『天地明察』
監督 滝田洋二郎


 本作の光圀公(中井貴一)ではないけれど、「明察」という言葉は実に良いなと思わせてくれる作品だった。明察を求め、精進を重ねる数多の人々が純粋に“明察”そのものに生涯をかけている感じがとても気持ちがいい。解く喜び、解ることのワクワク感、通じる嬉しさというものを何の衒いもなく、囲碁、算術、天文と次々に大らかに映し出した序盤から、すっかり楽しくなった。

 安井算哲(岡田准一)が、囲碁において生涯先番負けなしとされる本因坊道策(横山裕)と通わせる気脈も、算術において関孝和(市川猿之助)の掲げた設問に対して美しいと感応し相見えぬままに親しく呼応させる数理センスも、共になかなか眩しく素敵だったが、やはり建部伝内(笹野高史)と伊藤重孝(岸部一徳)の二人と旅する北極出地の道中での身分を超えた頭脳家同士のリベラルで触発し合う関係の楽しげな様子が、格別だった。こういうキャラクターを演じさせるとツボに嵌る笹野・岸部のコンビネーションが絶妙で、算哲が二人を生涯の師としたのも頷ける長旅だったように思う。

 囲碁は僕も大いに愛好している趣味なので、ことさらに楽しく観た気がする。さすがに初手で天元に打つわけではないけれど、星打ちの好きな僕は、黒番だと三連星の後、天元に打つことが多い。定石はずしだとよく言われるのだけれども、好きだから仕方ない。算哲の幼い時分からの神道の師である山崎闇斎(白井晃)が諭していた「思うまま好きなように生きろ」は、恐らく、この初手天元を御城碁での本因坊道策との対局でおこなったエピソードから来ているのだろう。だが、そういうことよりも、優れた学業というものは、必ず先哲の薫陶や好敵手との研鑽によって導かれていることを強く印象付けていたところに好感を抱いた。

 そして、計算や数理を楽しめる頭脳を持っていることへの羨望を大いに誘われた。容疑者Xの献身の石神のような孤独で過酷な人生ではなかったところがいい。算術家の妹えん(宮崎あおい)を得ていたことの大きさが偲ばれてくる作品だったような気がする。

 正統なる時代劇ファンからすれば、看過できないような時代劇なのだろうが、作り手は、時代劇として撮る気は毛頭ないといった風情を端から見せていたので、意外に反発は招かないのではなかろうか。そういう点でも、とても上手く作られたエンターテイメント作品だったような気がする。

by ヤマ

'12. 9.17. TOHOシネマズ5



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