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『たそがれ清兵衛』 | |||||
監督 山田洋次 | |||||
山田洋次監督が藤沢周平を原作に初の本格的時代劇に挑むと聞いて、そう言えば、山田的“真・善・美”の世界は、現代劇よりもむしろ時代劇のほうが、妙な説教臭さや虚構性が気にならない自然な形で生きてきそうだと感じたのだが、観てみると思った以上の出来栄えだった。 限りなく自然光に近い印象を残す風格のある画面は、清兵衛(真田広之)の控えめでありながら深い味のある生き方そのものを反映していて、趣の違いは明白ながらも、先ごろ観たばかりの亡き父を語る子供の話として共通する『ロード・オブ・パーディション』の風格のある画面を偲ばせるとともに、亡き義父についての話を養父から語り継がれた娘を描いて“語り継ぐ記憶”の営みを印象づけた『ダスト』をも想起させてくれる作品であった。 清兵衛のかっこよさは、ほとんど自己完結型と言ってもいいような、他者の目や状況に左右されない自身の眼差しと美学の揺るぎのなさにある。劇中、何度か“欲のない男”という形容がされていたが、僕の目には無欲どころか、凡欲の及ばぬ高貴な美学への貪欲さが凡欲を眼中から追いやっているように見えた。その美学の真髄とは、さもしさの断固たる拒絶であったように思う。不遇や苦境、不本意な下命に腐ったり逃げたりすることなく、負った事々に対して淡々と真っ向から取り組む、静かで高潔な胆力がそれを培っていたのだろう。そこのところが、同じように苦境の辛酸をも知る“使い手”として、凡庸ならざる人物でありながらも余吾善右衛門(田中 泯)が“使い手”としては勝れど、清兵衛に到底及ばないところなのだ。そのくらい清兵衛の非凡さ、破格さは、凡人には真似ようもないものだ。だから、彼の姿には、観る側にとって卑近な説教臭さなど宿りようもなく、憧れに近い敬意を呼び起こしてくれるのだと思う。 そういう清兵衛の姿を描いた作品として充分に清々しく美しく、観応えのある作品なのだが、僕が清兵衛を観ているうちは、実は感動まではしていなかった。ぐっと来たのは、既に老境にある以登(岸 恵子)が墓参に訪れた場面で、すべてが義母の朋江(宮沢りえ)から以登に語り継がれた清兵衛像であることに思いが及んだときだった。幼なじみとして心を通わせた年月があったにしても、後妻に入ってわずか三年で死に別れた夫清兵衛の遺児を抱え、清兵衛さえもが艱難辛苦なしには養ってこられなかった家族を投げ出さないばかりか、亡夫を義娘にかような人物として語り継いだ朋江と彼女にそのように語らせ得た清兵衛ということに思いが及んで、僕は情感的な揺さぶりを掛けられたように思う。男として、夫として、かほどの果報があろうものかと打たれたように感じている。 そういう意味では、年端もゆかぬ少女期に父清兵衛を亡くしている以登が語り手であることは重要で、自身の記憶以上に朋江から語り継がれた清兵衛が純粋培養される形で根づいているわけだ。既に物心もつき、父清兵衛とともに貧困生活を担わざるを得ない側面もあったはずの姉の目には、もしかしたら以登のような形では根づいてなかったかもしれない。そういう話であればこそ、清兵衛がひたすら清々しく美しくとも、そのことが居ずまいの悪さを残さないのだ。 ラストで老境にある以登の墓参が登場したことに取ってつけたような違和感を覚えたらしい人の意見として、ちょっと面白い見解を聞いた。以登の墓参の代わりに、藩命を果し加増も得て、いささか身なりのよくなった清兵衛が、例によって終業の太鼓が鳴り、職場の同僚から今度は幾らかの尊敬の念とともに「清兵衛殿、いかがじゃの、一杯。」と誘われるも、いっかな図に乗ることなく「いえ、わたくしは…」と辞して妻子の待つ家に帰り、畑を耕す姿を映し出して、清兵衛の人生に終わりを告げた死の顛末をナレーションで被せるラストはどうかというものだ。そのほうが清兵衛の生き方賛歌になっていいのでは、というわけだが、清兵衛の人物像へのコミットのありようとして、それもありかなと思いつつも、僕自身が最も心打たれたのは、清兵衛の人物像そのものではなくて、朋江によってそのように語り継がれたことだったから、ラストで映し出されるのは、それを受け継いでいる人物であったほうが、少なくとも僕にとっては良かったような気がする。加増による生活改善という形で報われる以上の果報が語り継ぎによって果されていたように思うから、そのことが強調される形のラストのほうが効果的だと感じている。 参照テクスト:掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録 推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0211-2seibei.html#seibei 推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2002tacinemaindex.html#anchor000876 | |||||
by ヤマ '02.12. 9. 松竹ピカデリー3 | |||||
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