『愛国女子-紅武士道』
監督 赤羽博

 国家元首としての天皇を戴き何はさておき“御国の為”という国家主義から、民主主義に転じた現行日本国憲法のもとで、かようなタイトルの劇映画が公開される日が来るとは、よもや思っていなかった。この時代錯誤感は、いったい何なのだろうとの思いから観に行った作品だ。敗戦後の日本において、ドキュメンタリー映画を除いて、劇映画で「愛国」を作品タイトルに掲げた映画を僕は一作も知らずにいるが、戦後昭和・平成の時代に何か一作でもあっただろうか。本当に吃驚してしまった。

 おそらくは、脳天気なまでにイデオロギー色が退けられ、戦闘アニメ美少女戦士の乗りで作られた実写版という感じのエンタメ作品なのだろうと思っていたのだが、観てみたら、仰天するような世界観に彩られていて唖然とした。かつて黄金の法 エル・カンターレの歴史観で、ギリシャ神話からキリスト教、イスラム教、仏教までも取り込んだ“汎世界主義”とも言うべき立ち位置から、愛と平和の大切さを謳い上げていたはずのものが、愛など生温い。戦う勇気と覚悟をもって命を懸けて国を守るのが大和魂だなどと拳を振り上げる“愛国者”なるものを称揚する映画になっていた。

 大陸間弾道ミサイルのようなロケット砲の発射実験を繰り返す北朝鮮と東シナ海の占有域の強引な拡大を図る中国を合わせたようなソドラ共和国の策謀による“日ソ友好”を画策するスパイたちを操るのが黄泉大魔神(笠原竜司)なる霊界の魔物で、日本は核ミサイルの脅威に晒されているのだという魂消るような設えが施され、ミサイルが不手際によって日本を爆撃してしまう予知夢に基づく核攻撃回避として、遂には自衛隊が迎撃ミサイルで撃ち落としてしまう話になっていて、ぞっとした。しかも、愛国女子の面々が幽体離脱をして霊界で戦う黄泉大魔神たるや、国体護持に命を捧げた英霊のなかで積もった“戦後日本人の愛国心のなさに失望し憤る怨念”が生み出したものとなっていて、その愛国心とは何なのかも最早訳の分からないような代物になっていた。

 なんだかネット世界の一部に蔓延しているネトウヨや陰謀論のメンタリティにひどくシンクロしたような映画になっていて、これでは、幸福の科学の信者の人たちも流石に付いて行けないのではないかと思わずにいられなかった。製作総指揮・原作を担った大川隆法は、それなりの支持者を得るだけの人心把握には長けていたように思うから、彼が汎世界主義を捨て去り、国粋主義的な装いを取るということは、人々の心的傾向がそちらのほうにあると観て取っているからに他ならないと思うけれども、それが的を射ていると怖いとの不安に見舞われた。日本の世情が危うい方向に進んでいるのは間違いない気がする。

 エンドロールの後、大川隆法が剣道に励む姿が映し出されていたが、愛国女子剣士の大和静(千眼美子)の殺陣と違って何とも恰好が悪く、思わず失笑した。また、武道を好む総裁の乱心のように思える映画を観て、なんだかプーチンの乱心に通じるようなものが根底に潜んでいるような気がした。極度に偏った情報とイエスマンに囲まれると、思いも掛けなかった行動に出てしまうという意味合いにおいて通じているような気がしてならない。かなり驚いた「愛など生温い」という台詞を口走っていたのは、憂国の士たる高山(田中宏明)であったように思うが、愛を否定する者が訴える「愛国」とは何なのだろう。日本会議を思わせる「日本救済会議」というのにも、かなり吃驚したが、幸福の科学は、生長の家と何か繋がりがあるのだろうか。それとも総裁の乱心なのか、いずれにしても唖然としてしまった。

 武士道などという宗教とも異なるツールを持ち出してきた何でもあり精神だけは、かつての汎世界主義に通じるものがないでもない気がしたが、そもそも武士道なるものに対して美学よりは御都合主義のほうを強く感じ、十四年前に武士道残酷物語['63](監督 今井正)を観て強き上の者を憚り懼れて隷属し、弱き下の者を虐げて怯むところのない、醜悪を以て美学とする倒錯などと綴っている僕は、男たちの大和/YAMATO['05](監督 佐藤純彌)の映画日誌に引用した亡き坂東眞砂子の主張のほうに共感を覚えるから、本作には呆れてしまった。

 政治の名のもとに戦闘を煽るのも問題だが、宗教の名のもとに行うのは、もっとタチが悪いように思う。中世のキリスト教による十字軍にしても、近代日本における国家神道による太平洋戦争にしても、現代のイスラム原理主義による自爆テロにしても、政治以上に罪深い気がする。

 大和魂の権化たる静御前とでも言うような純正大学4年生の大和静の名も可笑しかったが、西岡徳馬の演じた父親の名が信玄公ならぬ「信現」というのが妙に意味深長で面白かった。また、東映戦隊ものを思わせる五人のメンバーのうち霊界に乗り込む三人の愛国女子のうちの一人が李才華(希島凛)という名を持つ女性だったことも目を惹いた。公式ホームページの配役解説によれば勝気な性格で、幼い頃から空手を習っている。父親は台湾人で、ソドラのアジア侵略の危機には敏感。とのことだ。

 それにしても、チャーリーズエンジェルのごとき愛国女子たちを使って黄泉大魔神を倒そうとする“チャーリー”高山が表向きは、芸能事務所ライジン・スターの社長にして、NPO法人「日本の未来を守る会」の会長。実際は、神の御心に適った国造りを目指し、様々な活動を展開している「日本救済会議」の事務局長。公式ホームページ)との設定には、経済界における“…ホールディングス”同様、今の日本社会を覆っている何とも言えない胡散臭さが反映されているようで、苦笑するほかなかった。よく時代を映しているとは言えるのかもしれない。
by ヤマ

'22. 3.20. あたご劇場



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