『イヴの総て』(All About Eve)['50]
監督・脚本 ジョセフ・L・マンキーウィッツ

 イヴ[Eve]とはイヴィル[Evil]だったのか、とその台詞に納得しつつ、女は老けるのよと洩らして八歳若い恋人である舞台演出家のビル・サンプソン(ゲイリー・メリル)との今後に怖気づいていた四十路を迎えた大女優マーゴ・チャニング(ベティ・デイヴィス)が内心で求めていた主婦に踏み出す決意を果たし、野心家イヴ(アン・バクスター)が何はなくとも喝采があるとの所期の目的を達成した事の顛末について、夫の自家用車に仕掛けたガス欠が自身の思惑とはまるで違う展開を見せながらも、結果的には皆にとって良い結果になるはずという思惑に到達してしまったことに対して、劇作家夫人のカレン・リチャーズ(セレステ・ホルム)が、ほくそ笑みとは懸け離れた高笑いをするほかなくなっている場面の綾に唸らされた。

 また、イヴの気が利き過ぎているとマーゴが警戒し、その出来過ぎた振舞いと若さに脅え、彼女の付き人バーディ(セルマ・リッター)が直感的に不信感を抱いて嫌いよと明言していたイヴが、劇作家のロイド(ヒュー・マーロウ)のようには易々と落とせなかったビルから欲しければ追って取る。寄って来るのは嫌いだと、マーゴと自分の関係を知りながら誑し込んできた思い上がりをぴしゃりと咎められ、ウィッグを投げつけ引き裂こうとするほどの激しい憤りを見せる場面が鮮烈だった。

 かくの如く人の生は、カレンやイヴに限らず当人の思惑どおりには運ばないとしたものであるが、マーゴやイヴのように、心底から求めていればこそ叶うものだとしているハリウッド映画らしさに添えて、きちんとイヴ・ハリントンことガートルード・スレシンスキーが劇評家のアディソン・ドゥイット(ジョージ・サンダース)に奸計の尻尾を握られ、思いっきり重石を掛けられているさまと彼がイヴの弱みを握りつつ、実際には手出しをしていない感じを漂わせている辺りの粋な計らいを好もしく観た。

 イヴの言った(ロイドが)朝の3時に私の部屋に来て…結婚を迫ったの。そのまま二人で語り明かしたのよに対するアディソンの話をしただけか?に答えたそうよ 結婚でないとイヤだからが全くの虚言で、有り体は夜中に呼び出した男に迫って既成事実を果たし、カレンとの離婚と自分との結婚の言質を取ったのがイヴのほうであろうことを彼は看破していたに違いない。君のような女は後にも先にもいるまいとの弁は、その旨の指摘だったのに祝ってよ“よくやったな”ってと返してくるイヴの痛ましいまでの思い上がりに、これを放置していては才能豊かなイヴのみならず彼女の周辺の演劇界が掻き回されて酷いことになると観て、荒療治を加えたような気がしたわけだ。ロイドは離婚しても君と結婚はしない…まだ分からんか?… because after tonight you belong to meと宣告し、平手打ちまで加えたうえで百万ドルの勘だ、大事にしろ。警戒警報だと言い、調べ上げていた“イヴの総て”を突き付けてお前は俺の好きなタイプじゃないと突き放しつつしかし他人とも思えんと添えてあくなき野心と才能がある…お前なら立派にやるさと舞台に送り出していた。そうして迎えたのが栄えある史上最年少でのサラ・シドンズ賞の受賞という運びだった。アディソンによる窘めがなければ、イヴは身を持ち崩していたのかもしれないということだ。

 登場人物各人に見え隠れする本音にも建前にも応分の実があって、虚実とも言い難いなかに権謀術数としての虚言があるという人物造形に深みを感じる。確かにイヴは強かな野心家だったが、イヴィルというほどの悪行を働いてはいない。振り回しつつも相当するだけのものを返してもいたような気がする。それは受賞に際して彼女が述べた謝辞だけではないように感じた。そして、イヴがマーゴに目を付けたように、今度はフィービー(バーバラ・ベイツ)がイヴの懐に飛び込んできている場面で終えた映画を観ながら、ついついニンマリとした。フィービーにイヴほどの“あくなき野心と才能”が果してあるだろうか。女性たちが繰り広げていた鬩ぎ合いの複雑さと対照的な男たちの向い方の率直さが印象深い。

 気に掛けていたマリリン・モンローは、オープニングのキャスト表示の2枚目、文字の大きさが3番目の9番手だったが、エンドクレジットでも同じ9番目ながら、フィービー役のバーバラ・ベイツの下に配されていて意表を突かれた。かつてイヴがマーゴの衣装を身に充てて鏡に映していた以上に、イヴの衣装を身にまとい受賞トロフィーを胸に抱いて鏡に映してトロフィーに口づけるラストシーンで本作を飾っていたバーバラ・ベイツのその後のキャリアは、どうなったのだろう。
by ヤマ

'23. 4. 7. DVD観賞



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