『大菩薩峠』['66]
『どぶ鼡作戦』['62]
『江分利満氏の優雅な生活』['63]
『ああ爆弾』['64]
監督 岡本喜八

 八年前に内田版三部作を観た際に、仲代達矢ファンの先輩映友から「岡本喜八と橋本忍による『大菩薩峠』は観てないのか」と言われて以来の宿題となっていた作品を観た。悲劇の発端はお浜の所業か竜之助の無道か、との夫婦諍いの因なら人知の及ぶところながら、本作では、お松(内藤洋子)の祖父(藤原釜足)が大菩薩峠で己が死を観音様に願ったばかりに、というお浜(新珠三千代)にも机竜之助(仲代達矢)にも知る術もないことに起因する形になっていた冒頭に驚いた。

 これでは音無しの構えによる邪剣の魔手たる悪漢竜之助とも言えなくなる設えかと思ったら、案の定、竜之助が「尋常の立ち合いによるもの」と言うとおり、審判の「分け!」の声の間隙を突いた宇津木文之丞(中谷一郎)の意趣遺恨によるルール違反はあっても、竜之助に立ち合い上の非はない形になっていた。お浜や芹沢鴨(佐藤慶)の挑発調略に乗せられ、子をなし居を構えても妻からは苦肉の世過ぎも咎められ日陰者暮らしと悪態をつかれていた。更には、父親からも見放され、文之丞の弟兵馬(加山雄三)に息子竜之助を討つよう言い残し、島田虎之助(三船敏郎)道場への入門を計らったと与八(小川安三)から聞かされる始末で、何だか悲運の不幸に翻弄されたのは、剣の達人ながらも身を持ち崩した竜之助のほうだという物語にしていた気がする。そして「死んだ奴より生きてる奴のほうが恐ろしい」と呟いていた竜之助が皮肉にも、お松の話から大菩薩峠での斬殺を思い出してしまったことから、これまで矢鱈と斬り捨ててきた人々の亡霊に憑りつかれて錯乱するという怪談話になっていた。

 また、万延元年の桜田門外の変、文久二年の坂下門外の変、文久三年の新選組誕生と字幕が入る本作では、内田版三部作では余り印象に残っていない新選組への言及が目立っていた。浪士隊から新徴組と新選組へと変遷していく経過にまで触れつつ、新選組が内紛と殺戮を繰り返すさまを竜之助の凶状と重ねていたような気がする。そして、内田版三部作の拙日誌に「机竜之助ではなく、煙竜之介だなどと思った」と記した部分をなぞるように、炎と煙に巻かれるなかで狂気を帯びた笑いを零しながら、隊士を斬りまくっている竜之助の姿で終えられていた。

 この新選組と竜之助を重ねた意匠は、脚本を書いた橋本忍の趣向なのだろう。内田版にもあった操問題についての問い掛けに続く序盤でのお浜狼藉の場面で水車小屋の杵打ちのピストン運動をクローズアップして映し出していた趣向や裏宿の七兵衛(西村晃)が浅吉(田中邦衛)と同衾しているお絹(川口敦子)の足の裏をくすぐる場面には岡本喜八らしい遊びがあって、また、剣豪島田の教えにより“音無の構えを破る突きの一手”に精進する兵馬の太刀の場面には切れのよさがあって目を惹いた。


 岡本版『大菩薩峠』を観たことから思い立ち、八年前に独立愚連隊』['59]と『独立愚連隊西へ』['60]を観た際に観残したまま宿題になっていた『どぶ鼡作戦』もようやく今頃になって片付けた。オープニングの音楽やエピソードからして、とても敗戦国日本の戦争映画とは思えない、アメリカ映画で観慣れた戦争映画の明るく伸びやかな空気が漂っていて、改めて感心した。

 軍隊を辞めて特務機関として戦争に携わることにしたとの白虎こと長船元軍曹(佐藤允)率いる“荒野の五人”とも言うべき異能集団が活躍するうえで、相手方が弱体だと話にならないからということもあるが、日本の戦争映画では他に類はないのではないかと思われるくらい日本軍よりも中国軍(八路軍)のほうが強かったりするし、戦地において「中国人なら中国人らしく、メンツを考えろ!」という立ち位置で日本人がものをいう日本の戦争映画など、他にはあろうはずもなく、流石は岡本喜八だと思った。『大菩薩峠』でもそうであったが、やはり“型破り”こそが岡本喜八の神髄なのだろう。

 糞で煙に巻く排便作戦などというようなふざけた小技を随所に撒き散らしながら、幕末のええじゃないかの御蔭参りを思わせる行列を現出させたりといったハチャメチャぶりが、無秩序を存分に演出する一方で、作品的な核は、心意気も生意気も含めて「イキ」にあるといった粋な映画だった。当時、若大将シリーズで人気を博していた加山雄三が曲者の林一等兵を演じ、渋い役どころの穴山上等兵を田中邦衛が担っているという対照も、喜八流の趣向なのだろう。

 まさしく“自由の風が吹いている”とも言うべき日中戦争映画を撮れる日本人監督は、岡本喜八のほかにはとてもいそうにないと畏れ入った。その白虎の風に吹かれ、彼に救出された関参謀(夏木陽介)のみならず、白虎を“虎さん”と呼ぶ正宗少尉(藤田進)が大森見習士官(ミッキー・カーチス)に「部隊長には正宗少尉、戦死と伝えてくれ」と言い残して戦列を離れて加わり、“荒野の七人”となって戦闘地に馬を駆るラストが颯爽としていた。しかし、三好軍曹(中谷一郎)は先に戦死していたはずなのに、なぜ七人になったのだろう。


 次に観た『江分利満氏の優雅な生活』では、落ちぶれても戦争成金だった時分に身に着けたであろう放恣の抜けない困った老父(東野英治郎)が物干し庭で百円玉を拾って喜び、ビールの栓だったと落胆する場面に驚いた。'63年と言えば、僕が5歳の時分だが、僕が小学低学年の頃でも高知では専ら板垣退助の百円札で、百円硬貨など見たことがなかったような気がする。百円玉ができてお札を余り見掛なくなったのは、小学校の高学年になってからのような覚えがあったので、東京では、そういうことになっていたのかと感心した。江分利(小林桂樹)の勤め先には、ウォーターサーバーまで置いてあって、家のテレビでは、前日に観たばかりの『どぶ鼡作戦』['62]が流れていて笑った。昭和25年生まれとの長男庄助が夢中になっていた貸本屋やコルトは、昭和33年生まれの僕と同時代のものだから、東京から十年くらい遅れている感じで、ALWAYS 三丁目の夕日['05]を観たときに感じたものと同じことをリアルタイム作品で確認させてもらったことになる。

 原作者の山口瞳の著作は一冊も読んだことがないが、中学のバスケ部同窓の無類の本好きで大学卒業後に確か紀伊國屋書店に就職して感心した覚えのある奴が、山口瞳の『江分利満氏の優雅な生活』が面白いと言っていたような記憶がうっすらとある。「尾も白くない」というネタは、当時、彼から聞かされたことがあるような気がするが、本作のテイストが原作に忠実なら、中学生のくせしてえらくませていたというか老けていたんだなと半世紀も経って気が付いた。

 妻夏子(新珠三千代)の朗読はよかったけれども、終盤の江分利の長広舌にはさすがに辟易とさせられた。やはり映画なのだから、『どぶ鼡作戦』の突っ込みであれ、肉弾['68]の波間に漂うしゃれこうべであれ、あのような画にしてほしいところだが、まさにその画にしたかった部分が、“ぐだぐだ感”だったりするのだろう。その意味では、戦中戦後を生きてきた者の屈託がよく織り込まれていたように思う。

 奇しくも、江分利満氏すなわち山口瞳は、僕の亡父と同じ大正15年生まれだった。祖父が朝鮮半島の官営紡績工場の工場長をしていて大きな家に住んでいたそうだが、亡父が小学三年生の時に突然死に見舞われたことで、祖母の田舎で暮らすことになって浮き沈みを経験したようだし、戦地に赴かないままの軍隊経験も、戦後、いくつかの民間会社を転々としたことも、江分利満氏と重なっていた。強い反戦・反軍隊意識を持っていたから、もし本作を観ていたら、どのように感じたか聞いてみたかったなと思った。もっとも、江分利満氏ほどタチが悪い酒ではなかったようではあるが、僕と違って酒好きで、僕と同じく話は長いほうだったから、その際には田代(二瓶正也)たちのような憂き目に遭うかもしれない。


 前々日に『どぶ鼡作戦』を観て「やはり“型破り”こそが岡本喜八の神髄なのだろう」と記したばかりだったが、それでも『ああ爆弾』の「なんじゃこりゃ」のオープニングには驚いた。期せずして本作にも『どぶ鼡作戦』が登場していたのは、含むところがあってのことだという気がする。『江分利満氏の優雅な生活』でのテレビと違って、劇場のスクリーンにでかでかと映し出されていた。そして、オープニング場面に関しては、狂言趣向が掴みだけではなく、けっこう本格的に続けられ、なかなかの見ものになっていて感心させられた。

 観終えたときに「人生これ狂言」といった余韻が残る作品になっているのだろうと、なんとなく思ったりしたのだが、オープニングだけではなくて開幕クレジットも済んだ本編開始後も尚、この狂言調がだらだら続き、高度成長期に相応しく僅か三年の刑務所暮らしで今浦島になってしまったヤクザの組長たる大名大作(伊藤雄之助)の顛末を、いささか度の越した遣り過ぎ感の勝ったハチャメチャで描いていた。僕には、それが空回りに感じられ、確かに型破りには違いないのだが、少なからず食傷してしまった。

 しかし、半世紀余り前の映画を観ると、目を惹くものは随所にあって、立ったままでの手打ちのパチンコ台や、法華経を指す「どんつく」などという言葉は、何十年ぶりに耳目にしただろうという代物だったし、劇中で幾度か繰り返された♪まつば~ら、父ちゃん♪なる替え歌は、僕も幼い時分に口にした覚えがあるものの、すっかり忘れていたもので、全国区で流行っていたものだったのかと初めて知った。また、刑務所出所とラーメンと言えば、高倉健の『幸福の黄色いハンカチ』['77]だが、十年余先立つ本作の大名大作の出所後の最初の場面がそれで驚いた。




*『どぶ鼡作戦』['62]
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200201.htm#どぶ鼠作戦
by ヤマ

'20. 4.29. DVD観賞
'20. 4.30. DVD観賞
'20. 5. 1. DVD観賞
'20. 5. 2. DVD観賞


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