『のぼうの城』
監督 犬童一心 、樋口真嗣


 先々月に観た天地明察もそうだったが、史実に材を得て映画的虚構を存分に凝らした時代劇の後味のいい爽快感が、実に心地よかった。

 魅力的な人と出会って親しく関係を持ちたいという欲求は、別に恋愛に限った話ではなく、人にとって根源的なものなのだと改めて思わせてくれる点でも、また、破格というものの魅力という点でも、両作には通じるものがあったように思う。木偶の坊の“のぼう様”と誰からも呼ばれながら人望のある成田長親(野村萬斎)もさることながら、本作では、とりわけ石田三成(上地雄輔)の人物造形が良かった。冷酷さのなかに見識と度量を蓄えていて、まるで『三国志』の曹操のようだった。

 それで言えば、さしづめ柴崎和泉守(山口智充)が張飛で、正木丹波守(佐藤浩市)が関羽、酒巻靭負(成宮寛貴)では少々及ばないのかもしれないけれど先ずは諸葛孔明ということになるのだろう。さすれば、確かに文武にさして秀でたところのない“のぼう様”が多くの人から慕われる図というのは、まさに劉備玄徳そのものだという気がしてくる。中国映画レッド・クリフでも農民と交わり草鞋を編んでいる劉備の姿が描かれていたように思うが、本作の“のぼう様”は暇さえあれば農民たちと過ごしている風情だった。加えて彼には田楽神楽の芸があり、飾らぬユーモアがあり、気骨もあるのだから、むしろ劉備より納得感がある。

 大谷吉継(山田孝之)の三成への諫言にいつもあった主題も、正木丹波守が長親に一目も二目も置いていた理由も共に、“人心掌握”だったように思う。そしてそれは、システム論やマニュアル術の浸透によって、今の世の中に最も失われてきているものだという気がする。だからこそ、巨大資本の合理性を極大化したような水攻め戦法を崩壊させる蟻の一穴の威力を見事に視覚化していた一連の場面が僕は大いに気に入ったのだろう。そうたやすくは思い通りにはならない人心を面白がりつつ、三成が見せていた犯人への対応の仕方も、曹操が先々の禍根を予感しつつも、捕らえた関羽の命を惜しんで遇したエピソードを髣髴させていたように思う。

 また、甲斐姫(榮倉奈々)を秀吉の側女に差し出せという同じ要求を発しても、長束正家(平岳大)が露骨に侮蔑的に挑発してきた際には拒んで、大将たる三成が儀礼を以って臨むなかで持ち出せば受諾した場面が、なかなか効いていたように思う。元々武闘派の父(平泉成)には反対気味だった長親が、領主たる兄の氏長(西村雅彦)からの開城の命に反し城代として開戦を決めた先の場面での一番の理由が必ずしも甲斐姫にあったわけではないことを示すうえでも、また挑発的な居丈高に単純に乗せられたわけではないことを示すうえでも、大事な場面だったように思う。言うなれば、ちよ(尾野真千子)の亭主が見せていた農民の“一寸の虫の魂”に通じるものであり、結果的に威力をも発揮した蟻の一穴の顕示にこそ長親の思いがあったことを描いていたわけで、野村萬斎が実に格好良かった。そして、長親の返事を耳にして複雑な思いに駆られている甲斐姫に「どうせ秀吉(市村正親)に抱かれることからは逃れようがないのだから、その前に惚れぬいた男に抱かれてこい」と声を掛けていた酒巻靭負の複雑な想いの窺える風情が格好良く、その言葉に対して素直に「うん、そうする」と答えて気を取り直し、前向きの笑みを浮かべた甲斐姫がなかなか素敵だった。

 太閤秀吉が刀狩を徹底的に行なう前だから、農民であっても戦道具を隠し持っている戦国時代なのだが、いざ蜂起するとなった際に正木丹波が呆れるくらいの武装集団と化し、五百の兵がたちまち三千の兵に膨れ上がった場面も愉快だった。誰が決めたことかと正木丹波守に詰め寄っていたたへえ(前田吟)が印象深く、柴崎や正木などのサムライが好戦的に決めた合戦は大きな迷惑だが、“のぼう様”が決めたのなら仕方がないと言を翻しつつ、むしろ意気軒高に喜々として臨んでいる風情さえあったように思う。ここにもまた、同じことを発しても誰の言なのかによって左右される人心なるものの真実が窺え、周到に対置されていたように思う。その真実とは、“誰の”というよりも“どういう思いでの”ということなのだろう。妻(鈴木保奈美)から腑抜けと見下されていた氏長と長束正家のほかは、敵味方も武士農民の別もなく登場人物の皆人が魅力的に造形されていて、145分をいささかも長いと思わずに愉しむことができ、大いに満足した。




参照テクスト:下川耿史 著『盆踊り 乱交の民俗学』読書感想文


推薦テクスト:「大倉さんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1879097903&owner_id=1471688
推薦テクスト:「お楽しみは映画 から」より
http://takatonbinosu.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-6fdf.html
by ヤマ

'12.11.12. TOHOシネマズ6



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