた表情を見せていた場面に思い掛けなく現れた夫の姿を見留て、背を向けてから浮かべた微笑みの表情が素晴らしく、場面が飛んで翌朝のなんて素晴らしい朝なのとの歓び溢れた表情が清々しかった。更には初老まで演じて全く違和感のなかった演技力に改めて感心した。

 また、本作が遺作となり、二十四歳で亡くなったジェームズ・ディーンが、ベネディクト家の営むレアタ牧場の貧しい使用人から、石油王に成り上がったジェット・リンクの初老を迎える年齢までの歳月を演じていたことも目を惹いた。同じような年頃で亡くなったリバー・フェニックスには中年や初老の姿が残っていないことを思うと、ジェームズ・ディーンが本作を残していることの値打ちが増すように感じた。ジョーダン同様に一目惚れしたレズリーに対する想いを三十余年も抱き続けた哀れなジェットを演じて流石の存在感を発揮していたようには思うが、石油王から更に空港とホテルのオーナーにもなった祝賀パーティでの泥酔と酩酊の場面は、妙に不可解で仕方がなかった。そして、レズリーが双子を産んだのちにジェットが言っていた子どもを産んだせいか、また美しくなったとの台詞に、十三年余り前に男と女['66]を観た際に“経産婦ならではの色香”と記したことに対して普通男性は「母親」を感じると、醒める、と聞きますが。。とコメントをもらったことを思い出し、特段、マニアックな見解でもないことが証されたようで快哉を挙げた。

 不可解と言えば、加えてビックの姉ラズ(マーセデス・マッケンブリッジ)がレズリーの愛馬に憤りをぶつけるようにして痛めつけた挙句に落馬して命を落とす顛末に、六歳のときから馬に乗り、馬の値打ちも付き合い方も熟知している西部女の牧場主らしからぬものを感じるとともに、筋違いの八つ当たり自体がラズのキャラクターにそぐわない気がしてならなかった。


 合評会では、レッドフォード・ファンのメンバーから『夕陽に向って走れ』のクーパーは、ロバート・レッドフォードではなくジーン・ハックマンのほうが似合っている気がするとの意見が真っ先に出されたのが可笑しかった。夜中に突然エリザベス・アーノルド医師(スーザン・クラーク)の家を訪ねて身体だけ求めて立ち去ろうとしあなたは私を辱めてるだけと言われて平然と嫌なら断れと相手が自分に惚れている弱みに付け込み残忍で下品で粗暴なあなたはまるで檻の中のオオカミだわと言わせたり、大統領の町への訪問を迎える晩餐会の準備をしているホテルに待機している着飾ったエリザベスを訪ねてきて勝手に部屋に入り込んで待ち伏せ、いきなり早くベッドに入れと命じ、彼女が中座して待たせていた客を帰らせて部屋に戻ってくるとベッド脇で自分のシャツのボタンを外しながら冷ややかに見つめ、彼女が泣きながらドレスを脱ぎ下着姿になるや、ガンベルトを腰に巻いて部屋を出ていくような男だったから、レッドフォード・ファンとしては承服しがたかったのだろう。確かに目撃で性的暴行趣味を持つ下衆大統領アラン・リッチモンドを演じていたジーン・ハックマンのほうがお似合いかもしれない。

 ところで、クーパーが下着姿になったエリザベスを置いて部屋を出て行ったのは何故だろうと別のメンバーから問われたので、軽い気持ちでセフレくらいの都合のいい女として付き合っているつもりだったのに、想定外の彼女の切羽詰まった思いの重たさに怖気づいて逃げ出したのだろうけれど、彼女をそこまで追い込んでいたことに気が咎め始め、思い上がり男から目覚めさせられていたように思うと応えるとともに、そこから保安官としての職務にも真剣に取り組み始めたような気がすると添えた。すると、レッドフォード・ファンのメンバーから強い同意を得るとともに、その解釈は自身の体験からきているのではないかと揶揄され、苦笑した。

 他方『ジャイアンツ』に関して僕が感じた二つの不可解について問い掛けてみたところ、メンバーの三人誰一人、そこには引っ掛かりを感じなかったとのことで、大いに意外だった。祝賀パーティでのジェットの乱れについては、レズリー夫婦を招待したものの、いざ彼女の出席を前にすると、石油王となって全てを手に入れながらも唯一得られぬままの彼女への想いに心乱れてのものではないかとの意見が示された。

 確かに貧しき若かりし頃から壁に貼ってあった、彼女を報じる新聞記事の切り抜き写真を今もなお持ち続けているのであろうと思わせるジェットで、レズリーの娘ラズ(キャロル・ベイカー)から想いを寄せられ、悪い気はしないものの、却って満たされぬレズリーへの想いに苛まれていたのであろうことが察せられたようには思う。だが、それにしてもあれだけ大掛かりな重要行事を台無しにしてしまうのは、さすがに得心がいかなかった。ビックの姉であるラズの死にまつわる顛末については、観ているときには違和感なく観たが、言われてみると確かにそうだとの同意を示してくれるメンバーもいた。

 課題作二作での支持を問うたところ、二名が『ジャイアンツ』で一名が『夕陽に向って走れ』に分かれた。僕はどっちか直ちに訊かれたが、大いに迷って答えに窮した。主宰者から、元はと言えば、僕がバス停留所』『バターフィールド8の時に、クレオパトラは観たのにこれが未見ということでカップリングした作品だと指摘されたことでもあるし、エリザベス・テイラーの好演とビックの人の好さを買って『ジャイアンツ』とすることにした。
by ヤマ

'24. 2.14. NHK BSプレミアム録画



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