『イン・ザ・カット』(In The Cut)
監督 ジェーン・カンピオン


 半年ほど前に東京国際映画祭に招待を受けて観たときには、ドラマ的に今いちピンとこなくて専らカンピオン映画の持つ描出の生々しさの力についてのみ日誌に綴ったのだが、この作品が今年の高知市文化祭参加作品にエントリーされたために再見の要を得たことに加え、友人から「私は女なのにフラニーの心境がさっぱり分からない、男脳なのかしら。まぁ、あんなに男性不信が強いわけじゃないし(笑)。」というような話を聞き、そのへんを確かめてみたい気持ちで再見に臨んだ。僕には、父親から植え付けられたものが根にあるようなフラニー(メグ・ライアン)の男性不信という描かれ方が映画でされていたという印象がなかったのだ。

 レディース割引の日だったからだろうが、場内はほとんど女性客ばかり。だけど、あまり若年層も年輩層もおらず30代とその前後で占められていたところが、大阪での女性客が目についた花と蛇['03]を観たときとの大きな違いだ。友人の示してくれた二点について、終映後片っ端インタビューしてみたい心境になったが、芸能レポーターの真似をするわけにもいかない。当地では夜一回のみ上映の映画が始まり、明るい庭で両手を宙に広げるポーリーン(ジェニファー・ジェイソン・リー)を捉えたカメラが不安定感を促す動きを見せ始めた。鮮やかに目に留まったタイトル・バックは、氷の張った池でのスケートのエッジラインがモノクロ画面に赤く割れ目のように浮かび上がっての“in the cut”。オープニング・テーマ曲に歌声として明朗に響いているときの“ケ・セラ・セラ”についたピアノ伴奏の不安に満ちてざわめいた響き。孤独と不安と強靱さを技巧に満ちた筆致で綴った作品に相応しいオープニングだ。

 友人から貰った視点を抱いて再見してみて思ったのは、フラニーの男性不信というより作り手の男性不信というものだった。それも不信よりも男性悲観といったほうがよさげなもので、かなりペシミスティックな眼差しによって作中男性の人物造形がされているように僕にも感じられた。映画的にはフラニーの目を通して捉えられた男たちの姿と見れば、フラニーの眼差しが悲観的と言えなくもないが、物語の性質上も全編が主観カメラによるものとも僕には思えず、人物描写及び造形には、作中のフラニーというよりは、作り手の男性観が反映されているように感じた。むしろ、フラニーの採る態度や行動、或いは見舞われる心理状態としての不安や恐れ、それらは男性一般に対する不信感というよりは、やはり謎めいた男、怪しい男、不気味な男に対する怯えであって、特にあらかじめ男性不信のようなものが刷り込まれていなくても、そう感じておかしくない状況だったように思う。ストーカー同然の医学生ジョン(ケヴィン・ベーコン)の思い上がりと執念深さにしても、職場でギターの弾き語りなどする刑事ロドリゲス(ニック・ダミチ)の洒落者ふうのナルシズムにしても、自信家傾向の強い青年コーネリアス(シャーリーフ・バグ)の懐疑心に乏しいマッチョぶりにしても、露悪的なまでに虚飾を厭うマロイ刑事(マーク・ラファロ)のデリカシーの欠如や得体の知れなさにしても、いささか並外れており、フラニーが怯えを感じてもおかしくないどころか、フラニー以上に敬遠してしまう女性のほうがむしろ多いように思う。それだけ男たちは人物的な魅力に乏しいのだが、四人の男性のキャラクター造形に共通しているのが独善的な思い込みや身勝手さの際立ちであった点が興味深い。作り手の男性悲観の根幹は、まさしくここに端を発しているのだろうと思う。一方、女性については、大地と異なり踏みしめようもない氷上でクルクル回され、時に身を切断されることにさえ為す術なく見舞われるほどの受動性を強いられ、翻弄される側の性というイメージが強いように感じた。

 男性に対しても、女性に対しても、ここで取り出された性イメージは、いささか類型的で貧相ではあるが、現実が実際の処そんなものだという点では、あながち的外れではないようにも思う。しかし、それにもかかわらず備えている女性の靱さを謳い上げてこそのカンピオン作品で、ドラマ的な運びやキャラクター造形には成功しているとは思えなかったが、この面目だけは怠りなく果たしていたように感じる。受動性を強いられるが故に得た処世訓みたいな「ケ・セラ・セラ」のような受容力とその受容する力のなかに潜む強靱さを体現していたのがフラニーだったわけだが、それは、ある意味エンジェル・アット・マイ・テーブルで僕に最も印象深く迫ってきた“パトス”という主題に大いに通じているものだと改めて思った。




推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0404-2cut.html
推薦テクスト:「Puff's Cinema Cafe」より
http://www.ff.e-mansion.com/~puff/2004a.htm#IN THE CUT
by ヤマ

'04. 4.16. 松竹ピカデリー3



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