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邦訳 | 『ヴォルスンガ・サガ』、菅原邦城編訳、東海大学出版会、1979 |
原著(アイスランド語) | Volsunga saga, 13th century |
作品概説 |
前の三作品から大きく時代をさかのぼって、13世紀に書かれたアイスランド・サガ(北欧中世文学)の傑作。タイトルは、「ヴォルスング一族の物語」の意。ドイツの中世文学『ニーベルンゲンの歌』と同じ題材=フン族の王アッティラのブルグント族征服を扱っていて、ほぼ同じ人物が登場します。大きな違いの一つは、シギ→レリル→ヴォルスング→シグムント・シグニュー→シンフィヨトリ→シグルド(=ジークフリート)と、『ニーベルンゲン』の主人公の祖先たちが登場するところで、シグルドに至るまでの家系でも、その後も、血で血を洗う復讐劇が繰り広げられる点がすばらしいです。
すばらしい、というのは、別にドロドロしていること自体がいいというわけではなく、自分の運命の中で、感情は感情としてしっかり持ちながら、自分に与えられた義務も忠実に果たしていく姿がかっこいい、ということです。
とにかく、女性がかっこいい。たとえば、わたしの好きな話にシンフィヨトリ出生のエピソードがあります。シグニューは、シッゲイルと結婚しますが、兄シグムントを除く一族を全て、夫に殺されてしまいます。シグニューは最初、シッゲイルとの間の息子に復讐させようとしますが、その能力がないと分かると子どもを殺し、シグムントと近親相姦をして、シンフィヨトリを産みます。シグムントとシンフィヨトリの復讐が終わった後、シグニューは、今度はシッゲイルの妻として、炎上する夫の館に入って行って死にます。この辺りは、ヒロイン(?)ブリュンヒルドの死にざまにも重なってきて、『ニーベルンゲン』のブリュンヒルデがジークフリートの死後、なんとなくしおらしい感じで生き続けるのに対し、『ヴォルスンガ』のブリュンヒルデは、シグルドの火葬壇の上で自殺します。このくだりで、ブリュンヒルデにとってのシグルド殺害を、「彼女が嘆き悲しんだその理由を、彼女自身、笑いながら求めたということを、自分はちゃんと説明できると思う者は一人もいなかった」と説明してあるのが、秀逸です。
わたしはこの時代の専門家ではないので、「運命」とか「感情」とかを今の時代に引き付けて解釈していいかどうかはわかりませんが、運命に従うことと、自分の感情を大切にすることの、どちらに対してもぶれがない人物像はとても好きです。
なお、未読ですが、『指輪物語』で有名なイギリスの北欧学者トールキンが、『シグルドとグズルーンの伝説』というタイトルでこのあたりの伝説を再話しています。『指輪物語』も、全体的に北欧神話テイストが強く、アラゴルンと恋するエルフの王女アルウェンや、ローハンの戦うお姫様エオウィンなどは、上で紹介したヒロインたちに似たところがあるように思います。一方で、「王族の物語」には悪役としてしか登場しない、ドワーフやホビットのようないわゆる「日陰者」たちにスポットを当てたところが、20世紀の文学作品として新しいところだと思います。
『ヴォルスンガ・サガ』は、口承文芸で、作者は未詳ですが、5世紀から6世紀ごろの出来事をもとに、13世紀ごろに成立したとされています。
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その他のアイスランド・サガの邦訳 |
・谷口幸男訳『アイスランド・サガ』、新潮社、1979
・谷口幸男訳『ヘイムスクリングラ』、北欧文化通信社、2008〜2011
・J.R.R.Tolkien: The Legend of Sigurd and Gudrun, Harper Collins, 2009
・谷口幸男『エッダとサガ−北欧古典への案内』、新潮選書、1976
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映像化 |
ピーター・ジャクソン監督『ロード・オブ・ザ・リング』(2001〜2003)
映画のセットが、古代北欧美術を思わせるものになっています。特に、第2部以降で登場する騎士の国ローハンは、館や調度品、衣類などが、ヴァイキング時代のものと似ています。 |
リンク |
・日本アイスランド学会ホームページ(日本語)
・個人サイトルーン文字とヴァイキング(日本語)
ヴァイキング時代の文学や文化を紹介するサイト。「ルーン碑文」が写真付きで詳しく紹介されています。 |