『華麗なる恋の舞台で』(Being Julia)
監督 イシュトヴァン・サボー


 二十二年前にコンフィデンス・信頼を観て以来、強く印象づけられているサボー監督の作品は、高知ではなかなか観る機会を得ないのだが、サマーセット・モームの小説を原作とし、1938年のイギリスを舞台にした、ハンガリー出身監督によるアメリカ映画は、時代も国籍も超えた普遍性を獲得していて、ドラマ的にも視覚的にも豊かな含蓄を備えた堂々たる作品だった。最近のアメリカ映画は冴えないという風評のなかで、先頃ドリームガールズを観て、その卓抜した造形力と映画としての豊かさに瞠目させられたばかりだったが、この作品を観ても、優れた映画作品に出会ったときならではの充足感によって、ちょっとした幸福感を与えてもらえたような気がする。
 どちらも舞台という“華と夢”を演出する場にその生を託した人物たちの人間ドラマであることで通じており、サボー監督作品ということでは、『コンフィデンス・信頼』('79)でも『メフィスト』('81)でも描かれた“演じる”という人の振る舞いのなかで、得るものと失うものとがしっかりと捉えられていたように思う。その“演じること”というのは、原題の『ジュリアであること』そのものであったわけだが、同時にこのタイトルは、美貌と演技力で舞台に君臨する大女優ジュリア・ランバート(アネット・ベニング)が、四十五歳の中年期を迎えて衰えつつある自身の容色に脅かされながら、女優としての成功にも倦怠を覚えるなかで、彼女がジュリアであり続けるために必要なものが何であるのかをも問い掛けていたように思う。
 最初に倦怠からの脱出を彼女にもたらし、生き生きとした生の輝きと舞台女優としての演技の充実を引き出したのは、日本映画の東京タワーにも描かれたような息子ほどに歳の離れた青年トム(ショーン・エヴァンス)とのめくるめく恋であり、その恋がもたらす充足感と女としての自信の手応えだったわけだが、二十年来の友人であり続けながら一度も自分を口説いてこないことに対して、信頼と安心を寄せつつも物足りなく思っていたことが偲ばれたチャールズ卿(ブルース・グリーンウッド)から忠告されたとおり、トムは若い駆け出し女優のエイヴィス(ルーシー・バンチ)との恋に心を移していく。大人の女としての貫禄と余裕を見せつけつつも「88歳も若返った気分」と長年の付き人エヴィ(ジュリエット・スティヴンソン)に零してはしゃぐジュリアの有頂天と華やぎにイノセントな輝きを与え、若き恋人の心変わりに対する失意と悔しさに自負と抑制を滲ませていたアネット・ベニングが素晴らしかったが、圧巻は、何と言っても、野心に溢れるエイヴィスがジュリアの愛息の筆おろしを足掛かりに、若き恋人トムのみならず夫マイケル(ジェレミー・アイアンズ)をも寝取って、“若さの驕り”に増長しつつ舞台でもジュリアに張り合ってきたことに対して痛烈なしっぺ返しを喰らわせる場面であった。完膚無きまでに打ちのめす女同士の戦いの凄みと才能のみならず年季に裏打ちされた実力のほどに圧倒されつつ、青年との恋にイノセントにはしゃいでいたときの輝きなど比較にならない光彩を放つアネット・ベニングに魅せられていた。
 誰かによって、何かによって、輝きを与えてもらうのではなく、自らの力で光を放つのが本当の輝きだということだ。チャールズ卿が距離を置こうとし始めたときも、トムが離れて行き始めたときにも、まるで舞台の台詞であるかのように全く同じ台詞を繰り返している自分に気づいて微かに狼狽するばかりか、愛息から、プライヴェートでも“演じる”言葉に取り込まれてしまっていることを指摘されていたジュリアが、ある種の開き直りとも言える形で改めて“演じる”ことを引き受け直して舞台女優としての人生を歩み始めるわけだ。当然ながら、それは倦怠からの脱出を意味している。
 最初のデートでセックスに及んだと見るや二度目は会って直ちにセックスに向かおうとする塚本を振った魂萌え!の敏子は、エイヴィスならぬ昭子との一騎打ちの後、白い軍手を填めて映写機を回す姿のなかに輝きを宿らせていたのだが、ジュリアの舞台での再生にもそれと重なる輝きが宿っていたように思う。何かと言えば、老いも若きも恋愛至上主義に囚われているかのような昨今の趨勢のなかで、両作とも、女性の生の輝きに色恋を越えた自身の力のほどを付与しているところが美しく力強いように感じた。このとても現代的で柔らかなフェニミズムに満ちた作品が、さしたる潤色のないまま原作にあったものだとしたら、モームは大した作家だと思うし、この品のある味わいが映画化によってもたらされているものならば、脚本のロナルド・ハーウッドとサボー監督の功績は絶大だと思う。ちょっと原作を読んでみたくなった。


推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2007/2007_02_26_2.html
by ヤマ

'07. 3.10. 梅田OS名画座



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