『プレッジ』(The Pledge)
監督 ショーン・ペン


 結局、真犯人はいたのか、いなかったのか。観る人によって受け取り方が異なってきそうな作品だ。刑事の職こそが全てで二度も家庭生活に失敗しながらも、退職に際してはあれだけのパーティーを開いてもらえるほどの信頼感を職場で得ていたジェリー・ブラック(ジャック・ニコルソン)が、自身の引退を潔く受け入れることが出来ないままに朽ち果てた物語だと受け止めた僕としては、もともと真犯人などいなかったのかもしれないという気持ちになった。自殺したネイティヴ・アメリカン(ベニチオ・デル・トロ)には、結局のところジェリーの勘に基づく可能性の主張および傍証以外に、冤罪であることの決定的な証拠も真犯人の出現もないままに終わったからだ。焼け焦げた男が真犯人だったことの確証は提示されないままだったところが一筋縄ではいかない作品だと言える。
 ジェリーにとって、制度による定年はあっても、自身の全てでもあるジョブとしての刑事を引退しなければならない衰えは、自分には訪れていないのであり、だからこそ、誘導はあっても暴力的な強引さは全くなかった同僚の取り調べに対してふと感じた自分の違和感が間違いであってはならないわけだ。しまいには狂気をも帯びてくるほどに、彼が真犯人逮捕の妄執に囚われる最も切実な理由はそこにあるのであって、「守らなければならない“約束”」さえも口実でしかない気がする。少なくとも当の約束の相手は、ネイティヴ・アメリカンの逮捕と自決によって既に約束が果たされたと思っているだろうから、もはやジェリーにとってだけしか意味を持っていない約束なのだ。しかし、恐らく彼は刑事として、この約束たる“プレッジ”を最優先にして、仕事をしてきたのだろう。家庭生活を犠牲にせざるを得なかったのも、職場での信頼を勝ち得たのも、それゆえのことだったはずだ。その大事なプレッジが、彼のなかで自身のための口実のようになってしまったところから、おかしくなり始めるわけだ。しかもプレッジという錦の御旗であるだけに自制のブレーキは掛からない。何事によらず錦の御旗というものは、降ろしどころがなくて始末が悪いとしたものだ。彼は、どんどん深入りし、自分の勘を多少なりとも支えてくれる状況証拠へと執着していくが、結局のところ、真犯人には辿り着かないままに朽ち果てる。
 そのような物語として受け取るうえでは、彼の勘そのものは間違っておらず、執念の勝利を遂にほぼ手中にしながら、彼の関知しないアクシデントで逸したと見るよりも、被害者としての特徴が似通っていた他の犠牲者たる少女の残した絵に感じ取った意味と犯人像への妄執が神父への過った嫌疑を招いたうえに、狙撃隊とともに待機しつつも姿を現さない黒服の大男に何かが起こったに違いないとの妄想を呼び起こすに至っていたと観るほうが、定年によるアイデンティティ喪失不安からの妄執が招いた狂気の顛末として収まりがいいような気がする。
 そういう物語だったとすれば、いささか語り口が不親切だと言うしかないが、そうなったのは、作り手が重要視したものが対象化した形で顛末を伝えることではなく、ジェリーの見舞われていた不安と迷いのほうだったからだろう。観る側に、劇中人物と同じ内容の不安と迷いを抱かせるのではなく、意味は異なるけれど、気持ちのうえで似たような状態に観客を置く手法というのは、キェシロフスキー監督の『トリコロール青の愛』で顕著に感じたことのあるものだが、この作品でのその効果としては、観終えた後でもまだそれが残ったままとなるくらいに徹底していたわけだ。映画の途中で事実を明白な形で提示してしまうと、そのような効果は乏しくなってしまう。観終えた後まで不確かなままに置くことがよかったかどうかということはあるが、僕自身は、中盤での少女を見つめるジェリーの視線の具合から、真犯人は、もしかすると本人が気づいていない二重人格のジェリーかもしれないと思ったりしながら観ていたものだから、終始落ち着かない状態に置かれたままだった。
 狙撃隊の待機の輪から抜け出して単独行動に出ようとしたときには、ジャック・ニコルソンならではの演技からジェリーのただならぬ様子が窺え、潜んでいた別人格が遂に姿を現し、自身が手配した狙撃隊に仕留められることになる結末さえ予想したくらいだった。それは、まんまと外されたけれど、ずっと落ち着けない状態に置かれたことには感心している。気に入らなかったのは、少女との間であれだけの関わりが生まれてなお、彼女を囮に使った展開だ。それだけに彼が狂気の淵にあったことを示しており、同時に妄執の根深さを物語っていると解してもなお了解しがたいものが残るのは、僕が娘を持つ身だからかもしれない。仮に最初から利用する気で臨んでいたとしても、あのような関わりを持ったならば、とても囮に使うことはできなくなる気がして仕方がないのだ。


参照テクスト:掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録


推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordP.htm#thepledge
推薦テクスト:「ハリントン映画雑記帳」より
http://nikki.freespace.jp/harington/eiga/e030203.html
推薦テクスト:「シネマ・サルベージ」より
http://www.ceres.dti.ne.jp/~kwgch/kanso_2002.html#pledge
推薦テクスト:「THE ミシェル WEB」より
http://www5b.biglobe.ne.jp/~T-M-W/moviepledge.htm
推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/taidan/0212pledge.html
推薦テクスト:「Happy ?」より
http://plaza.rakuten.co.jp/mirai/diary/200304190000/
by ヤマ

'02.12. 4. 県立美術館ホール



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