『アンネ・フランクと旅する日記』(Where Is Anne Frank)['21]
監督・脚本 アリ・フォルマン

 今さらアンネ・フランクの話は、もういいかなと思っていたところに、小五の孫息子が関心を寄せていたと娘から聞いたので、それならと連れて観に行ったものだ。ただのありがちなアンネ・フランクの物語ではなく、アンネ・フランクの精神そのものを最大限汲み取った傑作だったように思う。

 集まった群衆とオランダ当局に向って拡声器で訴えたキティ【声:ルビー・ストークス】のアムステルダムでの演説が素晴らしかった。アンネ・フランクの願いは、橋や学校、劇場などにまで冠せられて名を残すことではなく、虐げられた弱者とりわけ子供たちの命に寄り添い救うことだから、子供たちを連れて紛争地を逃げてきた難民家族を強制送還しないでほしいとの言葉は、極めてシンプルに真っ当だ。いま欧州で巻き起こっている移民排斥の原因となっている各地での紛争に対しては、武器輸出などで大儲けする軍事利権を貪ることを止めるのが第一にしなければならないことなのだとかねがね強く思っている。ニコラス・ケイジが“死の商人”を演じたロード・オブ・ウォーを観たのは二十年近く前になるが、今や我が国でもそれ自体を経済振興に係る国策としてあからさまにしたりし始めている。難民はその犠牲者なのだ。誰だって好き好んで故郷を棄てているわけではない。

 そして、もうこれ以上、アンネ・フランクのような悲劇を生み出さないために、このことは繰り返し思い起こさなければならないとの作り手の想いが強く感じられる冒頭の言葉、アムステルダム アンネ・フランクの家 今から1年後と映し出された字幕に痺れた。なぜ今から1年後と刻まれたのか不思議に思っていたことの意味は、観終えてそういうことだったのかと得心した。過去のことにしてはいけない話だからこそ、いつ観ても今から1年後としたのに違いない。

 また、過酷な境遇にあって、信じられないくらいに豊かな想像力を保持していたと思しきアンネ・フランクに対する敬意と愛情に満ちた、実に想像力豊かな物語構成に感服した。『アンネの日記』と言えば、少なからぬ人々によって聖典のごとく信奉されている書物だという印象がある。それだけに下手に弄れば、冒涜するなとの非難が寄せられる、言わば聖書にも近いようなところがあるような気がする。作り手もそのことを意識していたのか、作中に「聖書」という言葉を他愛無い会話のなかに登場させていた。

 キティはアンネ【声:エミリー・キャリー】の日記のなかの存在だから、確かに日記を綴ることが出来なくなってからのアンネのことは何も知らないわけだ。八十年前の日記を今に甦らせ、同時代の問題意識として描き出す語り口のマジカルで忠実な筆致が実に見事だった。掏摸を働くことでしか暮らせない難民青年と思しき現代のペーター【声:ラルフ・プロッサー】の配置が実に効いていた。アンネの日記を盗んでいるのは、キティではなく、アンネ・フランクの精神を蔑ろにして、その名の利用だけに留まっている行為のことだと作り手は言っていたように思う。すなわち難民排斥こそがアンネの日記を盗む行為に他ならないというわけだ。

 観逃さずに済んだことを孫息子に感謝しなければ、と思った。十三年前に観た戦場でワルツを['08]もかなりのものだったが、軽く上回っているように感じた。キティがアンネの日記をもう盗み出さなくてもよくなる日が来ないものだろうかと思うが、毎年のように盗み出してもらわないといけない日々がまだまだ続いている。本作は、2021年のものだから、描かれたのは2022年の話ということになるが、今年観れば、2024年の話となるわけだ。大したものだ。エンディングの沁み入る歌とともにアンネたちと同じ週にアウシュヴィッツに到着した両親のワンダとモルデガイに捧ぐと刻まれた作品に相応しい出来栄えだったように思う。

 すると、映友から「ラストは『独裁者』にも繋がるよね。」とのコメントを貰った。確かに思いの丈は、チャップリンに通じるものがあると思った。高校時分に観て以来となる再見を果たしたのが『戦場でワルツを』を観た三か月後ということにも奇遇を感じたが、当時の日誌人間が貪欲と憎悪を克服すれば、侵略戦争などしなくても世界には既に世界中の人々を養うだけの富があると訴え、どういう政治家を支持し、どういう政府を望むべきかを、聴衆たる観客に向けて主張していて、古今東西の政治権力が大衆操作を企て求心力を求める際に必ず持ち出す“愛国精神の称揚”など、一切排除しているところが、今なお鮮度を失っておらず素晴しい。と綴った部分は、密告や暗闘の絶えない人々の荒みに対して述べられる本作でのもっと食べ物をあげるしかないわとの台詞とも通じ、四年前に三度目の観賞をした際の日誌に記したチャーリーの演説の最後の部分を想起させてくれたように思う。




推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より
https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/5890848327681368/
by ヤマ

'23. 7.26. 美術館ホール



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