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『宣戦布告』 | |||||
監督 石侍 露堂
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原子力発電所のある敦賀半島で国籍不明の潜水艦が座礁し、武装した特殊部隊員とおぼしき兵士が複数名上陸したことから起こる日本の危機管理の危うさを描いた作品となれば、どうしても自衛隊法強化といった方向へ扇動するようなアジ映画ではないかとの予断を招きやすいと思われるのだが、観てみると意外と嫌な匂いの漂ってこない作品だった。 政府を混乱に陥れた事態の勃発がどういう意図の下になにゆえ起こったのかを全く描かなかったり、最後の危機回避がどのようにして果されたのかも全く説明しなかったことをどう受け取るかで随分と受け止め方が違ってくるような気がする。 リアリティのある論拠もなく、説得力のない形で危機勃発だけを自明のごとく提示し、煽っていると受け取ると憤慨の対象になるかもしれない。だが、僕は中途半端に説明を加えるとそこのところのリアリティや説得力についての論争が主になって、そのレベルで作品そのものが断罪されかねないことを充分承知した作り手が、敢えて論議をそこに向けさせないために意図的に割愛しているのだという気がした。全く描いていないのだから、説得力の有無以前の問題に追いやっているとも言えるわけだ。 そういう前提の下で僕の印象に最も強く残ったのは、やはり終盤での政府首脳の狼狽ぶりだった。自衛隊出動に対して終始慎重だった諸橋首相(古谷一行)が遂に「腹を括ったよ」と語った腹の程にしても、自衛権行使に積極的で、やたらと威勢がよかった篠塚内閣官房長官(佐藤 慶)の「宣戦布告もしてないのに」というぼやきにしても御粗末きわまりなく、結局は、日本の自衛隊出動の持つ意味における事の重大さを以て、警告を発していた外務大臣(天田俊明)が正しかったし、からくも危機を脱し得たのも国際情勢に通じていた瀬川内閣情報調査室長(夏八木勲)の工作に助けられてのものとなっていた。 つまりは面目や意気がり、あるいは仕方なしの行きがかりのようなもので軍事強化を図っている今の日本政府の危うさを描いているように、僕には見えたということだ。映画では、そのような腰の弱さの元に軍隊を動かすことがどういうことで、その結果、いたずらに犠牲を払わされるのが常に最前線の兵士たちであることは、旧日本軍の惨状と何ら変わりがないことを描いているように見えた。だからと言って腰を据えて軍事国家への道を歩めとは、この作品は言ってないように思う。むしろ、先の外務大臣の警告が正しかったとの展開にあるように、宣戦布告などしない単なる自衛権の行使のつもりでも、日本が自衛隊に軍事行動を取らせることが直ちに東アジアの緊張を極度に高め、戦争状態に持ち込む引き金となりかねないことを主張しているわけで、考えようによっては“自衛権論争”自体が国際的にはナンセンスで、国内的な政党ないしは政局間の綱引きのようなドメスティックな意味しか持っていないことに覚醒せよと観る側に迫ってもいるわけだ。 そのうえで、つまりは自衛隊などという軍隊はあり得ないとする前提に立って、侵略攻撃をも必要とあらば辞さない軍事国家への道を選択するのか、あるいは『軍隊を捨てた国』という映画にもなったコスタリカのような道を選択するのか、国民も腰を据えて考えなければならないと主張しているのではないかという気がする。少なくとも、“自衛隊”なり“自衛権”などという言葉の下に、そのあたりを曖昧にしたまま、自衛隊法の強化や下部規程や関連規程の整備、周辺事態法の整備などを進めていくことが、実は最も危ういことであると語っているように思う。ちょうど「宣戦布告もしていないのに」と官房長官がぼやいたのと似たようなことを引き起こしかねないというわけだ。 そういう視点に立って観れば、名称こそ違えているけれども明らかに朝鮮民主主義人民共和国を指している「北」についての描き方で僕の目に止まったのは、最初に潜水艦事故が起こったことの報告を受けたときに、諸橋首相がロシアや中国を想定しても緊張を見せなかったことを描いているところだ。「あの傲慢な中国」と語りながらも笑みを浮かべる余裕がある。それなのに「北」となると、一気に緊張感が走る。かつてロシアも中国も日本政府にとっては同様の緊張の対象だったはずだ。事情が異なっている部分は、どこなのか。僕はひとえに国交正常化だろうと思う。正規の外交ルートが出来上がり、民間レベルでも人・物・金・情報が多少なりとも流通し始めると、支配者層間で多少の摩擦があろうとも、先の諸橋首相の中国に対する見方のようになってくるのではないか。国交正常化こそ、愚にもつかない自衛隊関連法の整備などよりも、実は最大の危機回避ではないかという気がする。そのことをもこの作品が意図的に描いていたのかどうかは判断しかねるが、図らずも描かれていたような気はしている。 そして、この映画に描かれた事態勃発後のシミュレーションについては、その妥当性を検証する知見を僕は持ち合わせていないけれども、街頭で巨大画面に映し出された、自衛隊出動を報じる映像を遠くの他人事のような眼差しで見上げていた人々の姿には、リアリティがあるように思った。 推薦テクスト:「岡山で映画を観よう!!!」より http://www5b.biglobe.ne.jp/~blackish/Movie/ReviewOfMovies/ Movie1/Sensenhukoku.htm 推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より http://www.j-kinema.com/rs200210.htm#宣戦布告 | |||||
by ヤマ '02.10.22. 高知東映 | |||||
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