『死ぬまでにしたい10のこと』(My Life Without Me)
監督 イザベル・コヘット


 弱冠23歳にして、6歳と4歳の愛する娘二人を抱え大学の夜間清掃業務で生活を支えながら、長らくの失業からようやくプール工事の現場労働にありついたばかりの心優しい夫ドン(スコット・スピードマン)と共に、貧しいトレーラー暮らしのなかで健気に前向きに生きてはいても、その暮らしの維持で精一杯だったアン(サラ・ポーリー)が、余命2~3ヶ月との癌告知を受ける。どうにも逃れようがない死を覚悟したとき、金も頼れる縁者友人もないゆえに為す術もなく途方にくれるのだが、その夜のうちに残された時間に課題設定をして、所詮は誰にも救いようのない病魔について告げることなく短い時間の苦難を一人で背負って立ち向かおうとする。その気丈さは、並大抵のものではない。課題設定をするのも、ただ死の時を待つ孤独と不安は耐え難いとの思いだろう。愛する夫に告げても、何の助力も果たせない無力さへの自覚を促すだけで彼を苦しめることにしかならないことが分かっていればこそ告げずに逝くことを選ぶわけだが、「私にできる最後のプレゼントだったから…」と夫に詫びる言葉をテープに残す気丈な姿が奇異にも不自然にも見えない説得力を、それまでの家事や清掃業務に勤しみつつ、よき母・可愛い妻をしっかりと果たしている所作や表情のなかに見事に宿らせていたサラ・ポーリーの存在感は大したものだ。

 若く、力も金もなく、社会的ポジションも低くて、父親は刑務所暮らし、母親は愛しているけれども打ち解けられないし、夫も善良だが無力ときている。なればこそ、差し迫った死を自覚することで呼び覚まされた強烈な生の実感と手応えを求めるアンの思いに対して、それを確かめるための“死ぬまでにしたい10のこと”が、涙ぐましいほどにささやかなものでしかないのであろう。その哀れっぽさが何とも悲しいのだが、ほぼ二十年前に綴った黒澤監督の『生きる』の日誌に「生きるということの本質は…自分が生きている時間への不断の認識」にあると記したことから言えば、別に公園を作り上げるなどというささやかながらもまだしも御大層なことではなくたって、何ら不都合はないと思えるけれども、その10項目が「4.家族でビーチへピクニックに行く」だとか「5.好きなだけお酒とタバコを楽しむ」「10.付け爪をし、ヘアスタイルを変える」というような程度のものしか挙げられない彼女の状況には、やはり切ないものがある。それであっても、短く残された時間を「耐える」のではなく「生きる」方向での課題設定は必要なのだ。

 結局、4番目の項目だったビーチ行きは果たせたようにもなかったが、試みても叶えられないと思っていたかもしれないはずの「2.娘たちの気に入る新しいママを見つける」ことや「8.誰かを私との恋に夢中にさせる」ことの叶う幸運を得たのは、「7.夫以外の気に入った男とセックスをする」を叶えたことと併せて、気丈に頑張った彼女への御褒美として悪くはないなと感じた。17歳のときにニルヴァーナのラストコンサートで初めてキスをした相手であるドンとの間に子どもを得て、青春のときを思いも掛けなかったであろう責務と甲斐で過ごすことになり、種々の可能性への断念を自らに課したであろう姿が偲ばれるアンなのだ。それでもそれらをポジティヴに己が人生に取り込み、へこたれもせず投げ出しもせず、決して負けてはいなかった彼女が勝ち目のない病魔の前に死という敗北を突き付けられて、ふっとかつて断念せざるを得なかった数々の事柄のなかから、猶予期間の2~3ヶ月でも可能性を夢みられるものとして「7.」や「8.」の項目を挙げているのは、有閑マダムの気晴らしとは根本的に異なるものだ。「6.思っていることを話す」はすべて全うできたわけではなかろうが、「1.日に何回も娘たちに愛してると言」い、「3.娘たちが18歳になるまでの毎年のバースデイ・メッセージを録音」し、「9.刑務所にいる父親に面会に行」ったアンを描いたこの作品の原題が“My Life Without Me”なのは、何を意味していたのだろう。

 オープニング・シークエンスだったと思うが、「これが貴女よ、これが貴女よ」と自分に語り掛けるアンの姿が出てくる。そういうところからは、自分自身を見つめ直すまで、ジョブに追われて“自分のない人生”だったという意味合いがあるのかもしれない。だが、それ以上に僕の思念に強く浮かんだのは、隣人の同名女性アン(レオノール・ワトリング)によって第2の項目を叶え、リー(マーク・ラファロ)との出会いによって第7と第8を叶えて部屋の壁の塗り替えのみならぬ大きな変化を彼に与え、夫ドンや娘たちを含め、彼女と関わった人たちのその後の人生を、まるで“私は居ないけど私の人生”とまで言えるほどの大きな影響を与える足跡を残し得た2~3ヶ月に彼女がしたことの意味だった。

 アンは、“死ぬまでにしたい10のこと”を試みることで、誰にも迷惑をかけず誰しもに喪失感だけに終わらない希望を残して逝った。女性ならではの強さと不思議な力というものを印象深く浮き立たせ、巧く描出した寓話だった。彼女を男性に変えて物語が同じように寓話的に成立するとはとても思えないところに味がある。


参照テクスト:掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録
参照テクスト:ナンシー・キンケイド 著 <原作小説>読書感想文

推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordM02.htm#mylifewithoutme
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0404-2cut.html#sinu10
推薦テクスト:「La Dolce vita」より
http://gloriaxxx.exblog.jp/49113/
推薦テクスト:「Silence + Light」より
http://www.tricolore0321.jp/Silence+Light/cinema/review/sinu10.htm
by ヤマ

'04. 4.20. 松竹ピカデリー3



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