新幌内炭鉱 探検: 北の細道 新三笠炭鉱

新幌内炭鉱跡で爆発試験坑道に達する





北海道三笠市

 炭鉱における保安上の最大の懸念事項は爆発である。
それについては幾多の研究がなされ、通気、岩粉への撒水等防爆対策が講じられてきた。
炭鉱での爆発の主原因としては、湧出する メタンガス と炭塵、そしてそのガスと炭塵が掛け合わさったものとなる。

メタンガスは無色,無味,無臭で爆発範囲は空気中に5〜15%存在した場合、
直接毒性はないものの、空気より軽く坑道内などでは空気を押しのけ上部に溜まる。

『炭塵(たんじん)』とは石炭の採掘や運搬時に生成した微粉末のうち0.83o以下のもので、
外力により浮遊、飛散するものを言う。
その内、揮発成分が11%以上あり爆発しやすく伝播が激しいものを爆発性炭塵と呼ぶ。

炭塵が爆発しやすいのはその粒度が細かく、また揮発性が高く、酸素濃度が10%以上の場合である。
そして重要な着火温度は830℃程度であるが、メタンガスがこの炭塵に吸着した場合、
着火温度が最大13℃程度低くなり爆発しやすくなる。

『吸着』とは液相や気相からその気体分子や溶けている成分が固体表面に取り去られる現象をいう。
つまりお菓子の中の乾燥剤が袋の中の水蒸気を吸い取り、表面に付着させるのと同じ現象だ。
『炭塵』に湧出するメタンガスが吸着した場合は、更に爆破の危険性が高くなる。


今回探索した新幌内炭鉱は特別、メタンガスの湧出が多い炭鉱で、
原炭はガスを吸着しやすく、危険視される条件が揃っていた。
新幌内の湧出メタンガス含有量は84.52%と 夕張 の1.04倍、 美唄 の1.06倍 大夕張 の1.18倍という状況であった。
また炭塵のガス吸着量も4.38t/gと夕張の114%、美唄の107%、大夕張の145%と悪条件が重なっていた。

新幌内炭鉱は 幌内炭鉱が明治期に発見され、その後開発されたのに対し、
昭和6年(1931)に採掘開始され、16年(1961)に幌内炭鉱と合併、
昭和42年(1967)から新三笠炭鉱として稼行、昭和48年(1937)に閉山を迎えている。

今回は新旧変電所から斜坑、排気坑道、そして爆発に対する実験坑道と、
一連の炭鉱関連施設を探索しながらメタンガスとの攻防を垣間見る。





第二風井坑口・爆発試験坑道・変電所・・・




変電所
変電所



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