『モアナ 南海の歓喜』(Moana with Sound)['26,'80,'14]
『極北のナヌーク』(Nanook Of The North)['22,'98]
監督 ロバート・フラハティ

 僕がフラハティの名を知ったのは、'91年に山形国際ドキュメンタリー映画祭を訪れたときのことで、同映画祭コンペティションの大賞にその名が冠せられていたからだが、これまで『モアナ』を観る機会は得られずにいた。チラシにも記されているドキュメンタリーという言葉はこの映画からはじまった!とされるジョン・グリアスンによる言葉のことを知ったのは、高知県立美術館開館以来の四半世紀に渡る映画企画のなかでも別格の好企画だった“空想のシネマテーク”['02]での西嶋憲生によるレクチャーだったから、十七年前のことになる。そのときに名高い『極北のナヌーク』['22](50分版)と『アラン』['34]を観ることはできたものの、肝心の『モアナ』['26]が漏れていて、以来ずっと僕のなかでは宿題と化していたものだ。

 思い掛けなく今回観ることができた二作品は、ともに1920年代のオリジナルバージョンではなく[with Sound]となっているもので、共同で監督・製作・脚本をこなしたフラハティ夫妻の死後に制作された版であることがクレジットで示されていた。『極北のナヌーク』に付いているのは音楽だけだったが、『モアナ』には、まさしく音声が付いていた。両親の死後に娘のモニカが五十年ぶりで現地を訪ねて音や会話、民謡を録音し付け加えたものだそうだ。また、今回の『極北のナヌーク』は78分版とのことだから、十七年前に観たものより30分近く長いのだが、50分版になかったのがどの部分か判然としないものの、何となくセイウチ狩りの部分と吹雪からの避難に係る部分の一部だったような気がしている。

 十七年前の映画日誌敢えて最初に演出なしと出たクレジットが妙に胡散臭く、…例えば、最初のイヌイットの一見したところ一人乗りふうのカヤックから次々と家族が引き出されるところや氷原の小さな穴からアザラシを釣り上げる猟法など、実際に起こらないことではなかろうが、イヌイットのなかでも日常的な現実だとは思えない映像のような気がした。と記していたことについては、概ね同じ感想を抱いたが、仕掛けた罠だという氷原の穴から釣り上げていたのはアザラシではなく北極キツネだった。冒頭のクレジットでは、フラハティたちが現地を後にした二年後にナヌークが餓死したことを知ったと記されてもいたが、これについても、学者でもジャーナリストでもなかったと思われるフラハティが、極北の過酷さを演出するうえで使った修辞だったのではないかという気がしている。

 初めて観た『モアナ』では、実に洗練されたカメラワークに驚かされた。四年先立って公開された『極北のナヌーク』も昨今のドキュメンタリーフィルムのお約束のような手持ちカメラのぶれとは一線を画した安定感のある画像が観ていて気持ちよかったが、『モアナ』は数段進歩しているように感じた。モアナというのは女性名だろうと思っていたら男性名だったのだが、彼の弟がココナッツ椰子の木に登る姿の捉え方が椰子の実を採る作業の挟み方ともども実に見事で、思わず唸らされた。当時、どうやってこれを撮影したのだろうと思われるものは、『極北のナヌーク』での吹雪などでもあったが、『モアナ』では、岩に打ちつける荒々しい波飛沫、海での魚漁や海亀漁の様子など、実に劇的な臨場感に感心させられた。臨場感と言えば取りも直さず手持ちカメラといった安易な撮影に傾きがちな昨今のドキュメンタリー作家には、是非とも観てもらいたい作品だと思った。

 また、百年前【大正時代】の南太平洋サモアの人々の使用していた鍋などの鉄器と、植物の茎の皮を剥いで作る布やタトゥを施す成人儀式、シヴァ(踊り)の儀式の在り様などがとても興味深く映ってきた。婚約者のファアンガセが冒頭で行っていたタロイモの葉採集やモアナの母親が行なっていた布づくり、弟の行っていた椰子蟹をいぶり出すための火起こし、タロイモやパンノキ、グリーンバナナなどをタロイモの葉で覆って石焼蒸しにするパルサミに添えてココナッツカスタードをデザートに拵えていた食生活や、ファアンガセがモアナに香油を塗る仲睦まじい様子が印象深かった。

 かまくらのようなイグルー【家】で一夫二妻の同衾で暮らしていたナヌークの住む極寒の地とは比較にならない環境的差異が南洋サモアにはありそうに思えたが、かの地での複婚はどのような形態だったのだろう。一部においては世界的にも珍しい一妻多夫制のある地域だったような記憶もあるが、『モアナ』からは窺えるところがなかった。それはともかく、モアナとファアンガセが家で練習しているときのシヴァもよかったけれど、挙式本番での半裸で交歓している二人の踊りが、とても素敵だった。
by ヤマ

'19. 2.17. 喫茶メフィストフェレス2Fホール



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