『スイミング・プール』(Swimming Pool)
監督 フランソワ・オゾン


 気難しく神経質な人気女流ミステリー作家サラ(シャーロット・ランプリング)が、20年にも渡るパートナーと言うべきジョン(チャールズ・ダンス)の出版社とは違うところから出した新作小説のなかでフィクショナルな創造部分が始まるのは、どこからだろう。僕は、映画のなかで南仏の気持ちのいい創作環境を与えてもらったサラがほぐれを見せるようになってきた顔つきで嬉しそうに「いつ頃こちらに来るのか」とジョンに電話し、来る気がないことを知らされ、顔をこわばらせたときからだと思う。“クソガキ”テリーの名前が最初と最後の出版社での場面に共に登場し、ジュリアという娘が新たに現れる以上、そういうことになるのだろう。映画のなかで、ジュリー(リュディヴィーヌ・サニエ)が現れたことについて、そんな話は聞いてないと電話でジョンに抗議する場面があり、確かそのことはジョンがサラを送り出すときに言ってたような気がして違和感があったのだが、映画を観終えてなるほどそういうことだったかと得心できた。

 ジョンに体よく追い払われたことを知って怒り心頭に達したサラが面当てに返した仕打ちが即ち新作小説『スイミング・プール』ということなのだろうが、洋の東西を問わず、女性の復讐は手が込んでいて陰湿であることを示すにしても、娘を殺人犯に仕立てて公表するというのは実に趣味の悪い話ではある。おまけに創作フィクションとの前提を置いて逃げ場を設けつつ、そのなかで自らをも犯罪に荷担させることで肉を切らせているのだから、まさに骨を断とうとするに匹敵するほどの強い思いがあることを窺わせているわけだ。そんな凄みが潜んでいるだけに、読まされたジョンとしては、さぞかし心中やりきれなさが募ったことだろう。

 僕は『ホームドラマ』『まぼろし』も未見だが、8人の女たちを観て、オゾンの悪趣味みたいなものに些か辟易とするところがあり、しかもその悪趣味を巧妙にソフィスティケートしているところにクレバーなイヤらしさを感じて苦々しく思っていたのだけれども、今回はさらに巧妙さの度合いが増していて、ある意味、その達者さには呆れつつも感心した。

 『8人の女たち』で、ドヌーヴやアルダンに敢えて下手な踊りを踊らせたのと同じく、ランプリングも不器用で鈍くさい踊りを画面に残す。いずれもドラマとして、そこは下手でなければならないのだから、文句の言いようがないだけにイヤらしい。前作での大女優たちのレズビアン・シーンの代わりに用意されていたのが、バルコニーで赤いドレスの前を開き乳房を晒して挑発し、庭師の老人を招き入れ、全裸で横たわるシーンなのだろう。六十歳前とは思えない肢体の美しさには驚かされるが、庭師の老人の手に撫でさせるべく直立形で身を横たえ観念した風情には、僕は展開上の必然性以上に、作り手の悪趣味を感じないではいられなかった。それには、サニエの圧倒的なまでの肢体の美しさがふんだんに画面に登場していたことも、大きく影響している。彼女が登場していなければ、ランプリングのアンチ・エイジングな肢体の美しさのみが際立った印象を残したはずなのだが、サニエの肢体がずば抜けて美しくて、流石のランプリングをもってしても加齢の酷薄さを残酷に感じさせるばかりなのだ。そういう並べ方をするところが悪趣味だと思う。

 また、随所に描かれる女同士の性を巡る鎬の削りようが、悪趣味なまでに痛烈だった。若さを奢り、見せつける優越感と共にある見下しやそれによって引き起こされる屈辱感が生々しい。ジュリーもサラも幾度となく、実にイヤらしいほくそ笑みの表情を見せていた。そしてこれは、性的魅力における若さの優位が覆される屈辱というものは、逆上のあまり殺意に直結するほどに激しく、若さの優位は絶対的なものであるはずだと女性たちが考えていることを前提にした物語だと言える。さらに、若さに対する逆転勝利による失地回復がなければ、老いた側の女は、若さに奢って敗れた同性に対し手を差し伸べられないことを描いた物語でもあるわけだ。そういう女性観を堂々と披瀝しながら、そこに女の哀しみが宿っているようには感じられず、見下しているように思えたのが不満だった。

 しかし、画面の美しさには陶然とさせられてしまう。南仏の美しさも木々の緑や水面の美しさも、女体の美しさと同様に目を奪われる。しかも抑圧したなかに渦巻く情念の醸し出す“穏やかならざる気配”というものを見事に画面に宿らせているのだから、恐れ入る。それがランプリングの卓抜した演技力に負うところであるのは明白だが、オゾンの演出力に前作以上のものがあることも確かだと思った。

 それにしても、この物語に登場した男たちいずれものあまりの他愛なさというのはどうだろう。女体の力の有無を言わせぬ魅力の前には全くもって為す術なしというありさまだ。そこのところに最もリアリティを覚え、苦笑を禁じえなかった。




参照テクスト:掲示板談義の編集採録


推薦テクスト1推薦テクスト2:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0405-6fuyu.html#pool
http://cc-kochi.xii.jp/taidan/0409-swim.html
by ヤマ

'04. 9.19. 東宝3



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