『ロード・トゥ・パーディション』(Road To Perdition)
監督 サム・メンデス


 風格のある作品だ。サム・メンデスとコンラッド・L・ホールの監督&カメラのコンビはアメリカン・ビューティーと同じだそうだが、語り口も画面も、ある種のケレンに彩られていた前作とは対照的な落ち着きと少々ウェットなしっとり感に包まれていた。

 命を捨てて我が身を守ってくれた父を語る息子の回想話となれば、僕にとってはライフ・イズ・ビューティフルが記憶に新しいのだが、この作品の父親マイク・サリヴァン(トム・ハンクス) は、アイルランド移民の貧しい境遇のなかで、暗黒街の実力者ルーニー(ポール・ニューマン) に見いだされ、その片腕として生きている。息子マイケル(タイラー・ホークリン)の声で映画の冒頭に「いい人だったと言う人もいれば、根っからのワルだったと言う人もいる」と語られる男なのだ。だが、『ライフ・イズ・ビューティフル』のグイドにしても、剽軽なお調子者の顔と柔軟でしなやかな勇気にタフな精神力を発揮する男の顔とを見せていた。

 しかし、息子にとって一番大事なのは、父親がどういう人物なのかということではない。父と子の六週間にわたる復讐と逃亡の旅につきあった後、最後に再び冒頭のマイケルの言葉を耳にするとき、大半の観客はその答えを聞く前に、彼が“He is my father.”と語ることが解ってしまうに違いない。そこがこの作品の力であり、ルーニーとコナー(ダニエル・クレイグ)の父子には築けなかった絆でもある。

 善良なる市民であるか否かとか、男としての器量とかも、大して関係ない。サリヴァンもルーニーもその点においては、同様に手が汚れており、且つその世界では一角の人物である。そして、マイケルは、弟ほどには自分が父親から愛されていないと思っていたし、コナーは、父ルーニーが自分以上にサリヴァンを実の息子のように愛していると感じていて、それが嫉ましくて仕方がない。また、父親として息子に向かう態度も二人に大差はない。大変な厄災を引き起こしてしまった息子の軽率に対して、起こしてしまったものは仕方がないとそのツケを一手に引き受け、息子を守り続けようとするのも同じだ。それでも、ルーニーの息子は、どうしようもなく情けない息子で、マイクの息子は、自分の答えとして“He is my father.”と語る息子になり、暗黒街の住人にはなってほしくないとのマイクの願いを叶える道を自ら切り開いていく。父親というのは哀しいものだ。この違いは何から生まれ、どうして起こるのだろう。

 僕にも息子が二人いる。父親として、男として、思うことや伝えたいことがいろいろあったし、今もある。だが、かつての自分を思い起こせば、父親が言葉で明確にしたうえで伝えようとしてきたものから何かを受け取ってきたわけではない。おそらく親父には、僕に対して、不本意な思いを抱く部分が多々あったはずだ。でも、既に没して十年を越えるが、僕が親父から伝えてもらったと思っていることはたくさんある。ただそれが、必ずしも彼が受け取ってほしいと思っていたことと一致していないだけだ。息子でいたときは、それを「だけ」と軽く言えるのに、父親になると自分の息子たちに対して、そのことを「だけ」などと軽く済ませられないのが悩ましい。そういう悩ましさの延長線上にある苦しさを、最も過酷な形で味わっていたのがルーニーで、ポール・ニューマンが抑えた演技で見事に演じていた。

 トム・ハンクスは、あまり好きな俳優ではないのだが、只ならぬ演技力には改めて感心させられた。それらと比較すると、不気味な殺し屋マグワイアを演じたジュード・ロウには、禿げ上がり気味の頭髪に汚い歯を覗かせて笑ったり、砕けたガラスで顔じゅうに負った傷を気味悪く晒したりする演技やメイクに、いかにも的な凝りようが窺えて若々しい。俳優としては、今後さらに嵌まり込んでいきそうな危惧を少々感じてしまった。

 それはともかく、父親が息子に乗り物の乗り方を教える場面は、自転車ならずとも絵になるんだなと、ふと『オーロラの彼方へ』を思い出したりしながら、マイクがマイケルに自動車の運転を教えていた場面を追想していると、実はこれがルーニー父子に欠けていたものなのかもしれないという気がしてきた。




参照テクスト:掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録

推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0210-1perdition.html
推薦テクスト:「シネマの孤独」より
http://homepage1.nifty.com/sudara/kansou8.htm#road
推薦テクスト:「This Side of Paradise」より
http://junk247.fc2web.com/cinemas/review/reviewr.html#roadtoperdition
by ヤマ

'02.10.28. 東 宝 2



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