『ロストケア』
監督 前田哲

 プラン75の次はロストケアかと、現今の我が国の惨状に暗澹たる気分になりつつも、PLAN 75とは比較にならない重みに畏れ入った。十代の時分に父親から、自分がなりたかった職として、検事への道を志すことを仄めかされ、そんな重責の職には就きたくないと拒んだことを思い出した。

 四十二人もの要介護者を殺害したという自白を行った斯波宗典(松山ケンイチ)が確信犯として主張する“ロストケア”に対して、大友検事(長澤まさみ)が職責上、述べざるを得ない紋切型の用語とロジックでは、若くして髪が真っ白くなるほどの辛酸を舐めた斯波の“血肉に根差した言葉”に太刀打ちできない様が圧巻だった。大友検事にもそれが身に沁みていながら、与することの叶わない職なればこそ、追い込まれてヒステリックに叫ぶしかなくなるわけで、長澤まさみが大友検事の苦衷を滲ませて見事に演じていたように思う。三年ほど前にMOTHER マザーを観たときにも思ったが、なかなかいい役者になったものだ。

 事件発覚直後の聴取のときと違って、法廷ではお父ちゃんを返せ!と叫ぶほうに転じていた梅田美絵(戸田菜穂)にどのような思惑や力が働いたのかは描かれていなかったが、原作【葉真中顕】には経緯が述べられていることだろう。僕には、斯波による“救済”に安堵してしまった自身の後ろめたさを糊塗するための変心のように感じられた。しかも、その変心が彼女自身のなかでは糊塗されて自覚のないものになり、殺人だったと判明したときから怒りを感じているという記憶になっているに違いない。

 それにしても、認知症は恐ろしい。半落ちといい、明日の記憶といい、何とも堪らないと思った。そして、斯波の父(柄本明)の弁に『半落ち』の啓子(原田美枝子)を思い出した。

 法廷で裁判長から最後に言いたいことはと促されて、斯波が検事さんは正しい。でも、僕も正しい。というようなことを述べていたが、僕は、大波検事が困窮者に求めることも誤っているし、斯波の行った人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。(マタイによる福音書7章12節という“救い”も誤っていると思った。ただ、人の生は正誤によって判じられるものではなく、是非もないことのほうが多い気がしている。だからこそ、法規範に縛られて人の行状を判じなければならない職責は耐え難いと思うわけだ。

 例によって、社会のセイフティネットが機能していないことの証左として、生活保護行政の窓口対応が映し出されていたように思う。生活保護バッシングで名を馳せた片山さつき議員が『正直者にやる気をなくさせる!? 福祉依存のインモラル』オークラNEXT新書)を上梓したのは、民主党政権下で下野したことによって現政権与党が良識と品格を表面的にさえもかなぐり捨てて、形振り構わぬ過激な目立ちたがりに奔走していた十年余も前のことだが、今なお当時から変わらぬことを訴えている一昨年の記事があった。無料で読める範囲では、2012年当時のルポであって2021年の事例ではなかったが、実際のところは、どうなのだろう。

 2012年のバッシングキャンペーンを受けて、生活保護の申請厳格化という「水際作戦の強化」とも言われる生活保護法改定と生活困窮者自立支援法を成立させた2013年からすると、資産処分要件や扶養照会については、十年前とは異なる取り扱いがされるように制度的にはなっているはずなのだが、現場対応は本作で描かれたような素っ気ないままのものなのか、吉岡里帆が福祉事務所の新人ケースワーカー義経えみるを演じたTVドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』['18]ほどではないにしても、改善されているのかは、僕の知るところではない。

 ただ紛れもない高齢化社会のなかで、ただならぬ状況になっていることなら容易に察しが付く。介護未経験のまま自分が長寿手帳を得る歳になっている僕だが、この先に待っている事態は、いかなるものなのだろう。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20230327
推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5563128467120024/
推薦テクスト:「シューテツさんmixi」より
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984866256&owner_id=425206
推薦テクスト:「マルさんmixi」より
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984788034&owner_id=1280689
by ヤマ

'23. 4. 9. TOHOシネマズ8



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>