『華氏911』(Fahrenheit 9/11)
監督 マイケル・ムーア


 カナダの傑作ドキュメンタリー映画マニファクチャリング・コンセントを彷彿させたボウリング・フォー・コロンバインからすると、いささか物足りない出来栄えだった。あれだけ冴え渡っていた編集と構成が漫然とした印象さえ残し、素材の力に負うばかりで、活動家としての作り手の主張だけが目立って、クリエイターによる映像作品という点からは、その見映えに随分と観劣りを感じた。
 また、その主張も反ブッシュに単純化し、分かり易すぎるほどに率直ではあるものの、奥行きに乏しい作品になっていたように思う。先の作品で感銘を受けたカナダ的メディア・リテラシーに富んだ出来栄えのあまりにもの変容に、帰宅後チラシを見ると、アメリカ作品になっていた。前作のチラシに製作総指揮ウォルフラム・ティッチー、編集カート・イングファーとあったのに、今作のチラシにはスタッフ表記が一切ない。名実ともにムーアのワンマン映画になったということなのかもしれない。気になって仕方がないので調べてみたら、編集はイングファーで変わりがなかったが、製作に名を連ねる面々は総替わりしていた。
 映像として目の当たりにすることは初めてではあっても、情報的には驚きを以て知らされたような印象を残すものが殆どなかったことも、インパクトの低下に繋がっていたように思う。ゴア対ブッシュの大統領選の不正疑惑の話は、半ば忘れていて、あぁそう言えばという感じだったが、ブッシュ父子とサウジの濃い関係とか、ブッシュがオバカであるらしいとかの話は既に巷に出回っている。エンロン社やハリバートン社のことは新聞報道でですら目にしたことだ。そんななかで与えられた直接的なメッセージである、前線に送られた兵士やイラクの民衆が被った悲劇が何だったのかということにしても、実に真っ当なだけに新鮮なインパクトがあるわけではない。ベトナム戦争を描いたプラトーンを観て、二十年近く前に綴った映画日誌にその圧力の前にまともに晒されたのはアメリカそのものではなく、アメリカのエスタブリッシュメントの生贄のような貧困階層や有色人種の青年兵士なのである。とかアメリカの非を強調する以上に、アメリカの何がそれを生み出し、いたずらに尾を引かせたのかを見極めなければならない。そこに見えてくるのは、アメリカに限らぬ、エスタブリッシュメントの持つ権力の傲慢さと醜怪さなのである。と書いたことと、本質的には何ら変わらない。
 ただ、そうではあっても、イラクとミシガン州フリントの息子を失った二人の母親たちの姿とブッシュ政権の面々を交互に映し出されると、観ていて穏やかならざる気持ちにはさせられるし、サウジ大使館の前で撮影をしようとするとどうなるのかと現場に赴くムーアの実証的な姿には、やはり力がある。それにしても、政権中枢の面々を映し出すときには、どれもが著名人で見覚えがあるだけに、よくもまぁこれだけ悪人面かマヌケ面してるときばかりを集めてきたもんだと感心するやら、呆れるやらで、いずれにしても些か趣味が悪く、あまり気分のよいものではなかった。『ボウリング・フォー・コロンバイン』にあった、ある種の爽快感がどこにも宿っていなかったように感じられたのが最大の不満だ。とは言え、この作品にはこうして公開され多くの人に見られるだけの値打ちがあると思う。特に日本においては、現政権が単に支持・同盟関係にあるばかりでなく、その政治的な指向性と手法がいかに似通っているかを想起させるに充分なところに意味がある。どちらも休暇が好きで、責任感覚に乏しい丸投げ体質の二世政治家だというところまで同じだと、政権維持の手法において北朝鮮問題を好餌に愛国称揚と国権強化に勤しみ、地方都市を廃墟にし向けていくのも無理はないと妙に得心がいったりする。
 思えばムーアは、ブッシュ再選阻止のために、クリエイターによる映像作品としての質的低下を敢えて厭わずに、完成と公開の時期を急いだのかもしれない。そのくらい反ブッシュに懸ける意気込みには、並々ならぬものが宿っていた。前作レベルの冴え渡った編集と構成を果たすには、アニメーション製作や映像ソースの入手や抽出も含め、相当な時間を要するだろうから、もしかすると、ビンラディン家の資金運用担当者名とされる人物の名前が黒塗りされたほうの開示文書を入手し直した時点で、それ以上の時間を掛けることを断念したのではないか。あまりの落差にそんな気さえしてきた。


推薦テクスト:「La Dolce vita」より
http://gloriaxxx.exblog.jp/51261/
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0409-1911.html
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2004/2004_09_06.html
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20040824
推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordF.htm#fahrenheit911
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2004kacinemaindex.html#anchor001160
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200408.htm#911
推薦テクスト:「多足の思考回路」より
http://www8.ocn.ne.jp/~medaka/diary-fahrenheit911.html
推薦テクスト:「銀の人魚の海へ」より
http://www2.ocn.ne.jp/~mermaid/ka1.html#華氏911
推薦テクスト:「シネマ・チリペーパー」より
http://homepage3.nifty.com/ccp/hihyou/k911.html
by ヤマ

'04. 9.16. TOHOシネマズ5



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