ねこたび日記



遠き日の 秋の面影 辿りつつ
瀬戸の小磯に 猫と戯る

025.11.9~19 瀬戸内 

~遠方の猫たちに会いに出かけた旅の記録を日記風に綴ります~

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愛媛 佐柳島 小手島・徳島

第一部「愛媛」

2025年11月9日(日) 雨のち晴れ 
秋の瀬戸内行き。
今年の夏はいつまでも暑くて、こりゃヘタすると11月も…と心配したんですが、さすがにそれは杞憂でした。10月末から一気に涼しくなり、時には平年を下回るような気温の日も。おいおい、このまま寒くなるんじゃないだろうな…と心配してしまいましたよ。(^^;
11月8日、土曜日。
午後の飛行機で松山入り。松山市に着いたのは16:00過ぎ。さすがにこの時期になるともう薄暗くなってくるので昨日は早めにホテルに入ってゆっくりしました。
そして一夜明けて。雨でした。(^^;
それもけっこう本降り。予報では夕方まで雨模様とか。いやいや初日から雨天コースかい。(^^;
まあ10日間もいればどこかで雨の日が2日くらい挟まるのは想定済みなので例によって代替コースは用意していますが。
朝のうちは風も強かったので外には出ず、ホテルを後にしたのは10時過ぎ。銀天街から続くアーケードを大街道まで歩きました。日曜日だけど雨のせいか人通りは少ない、
ちょっと市電を撮ったりする。

日曜日なので「坊っちゃん列車」も走ってました。

雨はいくらか小降りになってきていて。
交差点を渡って左にちょっと歩くと右手に折れる細い道。途中のゲートを過ぎて緩い坂を登っていくと右手に萬翆荘の白い屋根が見えてきます。

そしてそのすぐ脇に…。

もうお馴染みですね。
漱石珈琲店「愛松亭」。松山にいるときに雨に降られたらまずここです。

普段はお店を出て外を歩いていることも多い「坊っちゃん」と「マド」の兄妹猫。
さすがに雨が降ればお店の中にいます。
今日はちょっと寒いせいか、二匹ともカゴの中。
「マド」は入り口脇。

「坊っちゃん」は「猫予約席」のテーブルの上。窓の外を眺めながら何やら物思い?

坊っちゃんの横のテーブルに腰かけて、この子の背中を撫でながらゆっくりコーヒーをいただきました。
お店を出て大街道に戻り、アーケード街で早めの昼食をとってから市電で道後温泉に向かいます。

雨は止みましたね。予報よりかなり早い天候回復でした。まだ曇ってるけど。(^^;
さすがにお昼時ということもあってちょっと混んでいたので入浴は後回し。幸い雨はやんだからちょっと散策してからにしましょう。
道後温泉本館の右手裏の坂を登っていきます。ちょっと「裏道後」を散策してみましょう。
そこを登り、さらに左手へ分かれる細い道は「上人坂」と呼ばれています。
その坂を登っていくと…

寶厳寺。
このお寺は天智四年(665年)の創建となる古刹ですが、12年前(2013年)の火災により全焼、その三年後に再建されました。
このため本堂その他の建造物はまだ真新しくきれいです。

宗派は時宗。
その開祖である一遍上人の生誕地がここ寶厳寺と伝えられています。

一遍上人堂。


一遍の時宗は「念仏を唱えれば誰でも往生できる」という説。その唱える念仏はなんでもいい、「南無阿弥陀仏」でも「南無妙法蓮華経」でもいいと一遍は説いたそうで。(時宗本来の念仏は「南無阿弥陀仏」)。さらに仏教を信じているかどうかはどうでもよくただ念仏さえ唱えれば往生できる、のだそうで。かなり自由ですね。(^^;
意味は若干違いますけど「歎異抄」の一節を思い出しましたよ。
『善人なおもて往生す いわんや悪人をや…』
寶厳寺を出て上人坂を下り元の道に戻ってしばらく行くと左手に急な石段が。

伊佐爾波神社です。
この石段、かなり急です。高所恐怖症の方は決して登っている途中で後ろを振り向いてはいけません。間違いなく足がすくみます。(^^;
怖い人は真ん中にあるロープを伝って登ってください。
この神社の創建は飛鳥時代で神功皇后が道後に行幸した際の行宮跡地(現在の道後公園)に営まれたと言われていますが、詳細な年次は不明です。行宮跡に造営された後、建武期に現在の場所に遷宮したということですが…。
この楼門と奥の社殿は寛文7年(1661年)に造営されたもので国の重要文化財に指定されています。
ちょうど七五三詣りで来られた方がおられましたね。そういえばそんな時期だなぁ。

でも左にいるご夫婦が抱いているのは赤ちゃん。あれ、「七五三って三歳の男女、五歳の男の子、七歳の女の子じゃなかった?」って言ってる人、何か忘れてませんか?
この子は「綿着祝」ですね。生まれて初めて冬を迎える赤ちゃんの健康祈願のお詣り。七五三のお詣りと同じ時期にやるのが一般的です。
午前中の雨のせいでしょうか、晴れ着を着た七五三の子供たちはこの時間はまだ来ていませんでした。雨止んだばかりだしね。
伊佐爾波神社にお詣りをして先ほどの道に戻り、今度は坂を下っていくと「にぎたづ会館」という大きな看板の前を通って、道後温泉から奥道後方面に向かう道に出ます。そう、お馴染みの石手寺に向かう道。
ちなみに「にぎたづ」という名前でピンと来た人、多いでしょうね。
そう、額田王が万葉集で詠んでいるあの歌に出てくる地名。
 熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな (万葉集 巻一 八)
これは新羅に攻め込まれて滅亡寸前の百済を救うために飛鳥朝廷が編成した大艦隊が出陣するときに、額田王が実質上の司令官である中大兄皇子になり替わって詠んだ歌とされています。
 『この熟田津で船出をしようと月を待っていたが、ようやく潮もいい具合になった。さあ、全艦隊よ、今こそ漕ぎ出せ!』
飛鳥時代の「軍艦マーチ」ですね。(^^;
もっとも、最終的には日本軍は白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に大敗してしまうのですが…昔の日本史の授業、思い出しましたか?
奥道後街道を歩いて石手寺へ。
参道を歩いて山門の右手の塀の上を見れば、

さっそく猫がお出迎え。

この子、初めて会う子だな。きれいな毛並みです。

下に下りてきました。けっこう懐っこい。

仁王門の裏にもう一匹。

雨が止んだばかりのせいか、今日は境内に猫が多い。
境内の真ん中に飾られている「たのも船」。これは参拝者の願い事を書いた小さな旗を立てた船。願い事を運ぶ船です。

よく見るとその船の中にもニャンコ。(^^;

キミが船頭さんになって願い事を運んでくれるのかな??

毎年11月下旬にこれらの願い事を書いた小さな旗は「お焚き上げ」されて成就を祈ります。
たのも船の手前には茶白の子。

この子はポテポテ歩いて…、

阿弥陀堂に。あ~あ~、そこ歩いて大丈夫なの?(^^;

このお堂の周りに置かれてる白い袋には四国八十八箇所すべての霊場の砂が入ってます。

実はこれ、「お砂撫で」といってこの八十八の袋をすべて撫でて歩くと八十八箇所霊場すべてをお遍路したのと同じ功徳を積むことができると言われているものです。足が悪くてお遍路詣りができない人には有難いでしょうね。この茶白ちゃんは毎日功徳を積んでいるようで。(^^;

実はこの「お砂撫で」、本来は境内中央の三重塔の回りに置かれるものなのですが、現在三重塔は改修中。

このため、今は「臨時に」阿弥陀堂の周りに置かれているんですね。
おばあちゃんが砂袋を撫でてお堂の周りを歩きます。

「ご苦労様」と頭を下げているような茶白ちゃん。

私も「ミニお遍路」をさせてもらって…。(^^;
この子にちょっとモデルさんしてもらいました。

なかなかフォトジェニックな子でしたよ。

あれ?黒い子が来た。
この子、今年の5月に参道の占い師のおばあちゃんの所にいた子ですね。

今日はここの猫たち、総出演じゃない?(^^;

石手寺には何度も来てますけど、こうやって猫たちが集まってくるのは珍しいです。
あら、気が付いたら晴れてきましたね。天気予報では夕方まで雨って言ってたのに。

当たり前のように猫がいるお寺の風景…もともとお寺というのは猫がいることが多い場所ですけど、石手寺のようなメジャーなお寺でこれだけの猫に会えるというのはちょっと意外かもしれないですね。ある意味インバウンドがあまり来ない(道後温泉からちょっと遠い)のが幸いしているかも。あまり参拝客が多いと猫たちは昼間は身を隠してしまうことが多いですから。

ここの猫たちは弘法大師のお使い、なのかもしれません。
空海は猫好きだったと言いますから。

猫たちとのんびり過ごした石手寺。
気が付けばもう14:00近い。そろそろ道後温泉本館、空いてきたかな?今から歩いていけば14:30くらい。一番空いている時間帯。今日は猫たちにも会えたし、あとはゆっくり温泉に浸かっていきましょう。

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