『リバーズ・エッジ』
監督 行定勲

 行定作品らしい外連味とデリカシーに彩られた作品を観ながら、未読の原作を描いた岡崎京子は、僕が28年前に観たティム・ハンター監督の同名映画['86]に触発されて本作の原作漫画を描いたのではないかと思った。

 夜毎、港の岸壁に釣り糸を垂れ、暢気に昭和歌謡を口ずさみ、自省とは縁遠い無責任な噂話に興じることにいささかの懐疑も抱かぬ輩とは対照的に、自分が何者かわからぬことに不安と苛立ちを抱えながらエネルギーを持て余し、少なからず常軌を逸脱してしまう十代の姿には、いい歳になってもまだ思春期を終えられずに“自分探し”などと言ってふらついている輩が商魂たくましいコマーシャリズムの餌食になっているのとは違って、観ていて痛ましいものがあった。多少なりともそちらの側に身を置いた覚えのある者にとっては、もう一度還りたいなどとは思えない日々なのだが、そのあたりの痛々しさを巧みに描出していたように思う。

 人生という川の流れにおける十代の岸辺にて、生もしくは死というものに深く向き合った者と、たいして向き合わずに済ませられた者との違いは、世俗に塗れた大人になってしまえば、さしたる違いはないのかもしれないが、当の十代においては、実際に生死の境の際まで迫るほどの極端を引き寄せてしまう危うさがあるような気がする。

 思春期というのは、映画の最後に朗読されたウィリアム・ギブソンの詩の一節が語っていたような“相転移して新たな配置になるため”の模索であり、平坦な戦いなのかもしれないが、観音崎(上杉柊平)が小山ルミ(土居志央梨)や山田一郎(吉沢亮)に対してぶつけていた「陰」も、若草ハルナ(二階堂ふみ)の引越しの手伝いに来たときに見せていた「陽」も、いずれとも等価な二面性であって、一方が本性で他方が偽装というものではないことに得心のいく描き方をしているところに感心した。

 ハルナは、吉川こずえ(SUMIRE)と違ってまだ自覚をしていないけれども、性的指向性は、同性愛者なのだろう。代々木忠の作品を思わせるようなインタビュー画像の質問で「生きるって何だと思う?」という質問に対して「いろいろな物事にちゃんと感じることかなぁ」というような回答をしていたハルナが、観音崎の繰り返していた山田一郎への暴行や吉川こずえの抱えていた闇に無関心でいられなかったり、小山ルミの一件で逆上した観音崎から山田や吉川を逃れさせるために瞬時に身を挺してまで庇ってみせる感受性の強さを発揮していたのとは対照的に、観音崎とのセックスでは小山ルミと相反するようにまるで不感症然とした反応しかみせていなかったことが示していたのは、そういうことだったに違いない。上下とも下着を着けたままのベッドシーンをソフトタッチに撮って済ませてSCOOP!という映画のテイストを損なっていた二階堂ふみが、惜しみなく裸身を晒してそのあたりのニュアンスを充分に表現し得ていたことに感心するとともに、その裸身の若々しい美しさに魅せられた。ハルナに自分がゲイであることをカミングアウトする山田一郎と、同性愛者であることを自認していると思しき吉川こずえの両名ともを引き寄せたのも、同性愛者という性的指向性を潜在させているハルナに二人が感応したからだということなのだろう。

 また、山田一郎への暴行のことは知らない様子だった小山ルミが、観音崎との薬物を併用したSMセックスに耽りながらも、素の状態で振るわれた暴力には驚き咎めていた場面によって、性的指向性における彼女の選択が決して受忍的なものではなく、むしろ主体的なものであったことの念押しになっていた点にも感心した。薬物の調達ができなくて観音崎が誘いを断られていた場面とともに、観音崎の人物像を受け取るうえで留意すべき場面だったように思う。

 それにしても、焼死体を見つめる山田一郎の表情の変化は不気味だった。先ごろ観たばかりの羊の木で松田龍平の演じていた宮腰を彷彿させる凄みがあったように思う。観音崎はやわな分、あっさりと“相転移した新たな配置”への移行が約束されていて、山田への暴行も小山への放埒も彼にとっては“若気の至り”で済ませられるようになってしまう気がするが、山田一郎は危ないかもしれない。だが、彼こそに平坦な戦いを生き抜いて、宮腰に至る道を絶ってほしく思った。

 振り返れば、殺人も自殺も起こってはいない物語だった。田島カンナ(森川葵)は事故死だと解せる形にしていることが、原作どおりなのか映画化に際しての瀬戸山美咲【脚本】による改変なのかは、原作未読の僕には不明だが、後者のような気がして仕方がない。激しく苦しい思春期を生き延びることを主題にするならば、殺人も自殺も排除したいと考えたのではなかろうか。そのことを支持したいと思う。

 
by ヤマ

'18. 2.25. TOHOシネマズ3



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