都市というセンチメントにふるるまで夕べを籠もるロイヤルホスト
ひまわりの花の枯れいるあたりまでせんちめんとは押し寄せており
雁のこと秋成のこと鬼百合のことマカロンの致死量のこと
一羽、二羽、三羽ときみが指さして太き脚持つ天使を数う
ティーバッグを湯に浸しつつティーバッグも湯気さえも魂(たま)の喩となりそめつ
ドイツにはもう慣れましたと噓を書くしずかに轆轤回せるように
骨多き傘さしてゆく県境の素敵じゃないか川へ降る雪
さびしさの臨界点をとっぷりと超ゆる夕べを浅蜊は煮える
鷺一羽立たせる川に動かざりあぶらのように照るさびしさは
卓上のコーヒー豆を引き寄せる涼しくさびしき香りにあれば
トルソーに対いつづけているごとく春のはじめはきまじめに鬱
さみどりの檸檬絞ってキンミヤをじいんとさびしくなるまで飲みぬ
たましいの彩度を上げるイタリアのリュートの楽を部屋に満たして
白菜の茎がだんだん透き通り忘れましょうね前世の記憶
触れたれば感電死してしまうだろう白梅は花あんなにつけて
ソロキャンプとさして変わらぬ生活で火を焚くごとく翻訳をなす
鮭に塩延々すりこませるごとく訳し直せり序章の結び
冷酒二合飲みに出かける身に通すヴァン・ノッテンのおとなしいシャツ
川のある街の暮らしのあかるさへ古きダイニングテーブルも運ぶ
東京の三センチ上空を踏む心地生活実感ってなんですか
たぶんここは月の裏側人と会う予定断り眠り続けて
スナックの扉を越えて聞こゆる旅情のごとき島倉千代子
冬の夜の重さよあれは憂鬱の酸っぱさだったかザワークラウト
キスの後、ひとりに戻り帰る後、思いおり嚙んだピストルの味
島田修三による帯文に「都市生活を背景とした知的抒情の系譜」を受けつぐとあり、納得する。作者は独文学者でもある。一九八五年東京生まれ、「りとむ」を経て現在「まひる野」会員。