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『僕のピアノコンチェルト』(Vitus) | |||||
監督 フレディ・M・ムーラー
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主人公の少年の名前を原題とする作品の邦題を『僕のピアノコンチェルト』としてあるのは、なかなか気が利いていると思った。ピアノソナタではなくピアノコンチェルトとしてあるのは、単にラストのハイライトシーンがそうだからということではなく、そのハイライトシーンに作り手が込めている意図を汲んでのことだろう。独奏楽器を管弦楽が引き立て魅力を引き出す協奏曲なれば、ピアノ1台では演奏できない一方で、あくまで主役はピアノであるという点で、己が人生に向けた心構えと重なる意味合いが込められているような気がした。すなわち“僕の人生”ということだ。あくまで主役は自分自身だけれど、自分独りでは決して生きてはいけないのが人の生というわけだ。 協奏曲でのピアノのごとく華麗でエネルギッシュで少々尊大な響きを奏でていたのが、天才少年ヴィトス(テオ・ゲオルギュー)であり、管弦楽のごとく豊かで厚みのある響きでピアノを育み刺激していたのが祖父(ブルーノ・ガンツ)であったわけだが、ブルーノ・ガンツが滲ませていたユーモアと品格と稚気が味わい深く、そのままにそれこそが男の子が備えなくてはならない人格形成要素であることを教えてもいたように思う。あの祖父がいなければ、天才少年はどこかで潰れるか病んでいたような気がしてならない。 二十年前に綴った『市民ケーン』や『アマデウス』『マリリンとアインシュタイン』の日誌などにも記した“突出した能力ゆえに一般の人と同じ地平には立てなくなる孤独と不幸”は、ヴィトスにもかなりの強度で働いていたように思う。彼の出した答えは、事故の後遺症で能力を失ってしまったという事態を引き起こすことだったが、そのことをそんなに首尾よく演出し続けられるとは思えないけれども、ほぼ完璧に果たし得たというのは、祖父の言う彼の能力の高さのみならず、そうすることの必要性への切実感の強さの現れでもあったのだろう。“僕の人生”を“僕の人生”たらしめるうえでの一番の障碍となっていた母親ヘレン(ジュリカ・ジェンキンス)が、見せてはなるまいとしながらも滲ませてしまう落胆を間近に観ることは、「母が愛していたのは僕の才能であって僕自身ではない」といった失意や僻みにまでは陥らないだけの利口さを備えたヴィトスであったにしても、少なからぬ心的外傷を及ぼしたように思う。まして母親をそのような目に遭わせているのが事故ではなく自分自身であるだけに疚しさも働いて、より深く傷つく可能性が高い。そういうなかで、才を失う前と後で自分への眼差しが全く変わらなかったのは、祖父だけだとの思いが募っていたようにも感じられたのだが、それゆえに祖父は、ヴィトスにとって最も必要な存在となったのだろう。 そのあたりの屈託や苦衷にむしろ焦点を当てていたところが、作り手の面目だったように思う。スーパーマン好きのアメリカ人の映画には、こういったミラクル・ボーイものがけっこうあるように思うのだが、最後が同じくハッピーエンドのような形になるだけに、この作品全体では、ハリウッド映画と全く異なる欧州風味を際立つ印象として残してくれていたことが面白く、また興味深かった。 しかし、これらの点では、いい映画だと思いながらも、実質的にはインサイダー取引に他ならない株式投機から始めただけに殊更にヴィトスのマネーゲーム的な金の儲け方が気に食わなくて、よくよく僕は、「自分が働く代わりに金を働かせてるんだ」などと嘯く輩を嫌悪しているのだと、改めて思った。そんなところに目くじらを立てるような作品でもないことは百も承知なのだが、そうして儲けた金で手に入れた祖父の遺品の自家用プロペラ機を自ら操縦して、これまた広大な敷地のなかの大豪邸に住む世界的に高名なピアニスト女史の自宅に乗り付け、今度は母親の敷くレールではなく自分の意思による選択として、ピアニスト女史との会見を行い、立派な音楽ホールに大聴衆を集めて管弦楽団との共演によってデビュー公演を果たすヴィトス少年が、単に羽振りのいい生活をするための金儲けではなく、大金を儲けることによって真の“僕の人生”の歩みを始めるための第一歩となる、ピアニスト女史を訪ねるためにプロペラ機を操縦して飛び立つ場面をオープニングシーンにしているこの作品を、あまり支持する気になれないような思いに見舞われた。父親の失意と窮地を救うことにしても、相場的には非常識と呆れられる高額で大金にモノを言わせて買い取る手法によって果たしていた。確かに金がモノを言うのが現実なのだろうが、こういう寓話的な世界に、その現実を有り体に持ち込まれると少々興醒めしてしまうようなところが僕にはあった。 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20071208 | |||||
by ヤマ '08. 3.19. 美術館ホール | |||||
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