『ドント・ウォーリー』(Don't Worry,He Won't Get Far on Foot)
監督 ガス・ヴァン・サント

 '91年に今はなきシネマライズ渋谷で『ドラッグストア・カウボーイ』を観たのが最初になるガス・ヴァン・サントは、翌年『マイ・プライベート・アイダホ』を観、'98年にグッド・ウィル・ハンティングを観て以来、お気に入りの作り手なのだが、'09年に『ミルク』を観て以降、'16年の追憶の森まで観る機会を得ていなかったので、今度は続けて観る機会が得られて幸いだった。思いのほか響いてくるものがあった。

 アルコール依存症に限らず何事においてもそうなのだが、自分が「正当な理由」だと思っていたものが実は「口実」だったと本気で思えるかどうかが鍵だとの示唆に、大いに得心した。そして、ジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)の背に浮かんだ手の跡のショットが美しかった。そこに、神秘的な超常現象を感じるのもいいだろうし、映画的なイメージショットだと解してもいいのだろう。大事なのは、そのときジョンのなかで何か大きな変化が生まれ、それがとても美しいものだったことだと思う。

 また、彼の脱皮には、漫画もさることながら、アンヌ(ルーニー・マーラ)から与えられた自信と自尊感情が大きいとしみじみ思った。異性から求められることの喜びのもたらす力のなんと大きなことかと改めて思った。そして、ジョン以上にアンヌの人となりへの関心が湧いた。彼女も実在の人物であるのなら、どのような来歴を経てジョンに辿り着き、キャビンアテンダントになっていかに生きた人なのか、知りたく思った。

 ハイライトは、やはりドニー(ジョナ・ヒル)の助言を得て、デクスター(ジャック・ブラック)に会いに行った場面だろう。彼がその境地に辿り着き得たことの奇跡に、とても心打たれた。民族レベルや国家レベルでこれを為し得る日が人類に来ることはないのだろうかとつい願わずにいられないくらい、昨今の情勢は、それとは逆のベクトルに向かっていて残念だ。

 折しも先日、移民問題に端を発したイギリスのEU離脱問題がこじれたことによって政変が起こったというニュースが報じられていたが、EU統合の根幹を揺るがせている移民問題の深刻化が何によって生じたかを思うとき、先ごろ観たばかりのバイスのことを思わずにいられない。ネオコンが利権のために引き起こした感のある湾岸戦争のもたらしたものを思い返すに、憤懣やるかたない想いが湧いてくる。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20190512
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2019/kn2019_06.htm#03
by ヤマ

'19. 5.14. ヒューマントラストシネマ有楽町



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