マイ・セレクト

その時々に「いいなぁ~」と思った短歌をセレクトして紹介します。

マイ・セレクト一覧

【vol.241】屋良健一郎『KOZA』ながらみ書房

どれくらい食べれば傷を癒せるか「食べなさい(かめー)、食べなさい(かめー)」と迫る嫗(おばあ)の

ぬばたまの黒髪に降る花びらをとらんと君に初めてふれつ

血や怒り悲しみでもなくひとを抱く色として咲けハイビスカスよ

瀬をはやみ渡る渋谷の交差点 別れの後をわれは流木

雪の坂下ればフードつかみくる人よ振り返らざれど 好きだ

基地の街に育ちし母は米軍の機種を聞き分く 空の叫びで

妄想でロケット花火をゲートへと打ち込む去勢されたぼくらは

僕のあげたネックレスが揺れている君の怒りの最前線で

誰を許し誰を許さず 戦後民主主義の眼鏡をぼくらはかけて

御馳走(くゎっちー)のまだ来ぬ卓はひろびろと叔父の「ナイチャー」批判は続く

沖縄の心を持てと諭されて半分開ける助手席の窓

春空の煙となりてなびく祖父 フェンスの向こうの故郷へ帰れ

基地という濃き灰色をあまた持つグーグルマップで見下ろす島は

公園のCAUTION(禁止行為)の看板に銃向けるなと書かれていたり

弾込めの姿勢で像となりし人に青々とひろき敗北の空

放課後の外階段の告白をぬんでぃがぬんでぃが米軍機ゆく

空をぶつのみの拳は尊かりけれど寂しきシュプレヒコール

スカートの脚組み替えて、ああ、君も米兵に抱かれたことを言う

文化財保護法により「さん」付けの頃のメールは残しています

洗い物する背を抱けば抱くことは世界に少し前のめること

飛花ひとひら水面に触れてきわまれる見まく欲しさを恋と思えり

わわわYわわうとわるさわわぬYわわたつわくるわわさりわY

花火待つ空は無垢なり「オスプレイ欲しい人?」と言われあまた手を挙ぐ

缶ジュース頬にあてられひゃっとなる的な平和が続くといいな

「雨かしら?」(いいえ実弾)「雷が」(廃弾処理よ)「野焼き?」(墜ちたわ)


 

沖縄の歌人、屋良健一郎さんの第一歌集。屋良さんは1983年生まれ。当然、戦時中のことも、米軍の統治下にあった時代も知らない。今年2025年は、戦後80年。80年経ってなお、沖縄の人々の苦悩は続いているのだ。80年前ではなく、今、空を米軍機がゆき、公園に銃向けるなの看板が立つ。屋良さんの祖父は、嘉手納の出身だが、戦後沖縄市のKOZA地区に移り住み、故郷に帰れぬまま生涯を終えた。沖縄の今を詠った一冊。痛いほど純粋な相聞歌も魅力。心の花会員。

【vol.240】滝本賢太郎『月の裏側』六花書林

都市というセンチメントにふるるまで夕べを籠もるロイヤルホスト

ひまわりの花の枯れいるあたりまでせんちめんとは押し寄せており

雁のこと秋成のこと鬼百合のことマカロンの致死量のこと

一羽、二羽、三羽ときみが指さして太き脚持つ天使を数う

ティーバッグを湯に浸しつつティーバッグも湯気さえも魂(たま)の喩となりそめつ

ドイツにはもう慣れましたと噓を書くしずかに轆轤回せるように

骨多き傘さしてゆく県境の素敵じゃないか川へ降る雪

さびしさの臨界点をとっぷりと超ゆる夕べを浅蜊は煮える

鷺一羽立たせる川に動かざりあぶらのように照るさびしさは

卓上のコーヒー豆を引き寄せる涼しくさびしき香りにあれば

トルソーに対いつづけているごとく春のはじめはきまじめに鬱

さみどりの檸檬絞ってキンミヤをじいんとさびしくなるまで飲みぬ

たましいの彩度を上げるイタリアのリュートの楽を部屋に満たして

白菜の茎がだんだん透き通り忘れましょうね前世の記憶

触れたれば感電死してしまうだろう白梅は花あんなにつけて

ソロキャンプとさして変わらぬ生活で火を焚くごとく翻訳をなす

鮭に塩延々すりこませるごとく訳し直せり序章の結び

冷酒二合飲みに出かける身に通すヴァン・ノッテンのおとなしいシャツ

川のある街の暮らしのあかるさへ古きダイニングテーブルも運ぶ

東京の三センチ上空を踏む心地生活実感ってなんですか

たぶんここは月の裏側人と会う予定断り眠り続けて

スナックの扉を越えて聞こゆる旅情のごとき島倉千代子

冬の夜の重さよあれは憂鬱の酸っぱさだったかザワークラウト

キスの後、ひとりに戻り帰る後、思いおり嚙んだピストルの味


 

島田修三による帯文に「都市生活を背景とした知的抒情の系譜」を受けつぐとあり、納得する。作者は独文学者でもある。一九八五年東京生まれ、「りとむ」を経て現在「まひる野」会員。

【vol.239】木畑紀子『女郎花月』柊書房

しらじらと苞葉垂れてハンカチの木はハンカチを振りつかれしや

色界ゆ無色界へゆく日のあらむ銀の雨ふるけふの畑みち

紅芙蓉、酔芙蓉見たる眼を浄め白芙蓉ゆるる禅寺の庭

さくらばな咲ききれば白 みづの面(も)に散りつくせば無 ただ風の音

公園のふつきん台にあふむきて一〇回春の空にちかづく

木槿花あまたにまじり落ちてをり花のつもりの洗濯バサミ

てのひらにのせればはつか鳴りにけり張子ねずみの鈴の心音

時々刻々感染列島塗られゆく〈コロナ〉が〈愛〉であればいいのに

こころとは思ひのふくろ 種子秘めて風に遊べるふうせんかづら

さみしさも歌に実れよくりの木にあをいが太る女郎花月(おみなへしづき)

赤梨の実も青梨の実も剝けば無垢のましろき水の球なり

たんぽぽのあはひにさくらはなびらが散り込み春の点描画を描く


〈初期作品〉

ひと恋ふるよろこびにをりしはつ夏の花ざくろけふ熟れて実を裂く

トゲをもつ父母の言葉に背くごとひと恋ふる日を重ねつつあり

ゆきすぎて後に香りはくるものとゆかしきことをけふ一つ知る

揺り椅子に白き毛糸を編むごとき余裕にあらず身ごもるとふは

糊かたくつけてふたたび着ざりしが恋してをりし日の夏服よ

もの言はず線描く内職トレースは生活のためだけにはあらず


 

第七歌集。2018年~2024年の最新歌に加え、第一歌集に収められなかった10~30代の貴重な初期作品が納められている。最新歌では「白」に落ち着くような歌が多い。初期作品には、恋の激しさを秘めた歌があり、木畑作品を読む上で本当に大切な1冊だと思う。

【vol.238】森澤真理『地吹雪と輪転機』六花書林

張り込みの水銀灯下にするするとストッキングが裂けてゆく夏

輪転機響動(どよ)もす未明手まねにて求めし刷り出しほのかに温し

蒸留水をのみどに通す声のみの生き物となる五分のために

録音のブース別名金魚鉢玻璃の向こうに夕日が濁る

すこしだけ眠ってきますときりすとのように呟き地下倉庫へと

番記者に符丁はありてワンテンポ笑い遅れぬ地方紙われは

俺とお前の仲だからサとおもむろに人名ひとつ注がれる耳

会果てて資料あまたを引き寄せしわが手の僅か老いたるを見つ

女ゆえ最年少ゆえ庇われてふらふらと飛ぶ風船の赤

産む性と見なされ原発二十キロ圏内取材を外されており

線量計備品となりし驚きもその朝限りロッカーと閉める

胴震い続けるバスよ眠るとき人はなぜ皆老いた顔する

ぼろぼろの尾羽見せるも仕事なり還暦二年前の始末書

テロリストでなきわたくしを示すため鞄の口をぱかりと開ける

窓口に苦情電話の長くあり「寂しいですか」と聞けば切れたり

わきまえる女であったなわたくしも心を鈍く硬く均して

セクハラの語も均等法もなき時代われら招かれざるとは知らず

茱萸の実の甘き苦みを含みたり裏日本とは死後にあらずも

鼓舞されることにも疲れとりあえず汚れを拭くかガラスの天井

室長を解かれる日まであと十日さくら色したスニーカー選る


 

森澤さんは新潟日報社で女性記者のパイオニアとして四十年余り第一線を走っている方です。歌集の副題は「A newspaperwoman」。入社は、男女雇用機会均等法が制定される前の一九八二年。働く女性の苦悩が歌から伝わる。

【vol.237】貝澤駿一『ダニー・ボーイ』本阿弥書店

サイダーとモネとシスレー ためんこんだひかりを空に還す約束

ぎりぎりでライン破らぬボールへと「怒れぬ若者たち」の疾走

パーカーの肩にしずかに降る雪をしずかに殺してしまう手のひら

〈化学死んだ〉〈数学死んだ〉生きていてくれればいいが死にすぎだろう

〈理由なき宿題わすれ〉〈動機なき犯行〉そよぐ葉の影の子は

ざらついた舌にマンゴーのせるとき夕陽の通学路の味がする

永遠と聞きまちがえてあの夏を泳ぎつづける遠泳の子よ

落ちてくるさくらの花を打ちかえす野球部のあほの袖のかがやき

グラタンが好物だよねといつもいう母の記憶は更新されない

ポケットに誰もが銃を持つような整列指導の寒き体育館

シュガースティックふたりで分ける輝きをこの東京で離さないから

長雨を傘も差さずにやりすごす ひとりきり 夏 アフガン 自爆

交差点 まだ生きているホッカイロを左手へ投げ右手にかえす

悪政はとおくの国の話だと言いよどみつつヘビイチゴ踏む

嫌いでも好きでもないがコンビーフたしかに家族の味だったこと

祈りの形に翼をたたむ鳥を見て 死なないことが生きることだから

散るときは全力で散る花があり 破壊の 雨の バフムトの 大地

考えて書けない答え〈戦争は身近にあると思いましたか?〉

〈陰キャ〉だが好意を寄せる人がいた。それすら悪のように語られた。


 

英米文学専攻の学生として、英語教師として、異国の香りと青春性に満ちた一冊。高校生だった自分が高校教師となって学校にいる。歌集後半は、社会詠も多い。「かりん」に入会した2016年~2024年の約9年間を収めた第一歌集。1992年横浜生まれ。
※とにかく「カタカナ」と上記に引いていないが「詞書」が多い。

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