『大河への道』
監督 中西健二

 中西監督作品はマイベストテンに選出した覚えのある青い鳥['08]が観応えがあったが、本作もなかなかのものだと思った。

 結局一度も姿を現さなかった伊能忠敬の最大の偉業は、彼の死後も事業を正確に引き継ぐ伊能隊を育て上げたことにあるとつくづく思った。どんな事業においてもそうだが、後継者育成ほどの難事はないとしたもので、それが果されなければ、『大日本沿海輿地全図』の完成はなく、本作でいうところの英国による植民地支配の断念も促せなかったというわけだ。国防に伊能図がどれだけの貢献をしたかの史実の如何は知らないけれども、何かにかこつけて軍備増強ばかり煽り立てる元首相の少年漫画的軽佻さを見るにつけ、軍備拡張だけが国防ではないとする作り手の見識を好もしく観た。

 更には、地味で地道な国事を担う際に最も必要なことは何なのかを明瞭に示していて、昨今の「今だけカネだけ自分だけ」の核心である“みみっちい損得勘定”とは真逆にあるスタンスというものに高い敬意を払っている作品だったように思う。件の元首相が率いた官邸の意向によってズタズタにされた日本の官僚組織があちこちの省庁で行った現代の統計改竄問題が、鋭く照射されているような気がしてならなかった。

 衛星撮影による日本地図と忠敬の測量による二百年前の日本地図を重ね合わせた展示物に「北海道がズレてるじゃないですか」と木下(松山ケンイチ)が言ったことに対して「そこかよ」と嘆いた忠敬ファンの上司、香取市役所総務課主任池本(中井貴一)の場面と、同じものを眼前にして数十年ぶりに鳥肌の立った脚本家加藤(橋爪功)の場面の対比が効いていたからこそ、高橋景保(中井貴一)が江戸城大広間にて将軍家斉(草刈正雄)に完成図を披露し、家斉が鳥肌を立てていたであろう場面における“精巧地図の巨大さを誇張したCG画面”が少々興覚めだった。家斉と景保の遣り取りは、とても重要でいい場面だっただけに、この畳のサイズはなんだ?と思わせるような画面を出してはいけないように感じた。そんな小細工を施さなくとも、劇中で二百数十枚と言っていた大図の見せ方は充分にあった気がする。

 忠敬が測量術を学び始めたのは、五十の手習いからだったという話は随分前に仄聞した覚えがあるが、自分がそれなりの歳になってくると改めて凄いことだと思う。そうやって見つけたライフワークの得られた人生は、たとえ完成図を観ずとも幸いだったように思えるが、なかなか真似のできないことだ。そういう意味では、最後の場面での池本の選択を、作劇的締め括りとして支持したいと思う。敢えて現代劇の部分を設け、且つそれを行政と政治の場にしてあるところに作り手の志を観たようで、大いに感心した。

 大河ドラマと言えば、僕の地元では龍馬伝['10]のときに随分とテコ入れしていた気がする。NHK側も制作経費の分担を求めたいようだから、いろいろ折衝事はあるのだろう。当地での積年の大河待ちと言えば、ジョン万次郎なのだが、伊能忠敬の測量どころか海での漂流となれば、尚のこと大河にできないという悲観論が根強くある。海外ロケも多くなりそうだし、優先順位は低くならざるを得まい。しかし、連続テレビ小説(いわゆる朝ドラ)のほうでの牧野富太郎の妻の件は、先ごろ叶ったばかりで、運動の成果だと喜んでいる人たちがたくさんいる。もっとも、主人公は妻の寿衛子ではなくて、富太郎本人らしい。

 加藤が「高橋景保でないと書けない」と依頼を断るに至った伊能の偉業を世に出すうえでは、御上と渡り合った景保の存在は確かに欠かせぬ重要さを担っていたが、その景保をリードしていた感のある忠敬の四番目の妻お栄(北川景子)は、聞くところによると、忠敬と同時期に亡くなっているらしい。そう言われてみると、本作での彼女の登場の仕方は、伊能隊の悲願を知って幽界から舞い戻った異人とも思えなくない風情だったような気がする。偉人の陰に異人ありという趣向で設えていたとは言えない作りながら、そういう趣も加えて観ると、また一段と妙味が増すように感じた。
by ヤマ

'22. 6. 4. TOHOシネマズ1



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