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月 |
出来事 |
1588年
(天正16年) |
7月 |
秀吉、刀狩令・海賊取締令を出す。*2 |
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8月 |
島津義久、豊臣秀吉の命により琉球王国に日本への服属を促す。*2 |
1589年
(天正17年) |
7月 |
秀吉、信濃 真田昌幸に上野 沼田領の1/3を北条氏に渡すよう命じる。*2 |
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9月 |
秀吉、妻子を京に住まわせるよう諸将に命じる。*2 |
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10月 |
北条氏邦(当主氏政の弟)の家臣・猪俣邦憲による名胡桃城奪取事件が起きる。 |
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11月 |
秀吉、約定に反して真田氏の名胡桃城を奪取した北条氏に誅伐を通告し、上洛の上で説明を求める。*2 |
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12月 |
氏直は、氏政抑留の可能性、国替えの可能性、家康上洛時と同様の保証を求めるなどしたが、上洛を引き延ばす氏政、氏直に対し、秀吉は豊臣政権への従属拒否と見て、北条追討の陣触れを発す。 |
1590年
(天正18年) |
1月 |
秀吉、陸奥の伊達政宗に参陣を催促。 |
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3月 |
秀吉、相模の北条氏討伐のため小田原城に向けて聚楽第を出陣。*2 |
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4月 |
秀吉、北条氏が籠城する小田原城を包囲。*2 |
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5月 |
佐竹義宣、南郷において政宗と対峙していたが、1万余の軍勢を率い、北条方の城を落としつつ小田原へ進軍し、秀吉に謁見して臣下の礼をとる。*wiki |
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6月 |
伊達政宗、小田原陣中の秀吉のもとを訪れ、臣従することを奏上。*2 |
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7月 |
小田原城の北条氏政・氏直が降伏。(豊臣秀吉の全国統一) |
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父北条氏政は切腹、家康の娘婿である氏直は助命され、子の氏規、さらにその子 氏盛が河内狭山藩主となり明治維新まで存続。 |
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秀吉、徳川家康に北条氏の所領である関東への移封を命じる。*2 |
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秀吉は家康の旧領(駿遠三甲信5ヵ国)の119万石を、信雄に給付すると決めたが、信雄はこれを固辞して先祖相伝の地である伊勢・尾張をこのまま領していたいと願い出た。秀吉は激怒し、信雄を下野国那須烏山(捨扶持が2万石)追放に処した。 |
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8月 |
徳川家康、江戸城に入る。*2 |
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9月 |
秀吉、京に戻る。*2 |