『ねじまき鳥クロニクル 第一部 泥棒かささぎ編
『ねじまき鳥クロニクル 第二部 予言する鳥編
『ねじまき鳥クロニクル 第三部 鳥刺し男編』 を読んで
村上春樹 著<新潮社単行本>


 何年前だったか、確かノルウェイの森』の映画化作品の日誌を綴ったときだったように思うが、僕が村上春樹を一冊も読んでいないことに驚かれた覚えがある。そのときに、村上春樹なら僕には『ねじまき鳥クロニクル』が、当時話題になっていた『1Q84』や『海辺のカフカ』などよりもお薦めだと言ってくれた読書好きの友人がいて、以来ずっと気になっていた作品だ。登場人物の誰もが、やたらと「わかるかな?」「わかりますか?」と口に挟みながら長口舌をするのがいささか気に障る物語ながら、なかなか興味深い小説だった。今から二十余年前に刊行された作品で家から持ってきたラジオカセットが棚にのっていて、…週末に近くの町に出てレコード店で気に入ったカセットテープを何本か選んで買ってくる(第三部 P76~P77)のが十代の笠原メイの楽しみだったりする時代の話だ。

 ロッシーニの歌劇『泥棒かささぎ』序曲が第一部に出てくる(P110)本作が、よもやノモンハン事件の話が、元伍長の本田の弁としてノモンハンは帝国陸軍にとっては生き恥を晒したような戦じゃったし、そこで生き残った兵隊はみんな、いちばん激しい戦場に送られることになったからな。まるでそれはあっちに行って死んでこいというようなものじゃった。ノモンハンででたらめな指揮をやった参謀たちは、あとになって中央で出世した。奴らのあるものは、戦後になって政治家にまでなった。しかしその下で命をかけて戦ったものたちは、ほとんどみんな圧殺されてしもうた(P98)という形で語られるような作品だとは知らず、大いに思い掛けなかった。

 なにも戦後70年を待って読み始めたわけではなかったが、急速に悪化が増したと思われる近年の世情に鑑み、奇縁のようなものを感じた。村上春樹を読むのはこれが初めてだから無論『海辺のカフカ』は未読だが、著作のタイトルに用いるくらいだから、フランツ・カフカが好きなのだろう。相通じるように感じられるシュールさと不条理感が、日本人作家らしからぬ乾いた筆致の些か饒舌な文体から浮かび上がり、思いのほか面白かった。

 例えば「熊が死ぬまでに」と言えば足るところを彼ら(熊)が生命という名で呼ばれている暫定的な状況に最終的に別れを告げるまでに(第三部 P123)と綴ることをもって文学的と考えているかどうかはともかく、過剰なまでの言葉の使い方に欧米的な修辞を感じたりした。日本語の小説の文中に“人間の正しい資質”(第二部 P54)などという言葉が出てくるとは意表を突かれたが、おそらく作者は映画ライトスタッフ['83]のファンなのだろう。

 また、日本的な私小説文学に端的な趣向としての卑近なリアリズムからは可能な限り遠く離れようとする強い意志を窺わせる“イマジネーションの飛躍と象徴性の追求に勤しむスタイル”には、日本文学らしからぬ興趣が印象深かった松浦理英子著『親指Pの修業時代以上のものがあって、時代性のみならず歴史性をも抱え込むスケール感を求めているように感じられた。

 そして、第一部を読み始めた早々に僕はいつかその全貌を知ることができるようになるのだろうか? あるいは僕は彼女のことを最後までよく知らないまま年老いて、そして死んでいくのだろうか? もしそうだとしたら、僕がこうして送っている結婚生活というのはいったい何なんだろう? そしてそのような未知の相手と共に生活し、同じベッドの中で寝ている僕の人生というのはいったい何なんだろう?(P57)との段落に出くわし、なんと若々しいのだと思わず刊行当時の作者の年齢を確認したら、四十代半ばですっかり驚いた。しかも、続く段落でもっとあとになってわかったことだが、そのとき僕はまさに問題の核心に足を踏み入れていたのだと記しているように、全三部の長大な作品の構成上の核心はまさにここにあったわけだから、本当に恐れ入った。

 語り手の「僕(岡田亨)」がクミコと結婚して間もない頃に聞いた義父の言葉である人間はそもそも平等なんかに作られてはいない、…人間が平等であるというのは、学校で建前として教えられるだけのことであって、そんなものはただの寝言だ。日本という国は構造的には民主国家ではあるけれども、同時にそれは熾烈な弱肉強食の階級社会であり、エリートにならなければ、この国で生きている意味などほとんど何もない。ただただひきうすの中でゆっくりとすりつぶされていくだけだ。だから人は一段でも上の梯子に上ろうとする。それはきわめて健全な欲望なのだ。人々がもしその欲望をなくしてしまったなら、この国は滅びるしかないだろう(第一部 P133~P134)や彼が義母に対して感じていた自分の価値観というものを持たないから、他人の尺度や視点を借りてこないことには自分の立っている位置がうまくつかめないのだ。その頭脳を支配しているのは「自分が他人の目にどのように映るか」という、ただそれだけなのだ。そのようにして、彼女は夫の…地位と、息子の学歴だけしか目に入らない狭量で神経質な女になった。そしてその狭い視野に入ってこないものは、彼女にとっては何の意味も持たないものになってしまった。彼女は息子に対して、最も有名な高校に行って、最も有名な大学に行くことを要求した。息子が一人の人間としてどのような幸せな少年時代を送り、その過程でどのような人生観を身につけていくかというようなことは、想像力の遥か枠外にあった。(P134~P135)というものは、何も彼らにだけ特別なことではなく、本作が刊行された二十余年前以上に浸透してきて、“勝ち組・負け組”だとかいう下品な言葉が人口に膾炙し始めて久しい今や、我が国の社会において代表的にもなっている“価値観”のような気がした。

 だから岡田が、僕はこれから長いあいだこの“世間”で、このような人間たちと同じ空気を吸って生きていかなくてはならないのだろうなと、僕はそのときに思った。これがその第一歩なのだ。そして何度も何度もこういうことが繰り返されるのだろう。そう思うと体の芯に激しい疲労のようなものを感じた。それは恐ろしいほどに浅薄で、一面的で傲慢な哲学だった。この社会を本当の根幹で支えている名もなき人々に対する視点を欠いていたし、人間の内面性や、人生の意義といったものに対する省察を欠いていた。想像力を欠き、懐疑というものを欠いていた。でもこの男は心の底から自分が正しいと信じているし、何物をもってしても、この男の信念を動かすことはできないのだ。(P134)との無力感と閉塞感も、二十余年前より遥かに浸透してきている気がしてならなかった。

 岡田の義父母に通底しているのは、私には興味があったのです。痛みのない人生というのがどういうものか、私は少しでもいいから味わってみたかったのです。(P178)と語る加納クレタがシンボリックに体現していた“底も見えないほどの深い無感覚”(P180)だということなのだろう。

 クレタが本当に痛みが存在しないのか、それとも痛みそのものは存在しているのだけれど、自分がそれを感じないでいるのか、私には判断できませんでした。しかしいずれにせよ、痛みはありませんでした。痛みだけではなく、そこにはどのような種類の感覚もないのです。…痛みのない生活――それは私が長いあいだ夢見てきたものでした。しかしそれが実際に実現してみると、私はその新しい無痛の生活の中にうまく自分の居場所をみつけることができませんでした。そこにははっきりとしたずれのようなものがありました。そのことは私を混乱させました。私は自分という人間がこの世界のどこにもつなぎ止められていないように感じました。これまで私は世界というものをずっと激しく憎んでいました。その不公平さと不公正さとを私は憎みつづけてきました。しかし少なくとも、そこにあっては、私は私であり、世界は世界でした。しかし今では世界は世界でさえありませんでした。私は私でさえありませんでした。(P182~P183)と語るようなアイデンティティ・クライシスというか、生命感の希薄さが、ノモンハン事件からシベリア抑留に至るなかで特に苛烈な体験をしてきた間宮中尉が岡田に語った話に、どこか重なってくるような気がした。

 すなわち墓地には私の墓がありました。(シベリア抑留から帰国した)私にはもう何も残されておりませんでした。私は自分が本当にがらんどうになったみたいに感じました。自分はここに帰ってくるべきではなかったのだと。それ以来今に至るまで、自分がどんな風にして生きてきたのか、よく覚えておらんのです。私は社会科の教師になり、高校で地理と歴史を教えました。しかし私は本当の意味で生きていたわけではありませんでした。私は自分に与えられた現実的な役割をひとつまたひとつと果たしてきただけです。私には友人とよべる人間はひとりもおりませんでしたし、生徒たちとのあいだにも人間的な絆というようなものはありませんでした。私は誰も愛しませんでした。私には、誰かを愛するというのはどういうことなのか、わからなくなってしまったのです。目を閉じると、生きたまま皮を剥がれていく山本の姿が浮かびあがってきました。何度もその夢を見ました。山本は私の夢の中で何度も何度も皮を剥がれ、赤い肉のかたまりに変えられていきました。彼の悲痛な悲鳴をはっきりと聞くことができました。そして私は何度も、自分が井戸の底で生きたまま朽ち果てていく夢を見ました。ときにはそれが本当の現実で、こうしている私の人生の方が夢なのではないかと思いました。…日本に戻ってきてから、私はずっと抜け殻のように生きておりました。そして抜け殻のようにしていくら長く生きたところで、それは本当に生きたことにはならんのです。抜け殻の心と、抜け殻の肉体が生み出すものは、抜け殻の人生に過ぎません。(P305~P307)ということだ。

 腕を失くした間宮中尉の負った心の傷は身体的欠損以上に重かったわけだが、苛烈な戦争体験を経ていなくても同じような“底も見えないほどの深い無感覚”に見舞われていると思しき人々が増えてきているような気がしてならないのは何故で、またそんな今の日本はこれからどうなっていくのだろうとついつい思わされたりしたものだから、予知能力のある本田伍長が間宮中尉に言った人間の運命というのはそれが通りすぎてしまったあとで振り返るものです。先回りして見るものではありません。(P269)に苦笑させられた。

 それにしても、浜野軍曹が間宮中尉に語った私たちが今ここでやっている戦争は、どう考えてもまともな戦争じゃありませんよ、少尉殿。それは戦線があって、敵に正面から決戦を挑むというようなきちんとした戦争じゃないのです。私たちは前進します。敵はほとんど戦わずに逃げます。そして敗走する中国兵は軍服を脱いで民衆の中にもぐり込んでしまいます。そうなると誰が敵なのか、私たちにはそれさえもわからんのです。だから私たちは匪賊狩り、残兵狩りと称して多くの罪もない人々を殺し、食糧を略奪します。戦線がどんどん前に進んでいくのに、補給が追いつかんから、私たちは略奪するしかないのです。捕虜を収容する場所も彼らのための食糧もないから、殺さざるを得んのです。間違ったことです。南京あたりじゃずいぶんひどいことをしましたよ。うちの部隊でもやりました。何十人も井戸に放り込んで、上から手榴弾を何発か投げ込むんです。そのほか口では言えんようなこともやりました。少尉殿、この戦争には大義もなんにもありゃしませんぜ。こうちはただの殺しあいです。そして踏みつけられるのは、結局のところ貧しい農民たちです。彼らには思想も何もないんです。国民党も張学良も八路軍も日本軍も何もないのです。…そういう人々を意味もなくかたっぱしから殺すのが日本の為になるとはどうしても思えんのです。(P207~P208)ということから言えば、浜野軍曹の言う“まともな戦争”というのは、既に前世紀において潰えてしまっていると改めて思わないではいられなかった。

 いま世界中で見られる紛争や戦争は、これと同様かこれ以上に酷薄なものになっているような気がする。それなのに、戦争について、それを止む無きものだとか、脳天気にも“備えあれば憂いなし”などと語ることのできる“底も見えないほどの深い無感覚”が蔓延してきていることが憂鬱でならなかった。それと同時に、第二部以降、どう展開していくのか興味津々となった。

 ところが、シューマンの『森の情景』の第7曲予言する鳥(P196)から標題が取られたらしい『第二部 予言する鳥編』は、第一部で出て来たノモンハン事件どころか、間宮中尉の話は、ほとんど出て来なくて大いに意表を突かれた。ただ、それによって、本作の主題が、どうやら“痛み”にあるらしいことが却って際立ってきたようにも感じた。そして、その“痛み”の反対側にあるのが“無感覚”であり、その“無感覚”という文脈に立つなかで生き物であるヒトにおける“性感”を捉えているような気がした。

 加えて、ヒトが“無感覚”から抜けだす鍵となるものが、記憶と想像力であると捉えているように感じた。だから、間宮中尉が岡田に送った手紙のなかで随分時間も経ちましたし、記憶というものもそれにつれて自然に変質していくものです。人が老いるのと同じように、記憶や思いもやはり老いていくのです。しかし中には決して老いることのない思いもあります。褪せない記憶もあります。(P63)と記しているものは、もちろん第一義的には“戦争の記憶”であり“間宮自身の記憶”であるけれども、同時に“歴史”に対する“人々の記憶”をも指しているようにも思った。

 岡田の記憶にある最初のデートでのクミコの言葉私たちがこうして目にしている光景というのは、世界のほんの一部にすぎないんだってね。私たちは習慣的に“これが世界だ”と思っているわけだけれど、本当はそうじゃないの。本当の世界はもっと暗くて、深いところにある(P103)と対照的な岡田の叔父が彼に語った言葉俺はね、どちらかというと現実的な人間なんだ。この自分のふたつの目で納得するまで見たことしか信用しない。理屈や能書きや計算は、あるいは何とか主義やなんとか理論なんてものは、だいたいにおいて自分の目でものを見ることができない人間のためのものだよ。そして世の中の大抵の人間は、自分の目でものを見ることができない。それがどうしてなのかは、俺にもわからない。やろうと思えば誰にだってできるはずなんだけどね(P309)のいずれにも偏重することない世界観を如何にして獲得するかということにおいて、最も重要な鍵を握っているのが“記憶と想像力”なのだろう。

 人類における戦争体験を個人における中絶に重ねたイメージで構成し、直接的に関与する者、間接的に関与する者、そのやむなき必要性とそれを生業の一部としている者の存在を仄めかしつつ、村上春樹は、その“記憶と想像力”にリアリティが宿る鍵として“痛みの感受”を意識しているような気がした。

 結局のところ(中絶手術を)後悔しているというわけじゃないのよ…それ以外には方法はなかったのよ。それははっきりしているの。でも私の気持ちを、私の感じていることを、あなたに向かって何から何まで正確に口にできないことがいちばん辛いのよ…私はそれをあなたに隠しているわけではないのよ。私はそれをいつかあなたにちゃんと言おうと思っているの。それはたぶんあなたにしか言えないことなの。でも今はまだ言えない。まだ言葉にすることができないの(P148)と言ったクミコの“いつか”は、第三部を終えても、まだ到来していなかった気がする。

 そして、著者が“痛みの感受”と対になる形で人の命に実感とリアリティを付与するものとして重要視しているのが“性感”なのだろう。第一部から半ば取って付けたように性的場面が頻出するのも、クミコが失踪に際して残して行った手紙に記されていた私は結婚前も、結婚してからも、悪いとは思うのだけれど、あなたとのあいだに本物の性的な快感を持つことができませんでした。あなたに抱かれることは素敵だったけれど、でも私がそのときに感じるのはすごく漠然とした、まるで他人ごとのようにさえ思える遠い感覚だけでした。それはあなたのせいではまったくありません。私がうまく感じることができなかったのは、純粋に私の側の責任です。私の中に“つっかえ”のようなものがあって、それが私の性感をいつも入り口で押し止めていたのです。でもその男の人との交わりによって、どういう理由でかはわからないけれど、そのつっかえが突然取れてしまうと、私には自分がいったいこれからどうすればいいのかわからなくなってしまったのです。…このような結果をもたらしたものの存在を、私は強く憎みます。どれほど私がそのようなものを強く憎んでいるか、あなたにはわからないでしょう。私はそれが“正確に”何であるのかを知りたいと思います。私はそれをどうしても知らなくてはならないと思うのです。そしてその根のようなものを探って、それを処断し、罰しなくてはならないと思うのです。(P192~P193)との決意の表明も、それを受けて岡田のなかに湧いたしかしクミコとの関係がもう過去のものになってしまったのかもしれないという可能性について考えれば考えるほど、僕はかつて自分のものであったクミコの体の優しい温もりを懐かしく思い出すことになった。僕は彼女と寝ることが好きだった。結婚する前だってもちろんそれは好きだったけれど、結婚して何年も経ったあとで、最初のスリルのようなものがある程度消えてしまったあとでも、僕は彼女と性交することを好んだ。僕はクミコのほっそりとした背中や、首筋や脚や乳房の感触を、今ここにあるもののようにありありと思い出すことができた。僕は性行為の途中で僕がクミコにしたことや、クミコが僕にしてくれたことをひとつひとつ思い出した。(P195)との思いを綴ることの意味も、そこにあるように感じた。

 それにしても、加納クレタが岡田に語った綿谷ノボルによって与えられた「性的な絶頂」(P235)の描出には、小説などで少なからぬ数のエクスタシー表現を読んだことがあるなかでも、今までに読んだことのない表現で、大いに驚いた。およそ官能的でないところが一興だった。

 岡田を井戸に閉じ込めた笠原メイが言ったたぶん人を殺すのって思っているより簡単なことだと思うな(P155)というのは、おそらく真実なのだろうと思う。だからこそ、人には“記憶と想像力”が必要で、そこに人の命の実感とリアリティを付与する“感覚”というものが大事なのだ。笠原メイが言ったあなたが今言ったようなことは誰にもできないんじゃないかな。『さあこれから新しい世界を作ろう』とか『さあこれから新しい自分を作ろう』とかいうようなことはね。私はそう思うな。自分ではうまくやれた、別の自分になれたと思っていても、そのうわべの下にはもとのあなたがちゃんといるし、何かあればそれが『こんにちは』って顔を出すのよ。あなたにはそれがわかっていないんじゃない。あなたは“よそ”で作られたものなのよ。そして自分を作り替えようとするあなたの“つもり”だって、それもやはりどこか“よそ”で作られたものなの。(P166)という指摘は、要は「さあこれから作ろう」などという思いには、感覚に根ざしたリアリティや実感が備わっていないということなのだと思った。

 モーツァルトの魔笛国じゅうに知らぬものなき鳥刺し男、パパゲーノとは俺のことだ(第三部 P121)から取られたと思しき『第三部 鳥刺し男編』で、第一部で提示された“戦争”と第二部で強調された“痛みや性的絶頂の感受”をどう繋げ、どのようにまとめるのか興味深かったのだが、読了して得心するような満足感が得られたわけではなかった。

 ただ第三部早々の岡田のモノローグとして、クミコの浮気における性行為に関して何故ならそれはおそらく“実際に起こった“ことだからだった。そして僕はそのイメージに自分を馴らさなくてはならないのだ。現実をどこかに適当に押しやってしまうことはできない。(P26)と語らせているあたりには非常に強いある種の意思が働いているように感じたし、人間ではなく敢えて動物の戦時の大量処分にまつわるエピソードを置いて獣医を戸惑わせていた…自分のなかにあるそのような見覚えのない無感覚さ(P127)と語らせていたところに苦心惨憺を感じたりもした。

 そして、人生には脈絡などなく、そもそも一貫性を欠くものだと考えているらしきメイ(P216)を置き、全三部の計72章のなかで唯一、その視点を章題として持つ(第三部第1章「笠原メイの視点」以下、副題にて7章)笠原メイがずっと問い続け、シナモンが真剣に探していると岡田が感じていた“自分という人間の存在理由”(P331)というものを、最後に“ねじまき鳥クロニクル#17”としてシナモンのコンピューターに残されていたクミコの手紙のなかで“それでは本当の私とはいったいどの私なのでしょう”。今この手紙を書いているこの私を「本当の私」だと考える正当な根拠があるのでしょうか。私は自分というものをそれほど確信することができませんでしたし、今でもまだできないのです。(P484)と記させることで締め括っていた本作に対し、結局そこにくるのかと“大山鳴動”のような想いを抱かないではなかったが、そのようななかでも僕はこのあざによって、シナモンの祖父(ナツメグの父)と結びついている。シナモンの祖父と間宮中尉は、新京という街で結びついている。間宮中尉と占い師の本田さんは満州と蒙古の国境における特殊任務で結びついて、僕とクミコは本田さんを綿谷ノボルの家から紹介された。そして僕と間宮中尉は井戸の底によって結びついている。間宮中尉の井戸はモンゴルにあり、僕の井戸はこの屋敷の庭にある。ここにはかつて中国派遣軍の指揮官が住んでいた。すべては輪のように繋がり、その輪の中心にあるのは戦前の満州であり、中国大陸であり、昭和十四年のノモンハンでの戦争だった。(P275)と断じていたことが目を惹いた。

 それと同時に、第三部では、二十余年前に今の日本の社会状況を見越していたかのようなパラグラフに数多く出くわして、僕にとっては、まさに今が読み時だったような気がした。

 例えば、綿谷ノボルの言葉として綴られていた“どうすればものごとの効率がよくなるのか”、戦後の歳月をとおしてそれ以外の哲学、あるいは哲学に類するものを我々日本人は生み出してきただろうか? しかし効率性は方向性が明確なときに有効な力である。ひとたび方向性の明確さが消滅すれば、それは瞬時に無力化する。海の真ん中で遭難して方向を失ったときに、力のある熟練した漕ぎ手が揃っていても無意味なのと同じだ。効率よく間違った方向に進むのは、どこにも進まないより悪いことである。正しい方向性を規定するのはより高度な職能を持つプリンシプルでしかない。しかし我々は今のところそれを欠いている。決定的に欠いている。(P270) これ自体は、何も二十余年前に限らず、それ以前から問題点として意識されていることであって、僕自身も三十年前に海と毒薬』['86]の映画日誌に「世の中が、どんどん非人間的な社会になってきている。効率性や数字が今ほど力を持った時代は、かつて存在しなかったのではないだろうか。」などと記している。だが、三十年を経た今、さらに「かつて存在しなかった」ほどに酷くなっているように感じている。

 また、間宮中尉の手紙に記されたたとえ思想そのものを信じることができたとしても、その思想や大義を実行に移す人々や組織をもう信用することはできませんでした。それは我々日本人が満州でやったことについても同じです。ハイラルの秘密要塞を建設する過程で、そしてまたその設計の秘密を守る口塞ぎのために、どれほどの数の中国人労働者が殺されていったか、あなたにはきっと想像がつかないでしょう。 そしてまた私は、ロシア人将校とモンゴル人による地獄のような皮剥ぎの光景を目撃し、そのあとモンゴルの深い井戸の底に落とされ、あの奇妙な鮮烈な光の中で生きる情熱をひとかけら残らず失ってしまっていたのです。そのような人間にどうして思想や政治などというものが信じられるでしょう。(P371)との不信の念が、間宮中尉のような体験を経た人間に限らず人々に蔓延している状況も、「かつて存在しなかった」ほどに酷くなっている気がしてならない。

 そして、シベリア抑留に関して間宮中尉が記した委員会の変質によって労働環境もまた少しずつ悪化し、結局は元の木阿弥のような状態に戻ってしまいました。我々は自治とひきかえに、生産量のノルマをボリスに約束したわけですが、その取り決めは我々にとって次第に大きな重荷になっていきました。ノルマは名目をつけて段階的に引き上げられ、その結果私たちはむしろこれまで以上に過酷な労働を押しつけられることになったのです。…自治というのは結局のところ、これまでロシア人がやっていた労務管理を日本人仲間がかわりに引き受けるようになったというに過ぎなかったのです。 もちろん捕虜のあいだの不満は募りました。かつては等しく苦難を分かち合っていた小さな社会に不公平感が生まれ、深い憎しみや猜疑心が生じました。ボリスに仕える連中は軽い労働と余得を与えられ、そうでないものは死と隣合わせになった過酷な生活を送らなくてはなりません。しかし大きな声で不平を言うことはできませんでした。表立った反抗は即ち死を意味するからです。(P402~P403)との一節について、ロシア人の部分を戦後の日米同盟におけるアメリカに置き換えたり、日本国内におけるいわゆる“勝ち組”に置き換えた“正規労働と非正規労働の分断による格差社会の伸展”を思ったりしないではいられなかった。

 モスクワの秘密警察幹部から更迭された皮剥ぎボリスが間宮中尉に語ったソビエトは駄目だ。残念ながら見込みはほとんどないね。皇帝時代の方がまだましなくらいさ。…我等がレーニンはマルクスの理屈の中から自分に理解できる部分だけを都合よく持ち出し、我等がスターリンはレーニンの理屈の中から自分に理解できる部分だけを――それはひどく少ない量だったが――都合よく持ち出した。そしてこの国ではな、理解できる範囲が狭い奴ほど大きな権力が握れるようになっているんだ。それは狭ければ狭いほどいいんだ。いいかマミヤ中尉、この国で生き残る手段はひとつしかない。それは何かを想像しないことだ。想像するロシア人は必ず破滅する。私はもちろん想像なんかしないね。私の仕事はほかの人々に想像させることだ。それが私の飯のたねだ。(P408)に至っては、これを反知性主義との批判を浴びている現政権の強権的政局運営への皮肉として読まずに過ごすのは、むしろ難しいくらいに思った。

 さらに、闇の中で岡田がクミコに語った“いくつもの思いつきをひとつに繋げたもの”だという綿谷ノボルは、どうしてか理由はわからないけれど、ある段階で何かのきっかけでその暴力的な能力を飛躍的に強めた。テレビやいろんなメディアを通して、その拡大された力を広く社会に向けることができるようになった。そして彼は今その力を使って、不特定多数の人々が暗闇の中に無意識に隠しているものを、外に引き出そうとしている。それは本当に危険なことだ。彼の引きずりだすものは、暴力と血に宿命的にまみれている。そしてそれは歴史の奥にあるいちばん深い暗闇にまでまっすぐ結びついている。それは多くの人々を結果的に損ない、失わせるものだ(P441~P442)の示す人物像が、二十余年前に“予言する鳥”がもたらしていた現首相の姿に思えて仕方がなかった。



<メモ>
作中に出てきた映画タイトル
:映画タイトルとしてではないが『トニー滝谷』(第一部 P30)『夏の日の恋』『ボーイ・ハント』『避暑地の出来事』(第一部 P103)イージーライダー(第三部 P239)

妙に個人的に反応してしまった言葉
一人の人間が誰かを憎むとき、どんな憎しみがいちばん強いとあなた思いますか? それはね、自分が激しく渇望しながら手に入れられないでいるものを、苦もなくひょいと手にいれている人間を目にするときですよ。(第三部 P353~P354)・・・牛河秘書

戦争のつくりかたアニメーションプロジェクトwhat happens before war?
http://noddin.jp/war/


by ヤマ

'16. 2.13. 新潮社



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