『MINAMATA―ミナマタ―』
監督 アンドリュー・レヴィタス

 ミナマタに関する映画は、土本典昭のドキュメンタリー映画を幾つか観たことがあるだけだが、本作はタイトルとは裏腹にミナマタを描いたというよりは、'70年代に米誌「ライフ」に日本の水俣病の特集を発表したフォト・ジャーナリストを描いた作品だったように思う。

 そして、写真家を描いた映画ということでは、早々に地雷を踏んだらサヨウナラ['99]で、一ノ瀬泰三を演じていた浅野忠信が現れたことが目を惹いた。無論そんなことを踏まえての配役ではないのだろう。アルコール依存症者がよく似合うジョニー・デップがユージン・スミスを演じたのは、まさに嵌り役だったのではないかと思ったが、あまりに嵌り過ぎていて人物造形としては、少々ステロタイプな平板さがつきまとい、編集者のボブ(ビル・ナイ)をいつも悩ませる厄介な腕利き写真家という如何にもさが、些か気になった。そして、ユージンよりもジョニーが前に出てしまっている感じを受けた。それとは対照的に、キャラクター的に際立っていたのが、彼を誘い導いていた、年の離れた若き妻アイリーン・スミス(美波)だったような気がする。ある種の野心を覗かせつつ、クールで且つホットなミステリアスな女性像を美波がよく演じていたように思う。

 なかなか効果的に使われていた写真作品は、おそらくユージン自身が残した作品なのだろう。映画よりもインパクトがあるように感じられたのは、本作が些かフォトジェニックに美しく撮られ過ぎているところが、あまり題材に即していないように感じられたからなのかもしれない。

 ユージンが水俣を訪れた当時に、ドキュメンタリー映画叛軍['70~'72]などを撮っていた岩佐寿弥監督が、その追悼DVDの再編集版『遊びをせんとや生まれけむ』のなかで、政治に対しては普通以上にセンシティヴなほうだと思っているからこそ東に三里塚あらば、西には水俣という時代に、まさにその場に勇躍乗り込むことに対しては、違和感のほうが先立ったというような回顧の弁を遺していたことを思い出した。それから言えば、まさにミナマタが負っていた政治性を窺わせつつ、アメリカ人のユージンが勇躍乗り込んだのは、対日本政府といった政治性とは全く異なる地平での“己が失地回復とヒューマニズム”からであったとする立場で作られていることがよく伝わってくる作品だったような気がする。

 このほど観たばかりのスウィング・キッズのオープニングで示されていたように、画像というのは、映画のような動画であれ、写真のような静止画であれ、とてもインパクトがあると同時に、どのようなナレーションやキャプションが添えられ、どのような編集や文脈での掲載となるかで、どうにでもなってしまう怖さがあるが、ユージン・スミスの写真をライフ誌は誤りなく使うことができたのだろう。

 土本監督の作品群は、もうひとつのアフガニスタン カーブル日記1985年』の映画日誌にも記したように、ユージン以上に寄り添い続けたドキュメンタリー作家として、大いに僕の支持しているところだが、岩佐監督が指摘したような作り手がいるのもまた事実で、東日本大震災のときも動機も志も様々な数多の人々がカメラを抱えて乗り込んでいたような気がする。そして、本作に描かれたユージンにもそのような側面が滲み出ていたりするところがまた、もっともらしい如何にも感を醸成していたように感じる。

 映友の一人はいくらでも「社会派映画」っぽく作れそうなのを「ダメ男の復権」ものにしたあたりは買いだと言っていたけれども、そのあたりが買いと映るか、如何にもなステロタイプに映ってくるかが分かれ目なのだろう。アイリーンのキャラクターが立ち過ぎずに、ユージンの描き込みがもっと丁寧に施されていれば、僕もそのように感じたのかもしれない。

 ただ、最近観たばかりの護られなかった者たちへもそうだったように、幾つもの疑問を抱かせつつも紛うことなき力作だと感じたのは、「どこに目を向けるべきことなのか」の提示が的を外すことなく出来ていた作品だったからだろう。

 また別の映友がテン・イヤーズ・アフターとかボブ・デイランとかの使い方がツボと言っていたように、時代性を映し出すのに絶好の素材である歌をなかなか上手く使っていたように思う。僕が『遊びをせんとや生まれけむ』を持ち出して言及したのも、本作がそのような時代性を巧みに映し出していたからなのだろう。

 本作が「きっかけになればよい」と言っていた映友の弁に繋がる観点からの「話題性」ということにおいては、水俣市の本作へのスタンスの取り方がニュースになった点も含めて、広く耳目を集める役割を果たしていたように思う。そして、そのことが水俣についての、差別や犠牲の問題には常につきまとう「終わりなき…」というものを再認識させてくれたような気がする。




推薦テクスト:「風の旅人 〜放浪のすすめ〜」より
https://kazetabi.hatenablog.com/entry/2021/10/05/155615
by ヤマ

'21.10. 4. TOHOシネマズ4



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