『帰らざる河』(River Of No Return)['54]
監督 オットー・プレミンジャー

 これが「帰らざる河」か、と思いつつ、長年の宿題を今ごろになって片付けた気がした。断片的には観覚えのある場面だらけだったが、たぶん初見だ。十代の時分に、TVで観たような気がしていたが、こういう物語だったのかと思い掛けない気がした。だが、お話など二の次というような映画だ。格段に有名な主題歌によるオープニングの後のマリリンの、実にいかにもな登場の仕方についつい頬が緩む運びになっていた気がする。

 それにしても、モンローの見せ場のためだけのような圧巻の作りに恐れ入った。媚態を込めて唄うマリリン、恋情に浸るマリリン、マット(ロバート・ミッチャム)の息子マークを宥めるようにギターを弾き語るマリリン、健気に訴えるマリリン、誘惑を滲ませるマリリン、筏の上で渾身の力を振るうマリリン、抗い組み敷かれるマリリン、激流のしぶきに濡れそぼつマリリン、毛布一枚まとって胸元を覗かせるマリリン、彼女の演じたケイを通じて、これでもかと言わんばかりに、実に様々なマリリンの姿態と表情と声を見せる映画だったという気がする。

 三十路前の最強フェロモンの飛沫を少年の身で浴びたマーク役の男の子には、その後どのような被曝後遺症があったのか、羨ましさを通り越し、酷にもさえ思える強烈さだったような気がする。

 それでも、さすがにクラシック作品だけのことはあって、ケイが酒場の唄歌いを辞めてコールダー父子の“愛あるホーム”に向かうラストでは、彼女が「貴重品はこれしか残らなかった」と零していた珊瑚色のヒールを往来に捨て置いて、新たな人生に踏み出すことを映し出していて感心した。

 そして、9歳の少年が背後からライフルを撃って殺人を犯すことを已む無きものとして描き出すような映画作品を果たして今の時代でも製作できるのか、かなり心許ない気がした。ほんとに窮屈な時代になったものだと常々思う昨今だからだろう。前夜にBS放送で観た『裏切り者』['00]で唖然とするような暈しを目の当たりにしたせいかもしれない。
by ヤマ

'22. 6. 3. BSプレミアム録画



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