『この櫂に手をそえて』(變臉)
監督 呉 天明


 オープニング・シーンの静かで深みのある青一色のなかに浮かび上がる風景の色使いに続き、一転して鮮やかな赤が印象に残る壮大で賑やかな祭りの花火に湧く街が映し出される。相反するようで実はともに中国という国の歴史と文化を象徴的に捉えたイメージであり、その確かさと簡潔な説得力が作品への手応えを十分に予感させて、見事な導入であった。そして近年、洗練化の傾向を著しくしている中国映画のなかにあって、その流れを確実に汲み取りつつも、かつて僕らが魅了され始めた頃の中国映画の線の太い人間ドラマの力強さをたたえていた。呉天明(ウー・ティエンミン) 監督のこの新作は、それゆえに中国映画の魅力の原点といったものをある種の懐かしさとともに想起させてくれたように思う。
 思えば、『心の香り』の孫周(スン・チョウ)監督あたりから感じられ始めた中国映画の洗練化の波には、僕の観た作品という限られた範囲でも、葉纓(イエ・イン) 監督の『レッドチェリー』では目を見張らせられたし、『太陽の少年』の姜文(チアン・ウェン) 監督には中国映画もここまできたかと感嘆させられた。だが、第四世代の呉天明監督の新作は、そういった新しい中国映画の流れを汲み取りつつも、全面的にくみしているのではない。かと言って、第二世代である『芙蓉鎮』の謝晋(シエ・チン) 監督に代表されるようなドラマのスケールの大きさや陳凱歌(チェン・カイコー)や張藝謀(チャン・イーモウ)、田壮壮(ティエン・チュアン・チュアン)など第五世代監督のような強烈な作家的自己主張を追随するのでもない。際立つものではないけれども、なかなか渋い形で中国映画の魅力の原点を再認識させてくれるところが面白かった。
 何と言っても、變臉王を演ずる朱旭(チュウ・シュイ) と彼に育てられる狗娃(クーワー)を演ずる周任瑩(チョウ・レンイン)の演技が素晴らしい。役者の魅力が最大限に生かされた演出が見事だった。人物像やパーソナリティ、ものの考え方や身の処し方などには辻褄が合うようで合わなかったり、合わないようで合ったりという奇妙な違和感がなくはないのだが、それらをほとんど問題にさせないほどの存在感と情感をもたらす演技と演出の充実ぶりに圧倒される。人と人との繋がり縁の深さとは、けっして血縁や利害によって決まるものではなく、思いの丈の深さとある種人知を越えた運命の絆によって決まっているのだなぁという感慨を抱いた。

by ヤマ

'98. 1.30. 県立美術館ホール



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