『チルソクの夏』
監督 佐々部 清


 1977年の7月7日には19歳だった僕と映画の彼女たちとは学年で2つ違いになるのだが、17歳の郁子(水谷妃里)が釜山の安クンの母親から受け取ったような手紙を僕も17歳になったばかりの春に受け取った覚えがある。残念なことに僕の場合は、まさしくロミオとジュリエットのようにしてチルソク[七夕]の再会を誓い合った郁子と安クンのような相思相愛のホットな関係ではなかったけれど、中学の時分からクラスもクラブも同じで、家に訪ねて行ったりはしていた。また郁子と違って、手紙は母親からではなく、父親から送られてき、彼は外交官ではなく医者だったのだが、もう手紙を出してくれるなとの主旨は同じであった。事情あって、家族と離れ独り県外の高校に転校していった彼女宛に送った最初の僕の手紙に対して、便箋が5枚入って少々不格好に膨らんだ封筒で写真入りの返事が届いたきり、返信が来なくなっていささか不機嫌になっていたところに舞い込んだのだった。それには、最初の手紙は本人に届いているけれども、その後の2通は届いていないことが書き添えてあって、出しても無駄と知るに充分だった。

 そして、郁子と安クンの想い出の曲が『なごり雪』であるならば、僕にとっては財津和夫の『青春の影』だということも思い出した。当時文芸部にも入っていた僕が好きだった著名な詩の数々をノートに書き写し、カット集やデッサン集から絵も写し添えて、一冊の私家集を作ってプレゼントしたことがあるのだが、最後のページに拙作を一編添えたその詩集のなかで、ひとつだけ歌曲の詞から書き写したのが『青春の影』だった。何とも気恥ずかしい十代の想い出なのだが、その後何年もして、思い掛けなくも東京で再会する機会を得、「あの詩集は大事に大事に持ってる」と言われて、とても嬉しかったことを覚えている。

 映画は、郁子の頑張りで十年ぶりの開催にこぎつけたらしい下関・釜山の親善陸上大会で、彼女が四半世紀もの歳月を経て思い掛けなくも安クンと再会することになる物語だったわけだが、郁子が再会を期せずして、彼に貰った腕飾りをして臨んでいたことには及ばないにしても、拙い手書きのノートを大事に持ってくれているのを知ったときの僕の喜びには格別のものがあったことを思い出すと、二十五年前には会えなかった5番ゲートで『なごり雪』を歌いながら待っていた43歳の安クンが、郁子の腕にそれを見つけるときの感慨にはさぞかしのものがあろうと思う。幼くて、ぎこちなく禁欲的なままに過ごした想い出だからこそ醸成してくれる輝きというものが恋愛の想い出にはあって、早々と性体験を持つには至らずに悶々としたストレスに苦しんだ分の対価は、長い年月のなかでじっくりと贖われるとしたもののようだ。どっちがいいというようなものではなく、帳尻は合っているということなのだと思う。

 そういう意味で、僕がちょっと感心したのが、恋した先輩に積極的なアプローチで臨み、あの時代なら早々のクチで初体験を済ませてしまう真理(上野樹里)の若い恋愛を郁子のそれと対照的に配置しながら、決して貶めたり過ちに映るような描き方をしていないところだった。あくまでも郁子と真理の個性の違いとして対置しており、不必要にプラトニックラブを称揚しているわけではない節度が好もしかった。十代の不順さでは、ちょっとしたショックや出来事で生理が遅れてしまうことなど、よくあることのようだけれど、当人の抱えた不安と動揺は計り知れなく、その辺りを上野樹里はうまく滲ませていたが、ドラマ的には事件性を高める妊娠に至らせない展開が作り手の節操を感じさせてくれる。そして、真理の恋愛を貶めないことで、それより素敵に映る郁子の恋愛は、相対的には却ってより高いところに押し上げられる形になる。かなりベタな青春の想い出ものの作品ながらも、意外と安っぽさを感じさせずに気持ちのよさを覚えさせてくれたのは、この作り手の節操の確かさや水谷妃里の伸びた背筋と笑顔の魅力だったような気がする。

 帰宅して思わず昔の文箱を紐解いて、かの父親から送られてきた手紙を取り出してみた。折りたたんだ手紙の裏面に『百人一首』の崇徳院の「瀬を早み~」の歌を書き付けてあるのを見て苦笑した。そのことはすっかり忘れていたのだが、何とも言えぬ気恥ずかしさにいささか参りながらも、その一方で、十代でなきゃとても出来ないようなことをちゃんとやってるじゃないかと、我が事ながら微笑ましく見た。




推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20040717
推薦テクスト:「しらちゃん日記」より
http://blog.livedoor.jp/sirapyon/archives/52077017.html
by ヤマ

'04. 9. 7. 県民文化ホール・グリーン
      



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