『東京タワー』
監督 源 孝志


 恋愛というものは、物凄くエネルギーを要するものであったことを改めて思い起こさせてくれるだけの力の宿っている作品だと思った。殊に有夫恋で若い男を相手にした場合、年嵩のまさる女性の負うものは、相手に比べて格段に大きく重く、小刻みに自身のなかに訪れる“内なる覚悟を迫られる瞬間”の回数が比べようもなく多い。

 この作品は、年若い美男との恋愛の甘美さと厄介さを双方ともに濃密に描き出していて、思いの外、観応えがあった。そのうえでは、登場人物のほぼ全てが自身の負ったもの負わされたものをきっちりと受け止め、そこに誤魔化しや狡さを忍び込ませることなく、悪びれも潰れもせずにきちんと向き合おうする魂の健全さを備えていたことが大きい。18歳の透(岡田准一)ともう三年にもなる関係を続けて41歳になった詩史(黒木 瞳)、18歳のときに透と詩史の関係に触発されて踏み出したクラスメイトの母親とのセックスが露見し一大事件になったことのある耕二(松本 潤)、その現場を目撃してしまう娘の吉田(平山あや)、21歳の大学生耕二との関係に溺れてしまいそうになった35歳の喜美子(寺島しのぶ)、妻詩史と透の関係に気づきつつもそれが表立つまで一切動こうとしなかった浅野(岸谷五朗)、いずれの人物にしてもそうだった。

 そして、ろくでもない恋に嵌っている四人なのだが、ろくでなしは一人もおらず、矩を越えても越えたなりの節度と自省を以て常に臨んでいたから、ある種の納得感が得られたのだと思う。設定も展開も小説的虚構性に満ちた特異性と空想性に覆われている印象を与えるのに、生半可ではない現実感をも同時に宿らせているのだから、けっこう大したものだと感じたのだが、やはり人物造形に魅力があったのだと思うと同時に、それは原作者江國香織の功績であるような気がした。

 小説作品は読んだことがないのだが、映画化作品は『きらきらひかる』を観逃しているものの、『落下する夕方』『冷静と情熱の間』ともに面白く観た覚えがある。前者の日誌には「いかにも女性的な“ファンタジーとしてリアルである”というちょっと変な感じ方をした」と綴っていたが、今回の作品は、女性的なファンタジーとしてリアルであると同時に、造形世界に持ち込んだファンタジーとリアルとの匙加減の絶妙さが印象深かった。それゆえに、時に失笑ぎりぎりの台詞を多用しながらも、それが作品を壊さずに、奇妙な味わいへと転化する見事さとなって結実していたように思うのだ。

 また、場面的には、乱暴な運転で耕二の運転する高級新車に故意に追突を仕掛け「耕二クン、絶対に私を許しちゃいけないからね」という台詞を発した場面が気に入った。寺島しのぶの演技が印象深く、その直前にステージでフラメンコを踊る喜美子に見惚れる耕二を描くことで、ここを彼女の見せ場として際立たせていた作り手に感心するとともに、ありがちな「忘れないで」を「許しちゃいけない」という言葉に置き換えて心情表現していたのも気が利いているように感じた。

 それにしても、千々に乱れた末に終結させた喜美子にしても、自身の制御を超えた透の熱情によって思惑違いの状況を招きながらも思い切った貫徹を選択した詩史にしても、恋に向かうエネルギーの潔さという点では、中年男の若い女性との恋愛とは比肩しがたいものがあり、やはり恋愛というフィールドは女性が得手で主役の世界だと改めて思った。そのうえでは、とりわけ透を純情可憐な乙女さながらのキャラクターに設定して描いているところが効いている。男の僕からすれば、さすがに観ていて耐え難い瞬間もあったのだが、これはまさしく、中年男と若いうぶな女性の恋において、これまでステレオタイプに描かれ続けてきた女性像なのだ。作り手が意図的に確信を以て、従前から小説や映画で描かれ続けてきた“美しく健気な若い愛人女性”の姿を忠実になぞっていたのだと思う。ひょっとするとそこには皮肉を込めた意図もあって、かつて女性がそれを目にするときに味わっていたものを男の側に返してみる狙いがあったのかもしれない。

 そんなことを思ったのも、実に対置の構図が行き届いている作品構成だったからだ。単に二組の年上の女と年下の男の恋愛が描かれていたわけではない。ある種の一途さを体現する役回りを透と喜美子に歳と性を入れ替えてあてがい、現実をわきまえつつ相応の真摯さで向かう役回りを詩史と耕二にそれぞれ与えている。そうすることで年齢による違いや性別による違いをニュアンス的に膨らませ、さらに詩史と耕二には、ともに親しい友人の歳離れた肉親と性関係を持たせていたわけで、これによって透の母陽子(余貴美子)と吉田が対置される形になる。小説的虚構性として、実に的確で整った構成だったように思う。



参照テクスト掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録

参照テクスト江國香織 著『東京タワー』読書感想文
by ヤマ

'05. 1.20. TOHOシネマズ9



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