【vol.237】貝澤駿一『ダニー・ボーイ』本阿弥書店

サイダーとモネとシスレー ためんこんだひかりを空に還す約束

ぎりぎりでライン破らぬボールへと「怒れぬ若者たち」の疾走

パーカーの肩にしずかに降る雪をしずかに殺してしまう手のひら

〈化学死んだ〉〈数学死んだ〉生きていてくれればいいが死にすぎだろう

〈理由なき宿題わすれ〉〈動機なき犯行〉そよぐ葉の影の子は

ざらついた舌にマンゴーのせるとき夕陽の通学路の味がする

永遠と聞きまちがえてあの夏を泳ぎつづける遠泳の子よ

落ちてくるさくらの花を打ちかえす野球部のあほの袖のかがやき

グラタンが好物だよねといつもいう母の記憶は更新されない

ポケットに誰もが銃を持つような整列指導の寒き体育館

シュガースティックふたりで分ける輝きをこの東京で離さないから

長雨を傘も差さずにやりすごす ひとりきり 夏 アフガン 自爆

交差点 まだ生きているホッカイロを左手へ投げ右手にかえす

悪政はとおくの国の話だと言いよどみつつヘビイチゴ踏む

嫌いでも好きでもないがコンビーフたしかに家族の味だったこと

祈りの形に翼をたたむ鳥を見て 死なないことが生きることだから

散るときは全力で散る花があり 破壊の 雨の バフムトの 大地

考えて書けない答え〈戦争は身近にあると思いましたか?〉

〈陰キャ〉だが好意を寄せる人がいた。それすら悪のように語られた。


 

英米文学専攻の学生として、英語教師として、異国の香りと青春性に満ちた一冊。高校生だった自分が高校教師となって学校にいる。歌集後半は、社会詠も多い。「かりん」に入会した2016年~2024年の約9年間を収めた第一歌集。1992年横浜生まれ。
※とにかく「カタカナ」と上記に引いていないが「詞書」が多い。

2025年04月02日