『Nine』(Nine)
監督 ロブ・マーシャル


 この俗っぽさと外連は、流石シカゴ('02)のロブ・マーシャル作品だとすっかり感心した。豪華キャストによるミュージカル映画ということしか知らなかったから、観ているうちにタイトルの『Nine』は81/2+1/2ということだったのかと気づくなかで、ある種の感慨が湧いてきたが、そのような感慨が及ばない若者には、どのように映ったのだろう。

 僕の覚えた感慨とはすなわち、ヨーロピアン作家主義とは全く異なる映画志向を持つハリウッドが、その欧州作家主義の巨人の一人であるフェリーニというマエストロに真正面から目を向け、リスペクトを保ちつつ、その作家性を笑うのに半世紀の時間を要したということと、それだけの時間を要しつつも、ここに確かに到達したように感じられたという感慨だった。

 +1/2というのは、言うまでもなく歌とダンスによって加えられた『女の都』('80)ということなのだろう。僕が81/2('63)を観たのは、四半世紀前の26歳のときだが、フェリーニの有している作家性の解題を自ら行なって見せてくれた作品としての鮮烈な印象があって、創造とは即ち沈黙であり、沈黙の表現とは即ち徹底的に私的な閉じ籠りを示すことだと語っているように映った覚えがある。しかし、本作では、その閉じ籠りが、妻ルイザ(マリオン・コティヤール)と愛人カルラ(ペネロペ・クルス)の間に挟まれて手詰まりになっているグイド(ダニエル・デイ=ルイス)の姿に重ねられていたところが何とも可笑しかった。そのグイドの手詰まり感には、先ごろ読んだ『十年不倫の男たち』衿野未矢 著)に(十年不倫を続けるその男性は)弱い立場の相手を利用しようとする性格でもない。まじめに考えると、責任の重さに押しつぶされそうになる。だから事実から目をそむけ“主導権は彼女のほうにある”という着地点に落ち着こうとしていたのではないだろうか。まじめな人ほど、結果として、ずるい考えに逃げずにはいられなくなるのである。…そしてまた、こうしたタイプの男性に愛情を感じるのは、彼のまじめさや、現実に直面できない弱さに気づき、受け入れることができる女性である。彼の葛藤や逡巡を先回りして、強がってしまう。二人のバランス・ゲームは複雑化し、よけいに結びつきが深くなる。だから別れられない。そんな図式が見えてくると記されていた部分と重なるものがあったように思われるところがミソだ。そして、それはマエストロの重圧に対しても同様だということを描いていたような気がする。

 それにしても、ペネロペ・クルスが歌い、肢体をくねらせていた開幕早々の“A Call From The Vatican”は圧巻だった。トップ女優にしてこれだけのパフォーマンスを果たせる女優は、少なくとも邦画の世界にはいないような気がする。次に出てきたのは、ベテラン衣装スタッフの旧友リリーを演じたジュディ・デンチの歌う“Folies Bergere”だったように思うが、芝居に留まらない彼女の歌の表現力の豊かさに驚かされた。

 幼き日のグイドの女性への憧れの目覚めに繋がる娼婦サラディーナを演じたファーギーの“Be Italian”“Quando Quando Quando”が見事なのは、歌手が本業らしいから当然にしても、色を仕掛けてくる芸能記者ステファニーを演じたケイト・ハドソンの“Cinema Italiano”やマリオン・コティヤールの歌う“My Husband Makes Movies”“Take It All”、さらにはダニエル・デイ=ルイスの歌う“I Can't Make This Movie”“Guido's Song”を聴いていると、ハリウッドスターのショーマンシップの凄さというものに圧倒される。

 グイド作品のミューズ女優たるクラウディアを演じていたニコール・キッドマンの歌っていた“Unusual Way”もムーラン・ルージュのとき以上のパフォーマンスだという気がしたし、グイドの母親を演じたソフィア・ローレンの歌う“Guarda La Luna”には、歌としては弱みが窺えながらも、それを補って余りある女優としての貫禄を見せつけられたように思った。

 そして、男の人生を形作り彩るのは畢竟、女性の存在に他ならないことを、その厄介さと根深さとともにナイスバディの大盤振る舞いで描き出されると、そのことと真正面から格闘していたグイドに、羨ましさと気の毒がない交ぜになった複雑な思いを抱きつつ、ある種の親しみと微笑ましさを覚えた。華やかさの影で、やはり彼は、傷んでいたのだろう。そして、フェデリコ・フェリーニも。



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by ヤマ

'10. 3.20. TOHOシネマズ3



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