『アメリカン・ビューティー』(American Beauty)
監督 サム・メンデス


 映画のなかで印象深く使われる赤いバラの品種名で、作品タイトルにもなっている“アメリカの美”とは何だろうか。長年観てきたアメリカ映画を通じて僕が感じ取っているのは、タフでスマートでセクシーであることによって、特別な存在として目立ち、成功するということだ。多くのアメリカ人が、そのような自己実現を図らなければならないという強迫感のなかで生きているのではないかという気がする。二年ほど前にウワサの真相を観たときにもアメリカ的な価値観について考えさせられ、映画日誌に…アメリカ的な文化の本質といったものが浮かび上がってきているところが興味深かった。つまり、過剰なほどの自己肯定と呆れるばかりの前向き志向(これがタフネスだ)、そして人間は有能であること(つまりスマートさ)が何にも勝るという価値観と何やら信じがたいほどの幼稚さ。しかし、そういったものを備えていなければ、一人前の大人ではないかのような強迫感のなかで彼らは生きている。と綴っていた。

 だが、この映画には、そういうアメリカン・ビューティに対する懐疑と見直しが提示されていて新鮮だった。しかも、一時期の低迷を脱してアメリカの一人勝ちと言われる未曾有の経済成長を遂げた現時点でこの作品が登場し、アカデミー賞の作品賞を獲得するという形で支持されたことが非常に興味深い。いささか幼稚とも思えるほどの脳天気さで世界のリーダーたる自信に満ちたアメリカ精神は見飽きてもいるが、勝ち誇れるはずの今においてこういう作品が出てくるのは、一部において指摘されているバブリーな景気に対する不安感というものが浸透しているからではないかという気がする。そのあたりの時代の空気を捉えていればこそ支持されたのだと思うと、そういうものを伝えてきてくれるという点で、同時代性を旨とする表現としての映画の真骨頂を遂げている作品だと言えるのではないか。

 広告会社に勤める主人公レスター・バーナム(ケビン・スペイシー)は、42歳でちょうど僕と同い年。アメリカン・ビューティからの落伍者として妻キャロリン(アネット・ベニング)からも、高校生の娘ジェーン(ソーラ・バーチ)からも軽蔑されていたのだが、ひょんなことから自己実現欲に目覚めたばっかりに結局生命を落とす羽目になる。しかし、その死は、あっけなくとも哀れな死としては描かれていない。そこにセンスが窺えるのだが、それは、彼の自己実現への奮闘には無理をしている部分がなく、むしろこれまで習いとしてきた我慢をやめるところから始めたものだったからだ。加えて、娘の友達で、平凡だと評されることに何よりも傷ついてしまうコケティッシュな美少女アンジェラ(ミーナ・スバーリ)との間で、彼女の凝りをほぐす癒しのコミュニケーションを果たしてもいた。アンジェラは、アメリカン・ビューティに強迫されるようにして突っ張った生き方をしてきていたのだが、レスターに「素のままでいいんだ、無理しなくていいんだ」という認められ方をすることで本当のリラックスを得ることができる。最もステロタイプなアメリカン・ビューティに固執していたのがキャロリンで、その無理の仕方と余裕のなさには滑稽を通り越して痛ましさが漂っていた。ジェーンと彼女の恋人になるリッキー(ウェス・ベントレー)の二人が自分自身に忠実な自然体を保ったキャラクターだったのだが、いわゆるアメリカ的な明るさやタフさとは正反対の性格づけがなされていた。

 それにしても、悲惨でグロテスクになりかねない物語なのに、切実なシリアスさを保ちつつ、ユーモアを湛えて貫徹した演出力は、なかなかのものであった。ハリウッド映画には珍しく、表情の一連の動きによる演技を重視していたように思う。スティル写真になるような表情の豊かさというのはハリウッドのお得意だが、同じ表情でもその変化や一連の動きの微妙さに味があってスティルでは伝えにくいというスタイルは、あまりアメリカ映画的ではないような気がして新鮮だった。とは言っても、ヨーロピアン・スタイルからすれば、やはりオーバーアクションではある。しかし、それだからこそ新鮮なのだという気がする。

 また、冒頭でレスターが自らの死を独白するので、どういう死に方をするかが気がかりになるのだけれど、適度に観る側の思惑を外しつつ、うまい展開をみせる。けっして単なる娯楽作品には終わらないのだが、あくまで娯楽作品として観る側を引き寄せて離さない商業性の豊かさには感心させられた。



推薦テクスト:「This Side of Paradise」より
http://junk247.fc2web.com/cinemas/review/reviewa.html#americanbeauty
by ヤマ

'00. 5. 4. 松竹ピカデリー2



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

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