『ALWAYS 三丁目の夕日』
監督 山崎 貴


 僕は、昭和33年3月28日生まれだから、丁度この映画で星野六子(堀北真希)が集団就職で上京する汽車に乗っていたときに生まれたことになるわけだが、田舎に住んでいたから、東京でその頃既に小学生だった一平(小清水一揮)と時代感覚的にはほとんど重なるものがあって、親父は白黒テレビでプロレスを観るのが大の楽しみだったし、夏の日の僕はランニングシャツ一枚に半ズボンで外を走り回っていたものだった。近所には自動車の修理工場も文学を志す青年も一杯飲み屋もなかったが、顔見知りの大人たちの姿はなぜか日常的にあって、よく声も掛けてもらっていたような記憶がある。そして、大人というのは妙に小器用で、物を作ったり直したりするのが上手くて、親切だけどちょっと恐い存在だったような気がする。また、大人も子供も、食べ物以外に物を買うことなど、滅多になかったように思う。だから、物作りや修理が上手だったのだろう。

 映画の原作となった西岸良平の漫画『三丁目の夕日』が始まったのは、そんな僕が高校生の時分で、国際政治の裏側を舞台に凄腕スナイパーがクールに活躍する劇画『ゴルゴ13』の掲載されているビッグコミックをちょっと格好を付けて読んでいた頃に、ビッグコミックオリジナルで連載され始めた。三十年前の当時でさえ、えらくノスタルジックな漫画であることに内なる懐かしさと心地よさを覚えつつも、そんなふうに感じるのを気恥ずかしく思ったことを覚えている。

 しかし、まもなく迎える五十歳を前にして、しかも、今のように社会の酷薄化が進んだ状況で目にするようになってみると、素朴なノスタルジーを越えた感慨深いものが湧いてきて、とても心を揺さぶられた。ずいぶんと遠いところに来てしまったよなぁとの想いが拭いがたい。映画のラストで鈴木オートの社長則文(堤 真一)が妻トモエ(薬師丸ひろ子)と語る“五十年後の夕日”を僕が観るのは、今から三年後の五十歳になったときの夕焼け空なのだが、あの頃の人々が明日を想ったほどには及ばなくても、今よりは“少しは明日に希望を感じられる日本”であってほしいものだとしみじみ思った。

 僕より六歳下になるらしい山崎貴監督の映画作品には、いまどき珍しいほどにまっとうな少年世界の夢と冒険、ときめきを爽やかな後味とともに残してくれたジュブナイル('00)で大いに心惹かれていたのだが、続く『リターナー』('02)では『ジュブナイル』で色濃く見せていた彼のもう一つの特質である“ハリウッド映画好き”のほうばかりが前に出ていて、少々肩すかしを喰らったような気がしていた。今回は、その挽回のような形で僕が気に入っていた部分のテイストを全開にしたような映画作りで、原作にもあったユーモアのみならぬ少年の日々の不思議味も空想趣味もきちんと添えて、温かく爽やかな後味を残してくれたのが嬉しかった。

 それにしても、まだ貧しき時代のあの風通しのよさを果たして日本人は心に取り戻せるものか、訝しくてならないのが残念だ。並々ならぬ丹精で再現された、今は失われた昔の東京の町の様子ということでは二年前に観た『スパイ・ゾルゲも見事だったものの、本作にはそれ以上のものがあって、何よりも再現された町の佇まいに人々の息づきが宿っていた。そして、家にドアというものがなく鍵がろくに掛からないなかで暮らしていたことが、人の心にもドアを作らせず鍵を掛けさせなかったのかもしれないと改めて思った。

 僕自身は、日本経済のいわゆる高度成長期に育ち、小学四年になるまではドア仕切どころか自分の部屋自体がなかったけれども、その後の二度の引っ越しで、中学二年までは襖仕切の三畳の自室があり、中学三年からは鍵の掛けられるドアで仕切られた七畳の自室を得て、言わば段階を経ながら大きくなった。だからこそ、プライヴァシーの守られた自分の時間と空間が確保できることで培われるものの価値を人一倍感じているのだが、同時に孤立や隔たりといったものにも比較形のなかで応分感覚とともに出会ってきたように思う。そうして過ごしてきたなかでは、他方で応分に失われるものがあるにしても、プライヴァシーの確保されたなかでの自立の培養のほうに価値があると感じながら育ってきたのだが、今の世の中の荒廃を思うにつけ、実は失ったもののほうが大きかったのかもしれないと足元を揺るがされているような気がしている。そして、“自立した自由人”をほとんどの人が目指せるほどには、人というものの器は大きくはないのが人間なのではないかとも思ったりしている。だからこそ、ずいぶんと遠いところに来てしまったよなぁとの想いが湧いてきたりしたのだろう。でも、それは少々悔しいことではある。



推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
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推薦テクスト:「Muddy Walkers」より
http://www.muddy-walkers.com/MOVIE/always.html
推薦テクスト:「####【みぃ♪の閑話休題】####」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=9339&pg=20051106
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200511.htm#always
by ヤマ

'05.12.11. TOHOシネマズ3



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